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Clockworks!  作者: 阿武曇
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第三章 「職人試験 下」

第三章 「職人試験 下」



   1



 六度目のブザーが鳴り、先行の受験者たちの試験が終了したことが知らされた。

 ギャラリーの声援が一層大きくなり、受験者たちが退場する。どうやら、先行の四人は奮闘したようだった。

「……ふうっ」

 控え室で待つリドは、気が気でなかった。

 ラータもティアも、隣でそわそわとしている。くじ運がよかったのか、三人は一緒に試験を行う。ちなみに、イーリは未だリドの向かい側で占いに興じていた。

 鋼の心臓なのか、単に楽観主義なのか。

 正直、その余裕を分けてほしい。

(大丈夫、落ち着け。今まで学んだことをやればいいだけだ)

 ドクンドクンと暴れる心臓を右手で押さえ、緊張で焦りそうになる精神を必死に鎮める。呼吸を整えて、じわりと滲み出ていた手汗をズボンで拭う。

 ついに、次はリドたちの番である。

 フィールドの準備が完了次第、ブザーが鳴り、受験者は指定の隔離リングへと入場。開始の合図で、試験が始まる。

 リドは、手にした武工具を見下ろした。

 左手に握りられている鈍色のレンチは、随所に耐久性を上げるための外部装甲を取りつけただけで、攻撃に使えるパーツはなに一つとして付属していない。自前のものではなく、学園が無料で貸し出しているものなので、高価な武工具でないのは知っていたけれど、いざこうして実際に手にしてみると、どこかその形状は頼りなく感じる。

 五十センチ強ほどのレンチは強度のあるハガネ合金製だが、外部装甲は鉄製なので信じられないくらいに重い。外部装甲は年代物らしく、赤錆が浮いていた。グリップを握りながら、これを自由に扱えるぐらいの筋力を鍛えるべきだったかな、とリドは少しだけ後悔した。

「……リド、」

 武工具を点検していると、ラータが余裕のない声で話し掛けてきた。

「ん?」

「オレ、絶対に合格するからよ。一緒に職人になろうぜ」

「そうだね。ティアも、ね?」

「ふぇっ? も、もちろん! あたしが落ちるわけないじゃない」

 急に話題を振られて声が裏返っていたが、ティアらしい返事が二人の耳に届いた。

「っていうか、あたしとあんたはリドに迷惑かけてんだから、受かんないといけないの!」

「わ、解ってんよ」

「なに、緊張してんの? うわ、似合わないわよ?」

 からかうようにティアが言う。

 ラータは心に余裕がないのか、ムッとした顔をした。

「んだよ、人が真面目なこと言ってんのにおちょくんじゃねえよ!」

 声を荒げるラータに、リドは驚いた表情を浮かべた。いつもだったら、お調子者のラータが憎まれ口を返して終わるのだ。まさか怒るなんて、予想外の反応である。

 しかし、矛先を向けられたティアは平然とした様子で、

「はあ? あんたバカなの?」

 と、素で返す。

 そんな彼女のリアクションにラータが口を開きかけるが、ティアの言葉の方が早かった。

「一緒に職人になるだっけ? そんな当たり前のこと、今さらじゃん」

「え?」

「楽観主義のあんたが、あれこれと考え込むから緊張すんのよ。いつもみたいに軽い気持ちでいればいいじゃない。今日まで頑張ってきたんでしょ? だったら、後はそれを全力で出し切るだけ。なにも難しくない。あんたなら出来る。あたしも受かるし、リドもすんなり合格するわよ。そんな当然のこと、なんで解んないわけ?」

 ティアの言葉に、ラータもリドも唖然とした。

 普段は粗暴で行動派の彼女が、一番この場で冷静だったのだ。しかも、激励されるなんて思いもしなかった。

「ティア――」

「はい、終わり。ほら、ブザーが鳴る頃じゃない?」

 ラータの声を強制的に打ち切って、ティアはすたすたと控え室から出て行ってしまった。少しだけ早足の背中を眺めて、

「……ははっ」

 と、ラータが笑った。それは、自嘲にも近い笑みだ。

「あいつに元気づけられるなんてなー。正直、不覚だよな?」

「不覚は言い過ぎだけど、うん、びっくりはしたかな」

 彼女のおかげで、緊張なんて吹っ飛んでしまった。胸中に居座っていた不安の嵐も、今では少しの面影すら感じない。ティアの激励が、マイナス要素の一切を綺麗さっぱり消してくれていた。

 そんな二人の鼓膜が――、

 ブザーの音。

 観客の歓声。

 興奮に彩られた女声のアナウンスを同時に感知した。

「いよいよ、か」

「頑張ろう、ラータ」

「おう」

 短く会話して、親友同士は拳をぶつけ合う。

 互いに覚悟にも似た決意を胸に燃やし、リドとラータはフィールドへと入場した。




「試験、開始!」

 試験官の声が聞こえた直後、受験者の眼前で足を畳んでいた馬型の械獣が覚醒する。

 サミジナの尻尾――金色のゼンマイを拘束していた枷が解放され、ゆっくりとゼンマイは械獣の時間を動かし始めた。

 身体の調子を確認するように四肢を動かして、フィールドに立つ四体のサミジナが同時に嘶きを上げた。

 前脚の蹄で地面を削るようにして、サミジナの視線が受験者にまっすぐ注がれる。試験官はリングの外にいるため、隔離リング内は受験者しかいない。

 本物の械獣を相手にしているせいか、割れんばかりの声援さえよく聞こえない。聞こえるのは、自らの荒い呼吸音と重い鼓動だけだった。

 隔離リング内で対峙する受験者の呼吸とサミジナの嘶きを残して、世界から音が死んでしまったかのような錯覚に陥る。

 四人の受験者が、固唾を呑む。

 四体のサミジナが、行動を起こした。

 みるみる距離が縮まり――、

 職人試験最終課題、対械獣戦闘実技審査は始まった。



   2



 自分に向かって疾走してくるサミジナを横転で回避して、ティアは内心毒づいた。

(服が汚れるじゃない!)

 そんなことを気にする状況ではないのだが、今のティアはそんな些細なことを考えられるぐらいに冷静だった。

 きっと、これもリドのおかげだと思う。

 緊張でガチガチになっていたときに、リドが会話をしてくれたからこそ、自分はこうしてベストコンディションでいられる。

 自分の緊張を押し殺してまで友人を気遣う彼の優しさに、ティアは助けられたのだ。

 まあ、恋する乙女として、意中の相手に心配させるわけにはいかない! と思ったのも事実だが。

「サミジナ……だっけ? 確かこいつって、パターン攻撃型だったわよね」

 初撃の突進を避けられたサミジナが、くるりとこちらに向き直るのを睨みながら、ティアは戦術を思索する。

 ティアが手にしている武工具は、ハンマーだ。

 打撃に大いに優れ、堅牢で一撃必殺の望める重量級武工具であり、重さを犠牲にして得た『面での破壊力』は、取り回しが利かないという欠点を差し引いても余りある美点として、パワー系の戦術を得意とする職人に愛用されている。

 ティアの性格と膂力から見ても、これほど彼女向けの武工具はないだろう。

 再び疾走の前動作を取るサミジナに対し、ティアは自身の身長ほどもあるハンマーを肩に担いだ。ズシリと沈みそうな重量が肩に掛かるが、純鉄製ではないので、女子でも充分に扱える。

「ヒヒィイィンッ」

 サミジナが嘶いて、地面を四肢が蹴る。蹄が地面を蹴り飛ばすたびに、砂煙が上がる。

 闇色の体躯を機械部品で覆ったサミジナが、ティア目掛けて爆走する。

(タイミングを――ダメ、間に合わない!)

 眉間から伸びる長いネジの角を既のところで回避する。横っ飛びでかわす瞬間、ティアの瞳はサミジナの尻尾を映していた。

「くっ、速さだけは馬並みね……」

 思わず、文句が口を衝いて出る。

 サミジナに限らず、全ての械獣は金色のゼンマイを体躯のどこかに有しており、械獣を倒すにはそのゼンマイを破壊するしかないと言われている。しかし、大抵は攻撃の届きにくい部位に存在するため、簡単には破壊出来ない。械獣が厄介なのは、こういった性質によるところが大きいだろう。

 弱い個体ほど目立つ場所にゼンマイを持ち、強力な個体ほど攻撃しにくい場所にゼンマイを持っている。サミジナは尻尾にゼンマイを持つ(というより、尻尾そのものがゼンマイになっている)個体種なので、弱い械獣というわけだ。

 しかし、弱い械獣とはいえ、動きの速さは実際の馬と同じレベルである。ただでさえ精密な攻撃に向かないハンマーで、猪突猛進するサミジナの尻尾を打ち砕くなど、難易度の高い所業と言える。

「相手がこいつだって解ってたら、ハンマーなんかにしなかったのに……ッ」

 三度目の突進を避けながら、ティアがイライラを言葉にした。

 あらかじめ対策を練れないよう、どの械獣が使用されるのかは試験当日まで発表されていなかった。武工具を選択するのは職人試験が始まる前なので、今さら変更も出来ない。職人たる者、いかなる状況でも臨機応変に対応しろ――ということなのだろう。

(そんなことが出来たら、苦労しないっつーの)

 しかしながら、そう思う一方で、自分はマシな方だとも思う。なぜなら、ファミレスでリドに一通りの械獣の種類と戦術について教えてもらっていたからだ。努力家で人に教えるのが上手いリドの手ほどきは、正直に言って先生よりも解りやすかった。

 そのリドの言葉を思い出す。

『サミジナは、角での攻撃を多用する械獣なんだ。だから、直線的な攻撃しかしてこない。突進を避けて尻尾を攻撃! っていうのが定石だね』

 彼の言葉を引き継いだイーリは、こんなことも言っていたっけ。

『サミジナはね、個体によって突進の前動作とか立ち止まったときの癖とかが違うって、なにかの本に書いてあったよー』

 そんなイーリにうんうんと頷いて、リドが喋った言葉は確か――。

「――観察して隙を見出し、そこを衝くッ!」

 四度目の突進を開始したサミジナの全身を前方から睨みつけて、ティアが叫ぶ。

 頭を突き出して貫こうとする械獣を斜め前に前転することでかわし、標的を外したことを直感したサミジナが四肢を踏ん張ってブレーキを掛ける後ろ姿を、回転の勢いを利用して起き上がったティアの双眸が射抜く。

「こンの、暴れ馬ぁぁッ!」

 大きく振りかぶったハンマーを、ティアは一直線に金色のゼンマイへと叩きつけた。

 ガキィンッ! という金属が折れる音を響かせ、サミジナの尻尾が微塵に砕ける。

「ヒ、ヒヒ……ィン…」

 よろよろと数歩前に歩き、サミジナがどうっと倒れた。

 闇色の体躯は霧散し、外殻を構成していた機械部品はがらがらと無造作に転がる。

 無機質な部品の群れを見下ろして、ティアは疲労の息を吐き出した。

 風が、ティアのセミロングの髪を撫で上げる。風に踊る栗色が、初夏の空気を彩った。

 生温かい空気は、しかし汗で火照った身体には心地よかった。



   ◇



(こっええーッ)

 サミジナの一角を必死で避けながら、ラータは心の中で叫んだ。

 一歩間違えれば、あの先端が鋭利な配管に身体を串刺しにされるのだ。恐怖するなというのは、スパルタにもほどがあるだろう。

 械獣の攻撃は、リドによると物質的なものではないらしい。実体を持っているのに変な話だが、奴らの攻撃は時間にダメージが換算されるようだ。受けたダメージの分だけ、『生きる時間』が強奪され、それが尽きると死に至る。これが、械獣が時を食らう化物とも呼ばれる所以だ――とかなんとか。

 頭の良い方ではないラータは、その詳細を緻密に記憶することを挫折したのだが、要するに、械獣の攻撃を受けると寿命みたいなものが削られる――ということなのだろうと認識している。

「野っ郎……」

 衣服をかすりそうだったサミジナの突進に、冷や汗をかく。運動神経はある方だが、いかんせん思うように身体が動いてくれないのだった。

 運動による発汗ではない汗がこめかみを伝うのを感じながら、ラータは意識を少しだけ観客席へと向ける。

 恐らく、この大観衆の中には家族がいる。そして、盛り上がる周囲に負けないくらいの声援を送ってくれていることだろう。その声自体は聞こえないけれど、ラータの背中には家族の思いがひしひしと感じられた。

 しかし、だからかもしれない。

 身体が上手く動かないのも、しっかりと集中出来ないのも、家族が見ているという意識がプレッシャーを生み出しているような気がしてならなかった。

 自分の現状を家族のせいにする気は毛頭ないけれど、それを肯定しようとする精神が存在するのも事実だった。

 そんなことを考える自分と、なかなか有効打を与えられないことに苛立ちが蓄積されていく。

(くそ、落ち着けよ! 焦るなって!)

 今にも捨て身しかねない衝動を制すように、自分を叱咤する。

 ちらりと隣のフィールドで戦っている幼馴染みへと、視線を向ける。透明の仕切りの向こうでは、ティアが械獣の突進を飛び込み前転で回避しているところだった。その動きに、観客席から称賛の声が上がる。

 どうやら、善戦しているらしかった。

「くそ、マジかよ」

 控え室では、声を荒げたのに激励され、緊張を解いてもらい。

 そんな風に自分を気遣ってくれた女子よりも、動けていない。

 そんな状況が、ラータの精神を容赦なしに追い詰める。心の中で渦巻いていた焦燥が、じわりじわりと精神を本格的に侵略し始める。

 が、しかし。

 ラータという少年の心は、腐っていなかった。

「なっさけねえよな、オレ……」

 そう一人ごちる口元には、自嘲の笑みが浮かんでいる。今まで真っ白になりつつあった頭が、ゆっくりとだが再起に動く。

「格好悪い姿をよ、家族に見せるわけにもいかねえし、」

 言葉を切って、突進の前動作を取っていたサミジナを睨む。

「いつまでも、ティアに負けてらんねえんだよッ!」

 ラータの声に触発されて、サミジナが疾走。蹄を盛大に鳴らして、間合いをぐんぐんと詰めていく。

 手汗を拭いている時間はない。

 ラータは、滑らないようしっかりと武工具を握り締めた。

 鉄製の柄が、頑丈な質感を掌に主張する。確かな質量を持つそれは、武器としての安心感を心に満たす。

 ラータが選んだのは、無骨(ぶこつ)な大型の鑢だった。

 斬撃に大いに優れ、打撃の特性をも有する万能な重量級武工具であり、スロット部分を持たないせいで追加武装が出来ない代わりに、重量級の中では取り回しやすいという長所がある。攻撃力は同系のハンマーに劣るものの、初心者から熟練者まで使い手を選ばない優秀な武工具として知られている。

 ラータがこの武工具を選択したのは、彼が幼少のときに見たドキュメント番組で取材されていた職人が愛用していたからである。

 そんな理由で選ぶなと先生には怒られるかもしれないが、鑢以外の武工具はしっくりとこなかったのだから、仕方がない。

「来い、馬野郎!」

 疾駆するサミジナとの距離は、もう五メートルもない。

 額を突き出すようにして走るサミジナを真っ向から見据え、ラータは鑢を下段に構えた。まるで極東の島国にいると噂されるサムライのような構えである。

 械獣との距離が鑢の攻撃範囲に変化した瞬間、

「うおおおッ!」

 雄叫びと共に、鑢が一閃された。

 横一文字に薙がれた鑢の刀身は、全力疾走していたサミジナの胴体を側面から打ち据え、大質量の身体を強制的に横倒しにする。

 重い音を立てて倒れたサミジナは、外殻を粉砕されて怯んでいた。

 その隙を逃さず、ラータが尻尾へ目掛けて鑢を全力で振り下ろす!

「砕けろ!」

 鑢がゼンマイを捉え、引き斬るようにして振り抜かれた衝撃で、金色のゼンマイはへし折れた。パキンッ、という軸が折れる音を奏でてから、

「ヒヒ……ィン…」

 と、サミジナが断末魔を上げる。

 瞳の位置にあった赤い光彩が消失したのを合図に、闇色の体躯はかき消え、外殻の機械部品はただの物と化した。一角の役割を果たしていた配管が、がらん、と地に落ちるのを見届けて、ラータは自分が械獣を撃破したことを認識する。

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 肩で息をするラータに、観客席から大声援が送られた。その予想外に大きい音の津波に、ラータは思わずよろけ掛けるが、なんとかそれを自制し――。

 家族に結果を示すように、ラータは鑢を空にかざした。

 初夏の日差しが赤毛の短髪を照らす様は、フィクションの主人公のように輝いて見えた。



   3



「おうおう、賑わってるなー」

「試験はもう始まってますからね」

「なんか楽しそうだなー」

「……じゃあ、行けばよかったじゃないですか。ラキ姉が贔屓にしているリドとかいう人も受けてるのでしょう?」

「ば、お前! んなこと出来るか! ……恥ずかしいじゃん、なんか」

「変なところで乙女ですね……」

 師匠のヘタレっぷりに、ユイリィは呆れの息を吐いた。本当にこの人は、仕事以外は社会不適合者である。よく今まで生きてこれたものだな、とユイリィは内心驚いている。過去形でないのが、弟子として恥ずかしい。

 アイーシャ・リーベルこと四代目ラキとその弟子のユイリィは、職人試験が開催されているユグドール学園の野外演習場を、オープンカフェから遠巻きに眺めていた。

 ユイリィとしては、やたらラキと仲のいいリドがどれほどの実力者なのかを見学したかったのだが、人見知りのラキがそれを承諾するはずもなく、だけども試験の様子は見たいというラキの心配性の理由からユイリィが提出した譲歩案として、このカフェからの観戦に落ち着いている――のだが、これでは試験の観戦どころか、ただの建物観察でしかない。

 生憎、建物を長時間眺めていられるほど、ユイリィは建築マニアではなかった。

 退屈さを紛らわそうと、ラキに話題を振ってみる。

「ラキ姉、リドとかいう人とは、いつ知り合ったんですか?」

 どうせ会話をするなら、気になっていることを訊いた方が得である。他にやることもないのだ、ラキがこの話題を無下にするとは思えない。

「ん? リドとの出会い? んなもん聞いてどうすんだ?」

「別に大した理由はありません。少し、気になっただけです」

 首を捻るような仕草はしたが、案の定、ラキはなんの躊躇いもなく話し出した。

「んー、正確な時期とかは解んねーな……。けど、リドがまだチビっ子だった頃だから、多分八年前……おれがまだ十八のときかな。ははっ、わけーな」

 赤いウルフエアを照れたように掻くラキを見て、

(ラキ姉の八年前! まだピッチピチの頃ですか! ここ、これはよだれが止まりません)

 ユイリィは必死に、ポーカーフェイスに徹した。

 ラキの話は続く。

「リドがこの街に越してくる前は、アースフィリアの南側にあるクレセントリーフってトコに住んでたんだ。年中雪が降る街でよ、さみーったらありゃしねー。んで、おれはそこの街役場から依頼を受けて滞在してた」

「どんな依頼ですか?」

「ん? 別にフツーの修理依頼さ。あんときはまだジジィが生きてたからな。パシリに使われたんだよ」

 子どものように唇を尖らせるラキに、ユイリィはついつい頬が緩みそうになる。

「おれは昔っから修理が苦手でよ、直すのにかなりの時間が掛かるってんで、長期滞在することになった。んで、仮住居の近所にいたガキがリドってわけだ」

 そこまで言って、ラキが思い出し笑いのような笑みをこぼした。

「出会ったばっかの頃から、時計に興味津々でさ。出かけるときから修理の合間まで、ずっとおれにくっついてくんだよ。なんか子犬みてーな奴だなって思ってたっけ」

「ずっとですか? 迷惑だったでしょう?」

 長時間ラキと行動を共にしていたらしいリドの姿が、どこか自分と重なって見えて、ユイリィは面白くない。ついでに、姉がかわいい弟を話すときのようなラキの優しい顔もまた、面白くなかった。

 しかし、ラキはそんな愛弟子の気持ちを気にせず、

「いんや、なんだかんだで楽しかったぜ。キラキラした目でおれが時計を修理してんのを眺めてよ、『おねーちゃんは魔法使い?』とか訊くんだぜ?」

 けらけらと笑って、ユイリィの言葉(むしろそうであれという願い)を否定した。

「なんでだって訊くと、『だって傷がどんどんなくなっていくから。僕、知ってるよ。魔法って言うんでしょ?』って答えてさ。あそこまで邪気のねー顔されたら、夢壊すようなこと言えなくてよ。ついつい肯定しちまったのが、リドとの付き合いの始まりだな」

 それから、ラキが街を離れる二年間ほど、二人は姉弟のように過ごしていたらしい。リドの時計に関する知識や技術も、このときにラキが教えたようだ。

 リドとの関係を聞いて、ユイリィはなるほどと思った。

(それだけ濃密な時間を過ごしていたのなら、あの仲の良さは頷けますね)

 だが、しかし。

 だからといって、リドを敵視しなくなる理由にはならない。それはそれ、これはこれである。誰であろうと、ラキと一番絆の深い人物は自分じゃないと認めない。認めたくないし、ユイリィには認める気すらない。

 師弟愛に勝るものなど、この世にはないのだ。

(いえ、恋愛感情……は厄介ですね)

 他人への恋慕は、さすがのユイリィにはどうすることも出来ない。しかし、仕事のとき以外は社会不適合者のラキが、誰かに――異性に恋をするなど、天地が逆さまになるくらいにあり得ないことである。

 よって、今のところの最大の敵は、リド一人しかいない。

(あの人とラキ姉の間にどれほどの絆があるのかは知りませんが、私とラキ姉の師弟愛に割り込む要素は徹底的に排除しなければ)

 グッ、と小さく拳を握り、ユイリィが固い決意を燃やしたときだった。

 突然、周囲が騒がしくなる。

 ざわざわとし始めただけでなく、近くの道路を鎧を着た自警団員が走っていく姿まで確認出来る。パトロールにしては、物騒な雰囲気に見えた。

 ただごとではない空気を感じ取ったラキが、たまたま近くを通りかかった自警団員を呼び止める。

「なあ、やけに騒がしいが、どうしたんだ?」

 ラキの問いかけに、自警団員は慌てたような声で口早に答えた。

「械獣が、街に向かって接近してるらしい! 警備隊はとっくに討伐に向かったが、足止めも出来てないみたいだ!」

「械獣だ? 種類は? 特徴ぐらいは解んだろ」

「特徴……? 巨大な狼のような姿だと聞いたが、それがどうした」

 さらに問うたラキに怪訝な視線を投げかけた自警団員だったが、すぐに質問の真意を読み取り、

「あんた、時計職人か! だったら手を貸してくれ! 最寄りの職人には出動要請が掛かってるはずだが、ユグドールからの増援には時間が掛かるとさっき連絡が――」

「落ち着けよ、言われなくても貸してやる。ただし、こっちもビジネスなんでな。報酬はたんまり頂くぜ?」

 猫のように目を細めて笑顔を浮かべたラキに、

「解った! 後で街役場に請求しとくから、急いでくれ!」

 自警団員が声質を強めて了承した。

「おっし、交渉成立。リィ、準備しろ」

「解りました」

 がたん、と席を立って、ラキがテーブルに立て掛けてあった大きな背嚢を担ぐ。中に詰められた幾多の時針が、金属質な音を立てた。

 先導する自警団員の背中を大股で歩くようにして追いながら、ラキは予想外の収入に上機嫌な顔をしていた。ユイリィはユイリィで、退屈しのぎにはなりそうだとラキの横を並走する。

「ラキ姉、どんな械獣が接近してるんですか?」

 ユイリィは素人ではないが、械獣については詳しくなかった。特徴を聞いただけでは、種別を特定出来ない。そんな愛弟子の質問に、ラキはにいっ、と口角を吊り上げ、

「大型で狼の姿の械獣つったら、一種類しかいねー」

 まるで獲物を見定めた猛獣のように獰猛な笑みを浮かべた。

「械獣――マルコシアス。久々に手応えのある大物だぜ」

 舌舐めずりさえしそうな顔で、ラキが対象の正体を明かした。

 それは、ユイリィが今まで聞いたことのなかった械獣だったが、さほどの心配もしていなかった。三ツ星の師匠と一緒なのだ、苦戦するような相手でもあるまい。

 街に迫る脅威を排除するために、時計職人は奔走する。



   ◇



 控え室でのティアのおかげか、不思議と過度な緊張はしていなかった。

 リドは、眼前で覚醒したサミジナと対峙する。

 尻尾のゼンマイの枷を解かれ、顔面の装甲の隙間に赤い光彩が灯る。畳んでいた四肢を伸ばし、サミジナが起立する。

 馬型の体躯を身震いさせて、械獣が臨戦態勢に入る。

 リドは、初めて見る械獣を観察した。

 サミジナの外殻は、顔面と頸部、背面と側面に存在している。銀色の機械部品で構成された外殻は、騎士が搭乗する馬が身につける装甲のような印象を受ける。華美な装飾などはないが、時針の角を有す馬の姿は、どこか幻獣――ペガサスを連想させるものがあった。

(サミジナはパターン攻撃型の猪突猛進タイプ。焦らずにタイミングを計れば、充分に尻尾を狙える)

 リドは戦術を脳内で反復し、動き方をシュミレートする。

 ラータほど運動神経はないし、ティアほど腕力はないけれど、リドには豊富な知識と努力で獲得した技術がある。ここで焦ったりしなければ、勝てない相手ではない。

「ヒヒィィンッッ」

 サミジナが嘶いて、最初の突進を敢行した。

 リドの胸部に狙いを定めたのか、サミジナの角はリドの心臓にピタリと照準されている。械獣の攻撃は物理的干渉を持たないが、しかし相応の痛みはあるらしい。

 仮に心臓を貫かれれば、その痛みを味わってから死ぬことになるだろう。ダメージ分を差し引いた寿命が命にフィードバックされるまで、多少のタイムラグがあると聞く。

 ちなみに、失った寿命はアカシャ・クォーツで回復出来るらしい。運命を正しく導くと言われる理由は、もしかしたらこれによるのかもしれない。まあ、絶命するほどのダメージを負ってしまえば、それも不可能だが。

 武工具を握る手が、汗で滑る。

 リドの武工具はレンチで、重量に優れ、頑丈かつ取り回しの利く万能な軽量武工具として知られている。欠点としてリーチが短く、攻撃の際には密着する必要があるが、重量を気にせず任意に改造可能な点は捨てがたい魅力と言える。

 今持っているのは、学園から貸与されたものなので改造は出来ないしされてもいないが、本来ならレンチのスロット部分に強化アタッチメントを装着するのが常識である。攻撃特化に改造したり、耐久性を上げるための追加装甲を取りつけたり、レンチはオールラウンドな武工具なのだ。

 リドがレンチを選択したのは、高名な父が持っていた武工具がレンチだと聞いたからだった。父親の名声で判断されることを嫌っているリドだが、しかし時計職人としての父親には純粋に憧れている。

 叔父も叔母も、父親が今どうしているのかをはっきりと教えてくれなかったし、リドの記憶に父親の姿はないけれど、それでも耳にする父の偉業の数々は、尊敬に値するものばかりだった。

 武工具を同じ種類のものにしたところで、父のように強くなれるわけではないが、まずは形から入ることも重要な要素である。

 そして、父親に名声に近づくには、職人試験に合格しなければならない。

 第一週目、一次試験の筆記試験と面接。

 第二週目、二次試験の専攻職の実技審査。

 そのどちらも、懸命に努力した甲斐あって無事に合格している。

 職人になるための努力を惜しんだことはなかった。同じ夢を志す友達にも巡り会えた。そういった数々のことを積み重ねてきたからこそ、ここまで来れたのだと思う。

(父さん、見てる?)

 顔すら思い出せない父親に尋ねる。

(僕は、父さんみたいな職人になりたくて、ここにいるんだ)

 叔父や叔母は明言しなかったが、恐らく既に他界しているであろう父親に伝える。

(だから、見ていて――)

 接近するサミジナの姿に集中を絶やさず、リドは思いを口にした。

「――絶対に職人になってみせる!」

 突き出された時針の角を、流れる動作で半身を開いて回避。

 同時に振り上げていたレンチを、通り過ぎる械獣の臀部へと思いっきり降下させた。しかし、想像以上にサミジナの速度が速かったせいか、レンチが生み出した衝撃は少なかったようで、キンッ、という金属音を奏でるに止まる。

「――っ!」

 焦らず、リドは即座に追撃へと転じる。

 レンチが当たったことで鈍くなったサミジナが、突進を繰り返すために体躯を翻らせるが、その身体が完全に向き直る前に、

「はああっ!」

 鋭い呼気を伴って下段から飛来したレンチが、金色のゼンマイを直撃した。

 今度こそ、しっかりと衝撃が破壊を生み、ゼンマイが亀裂に覆われる。ピシッ、という音を連続させて、ついにサミジナの尻尾は砕け散った。

 よろよろとおぼつかない足取りでリドに正面を向けたサミジナが、リドの双眸を赤い瞳で直視する。そうして数秒見つめ合って、闇色の体躯は直立した状態から煙のように消え失せた。外殻がただの部品になる様を見つめて、リドは安堵の息を漏らす。

 長かった職人試験に、リドは見事に合格したのだった。



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