その18 対面・三木綾乃(前編)
対面・三木綾乃(前編)
●茜崎涼の私的記録より
三木綾乃とは土曜に会う約束を取り付けた。
前日移動先の会社に電話を入れ、なんとか二つ返事で承諾を得てホッとした。
なにせ、いくら正直にこちらが名乗っても、見知らぬ探偵からの対面要求など警戒されるのが当然といえば当然。
予想のできない緻密な犯罪も増えている昨今、警察手帳でも見せない限り断られて当たり前なのだ。
だから俺は待ち合わせ場所を、大通りに面した人の出入りの多い喫茶店を選んで彼女に伝えた。これならたとえ何かを企てたとしても、必ず目撃者が存在するから、犯罪など割に合わないことになると丁寧に説明もした。
そして当日、指定場所に三木綾乃がやって来た。お互い顔は知らないが、俺が入口付近に立っていると言っておいたので、彼女の方から話しかけてきた。
やや緊張した面持ちだがそれは仕方のないこと。とりあえず、二人で中に入って席につき、話の本題に進むことにした。
「早速ですみませんが、先日お話しましたように、是枝英之さんのことで少々うかがいたいと思いますのでよろしくお願いします」
「はい。。でも話すことがそんなにあるかどうか。。」
「大学で同期だったんですよね?その後同じ会社にも入社されていますし」
「はい。。」
三木綾乃はうつむき加減で俺と目線はあまり合せなかった。
「率直に言って、あなたから見た是枝英之という人物はどういう人ですか?」
「どうって…頭の回転のいい人じゃないかと思いますけど」
「なるほど。それはみんなそう言いますね。では社会人になってからの彼はどうでしょう?大学時代と比べて何か変化はなかったですか?」
「別にそれほど変化はないと思いますけど」
「それほどってことは、少しはあったと?」
「あ、すみません。そういう意味じゃ。。ただ彼は入社当時からスピード出世を目指してたので、仕事一筋に頑張っていたということが、学生時代とは違うということです」
「そうですか。そして彼はそれが実ったわけですね。今やこの若さで本社の本部長であり、取締役員ですもんね」
「すごい人だと思いますけど。。」
俺は少しだけ腑に落ちなかった。三木綾乃は緊張してるとは言え、あまり余計な話をしたがらないように思える。
「職場での彼は、上司との関係はうまくいっていましたか?」
「はい。だから出世したんじゃないかと思いますけど」
「では同僚とはどうでしょう?出世を目指すなら同僚はみんなライバルです。ぎくしゃくした関係もあったのでは?」
「いえ、全くありませんでした。むしろ彼はリーダーシップ的な存在で、私たち女子社員も含めた同僚からも信頼されていましたので」
「そうですか。。非の打ちどころがありませんね(^_^;)まさにパーフェクトだ」
三木綾乃が不思議そうに尋ねてきた。
「なぜ是枝さんを調べてるんですか?彼が何かしたんですか?」
「いえいえ、そんなんじゃありません。私は警察じゃありませんので。そうそう、彼が結婚することは当然あなたも知ってますよね?」
「え?あ…はい」
「いろいろ素行調査ってやつがありましてね。申し訳ありませんが、内密の調査なんでどうかこのことは内緒にして下さい」
「はぁ…どうせ彼に会うこともないですし。。」
「え?」
俺はこの言葉にはっきりとした疑問を抱いた。
「是枝英之さんの結婚式には行かれないんですか?もう今週ですよ?」
「招待されてないもので。。」
「ええっ?同期生であり、同期入社のあなたが?なぜ?」
「わかりませんけど。。」
「失礼ですが彼とケンカされたとか?」
「いいえ全然」
「あなたも不思議だとは思いませんか?」
「たぶん私が異動したからでしょう。招待されたのは本社の人たちと、彼が1年間だけ出向していた関連会社の一部の人たちだけだと思います」
「は?ちょっと待って下さい。彼はずっと本社勤務じゃなかったんですか?」
「いいえ、彼は私と一緒に1年だけ○△商事に異動しました。そのあと…」
「( ̄□ ̄;)ええっ?本当ですか?」俺はマジで仰天してしまった。
「・・何か私、とんでもないこと言いました?」
「す、すいません。何でもありません。続けて下さい」
「はい。。そのあと彼は本社に戻り、私も今の会社に異動になりました。もう彼とは会わなくなって1年以上になります」
「そうだったんですか。。異動ってそんな頻繁にするもんなんですか?」
「さぁ、よくわかりませんけど、一個人1年ごとに異動するのは珍しいとは聞きますけど、私は人事部ではありませんし理由はわかりません」
「そうですか。。」
このとき、なぜかはわからないが、俺の心の中で胸騒ぎが起きているのを感じた。
(続く)




