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Clockworks!  作者: 阿武曇
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幕間

幕間 



 ――職人試験最終課題開始から数日前。

 トワイライトヒル中央にそびえ立つ、巨大時計台『偉大なる(ビッグ・アイ)』。

 古風なレンガ造りの外見は見る者に威風を感じさせ、天外に達しようかという尖塔に設けられた巨大な文字盤は、まるで世界を見渡す神の瞳を連想させる。

 コーリント式で稼働するビッグ・アイ内部の機関区画。

 蒸気の音が反響する薄暗い通路を、場に似つかわしくない背広姿の人影が、悠々と闊歩していく。

 本来なら許可なく機関区画へ立ち入るのは禁じられているのだが、人影は微塵の迷いもなく歩みを止めない。やがてクォーツ制御室の前で止まると、人影は赤く錆びた鋼鉄製の扉のハンドルを握った。

 金属同士が擦れる嫌な音を鳴らして、ハンドルが回転する。

 ガコンッ、という解除音を聞いてから、人影はゆっくりとハンドルを引く腕に力を込めた。ギギギ……と重く扉が手前に開き、内部への入室が可能となる。

 カツン、カツン、と足音を響かせ、人影がクォーツ制御室へと革靴を踏み入れた。

 まず視界に入ってきたのは、広大な室内の縦横に配置されたいくつもの蒸気管である。機関区画の地下に位置する動力室から、上階のここまで蒸気を運んでいる配管は、どれも見るからに頑丈そうな鉄板で補強が施されていた。

 そして、それら蒸気管が集約しているのが、人影の眼前にある巨大な蒸気基盤だ。壁一面全体に金網が張り巡らされ、その内側では大小様々な歯車が、蒸気の力で稼働している。

 蒸気のせいで室温が高い。

 しかし、人影は暑さを感じていないのか、涼しい表情のまま蒸気基盤に近寄っていく。

 人影と基盤の距離が残り五歩ほどに縮まったところで、蒸気基盤を照らす照明が人影の姿を陰から引きずり出した。

 ややオールバックに撫でられた茶色の髪は一筋の乱れもなく、蒸気基盤を見上げる威厳に満ちた顔には無精ひげが目立ち、精悍とも言える顔立ちを引き立てる役割を担っている。

 闇色の背広の胸には赤いハンカチが綺麗に畳まれ、ホワイトシャツは深紅のネクタイで彩られている。

 いかにも高級そうな背広に、片眼鏡を掛けたその人影は、まるでどこかの貴族のようにも見える。姿勢よく立ち、蒸気基盤を仰ぐ様は、高貴な紳士が絵画を眺めているような光景だった。

 紳士の視線は、蒸気基盤のある一点――巨大なアカシャ・クォーツの結晶に注がれていた。クォーツの結晶は、赤い光を室内に放っている。

「ふむ、輝き方に多少の濁りがあるな」

 落ち着いた声でそう呟いて、紳士はもう一歩前に出る。

 クォーツの光は正常そのものに感じられるが、紳士の瞳はすうっと細められた。

「やはり、赤の中に暗い色を宿している。――不吉の予兆、か」

 紳士の声は小さいにも拘わらず、蒸気が配管を巡る音にも劣らない。だが、よく通るその声に返答するのは、配管内を巡る蒸気の音だけだった。。

 時が停止したかのごとく、紳士は動かずにクォーツを観察し続ける。後ろ手に組んだ両手さえ、不動を貫いている。

 世界が紳士の行動に従ったかのように、物音の一切が少量に変化したようだった。現象としてはあり得ないことだが、紳士の存在感はそれを正当化しかねない重みを有している。

 紳士と世界の沈黙――。

 著名な絵師がこの光景を描いたら、きっと高値で取り引きされることだろう。絵師がこの場に不在なのが、悔やまれる光景である。

 静謐な空気を壊したのは、紳士の紡いだ言葉だった。

「――時計は時を示すもの、

 ――時は命を標すもの。

 ――時の導を針が刻み、

 ――命が時を進めゆく。

 ――ああ、針よ。止まらないでおくれ。

 ――我らに変わらず、永劫の導を。

 ふむ、オーギュスト・アルギエーデの詩は、場と合致するとさらに深みが出るな」

 一人頷き、紳士は踵を返した。

 歩き去りながら、紳士は独白を零す。

「……舞台は整った。世界はどうのようなエンディングを迎えるのか、楽しみだな」

 口元に微笑を湛え、紳士は闇に消えた。



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