表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

 それは懇願  (メイム編)

 今作「それは懇願 (メイム編)」は脇役とはいえどもキャラたちの死ぬシーンが含まれています。

 もしも、そんなのは嫌だなと思われる方がいらっしゃいましたら、読まないほうがよいかと思います。

 個人的には人が死ぬ姿というのは、人生の最後の生きざま(集大成)であり、子供に与えることのできる親の最大の遺産であるともおもっておりますので、遠慮なくあげさせては頂きましたが。

 残酷描写は含まれてはおりませんが、敏感な方にはつらいかもしれませんので注意事項としてあげさせていただきました。

 自己責任にてお読みください。(ぺこり)



「それは懇願」   (メイム編)







「メイム、メイム」

 眠たいんだったら部屋で寝るか?

 うとうととしていた自分にそう尋ねたのは、兄だった。

「……だいじょうぶです」

 ここにいます。

 頭をふらつかせながら答えた自分に兄はため息をついたあと、傍を離れたと思ったら寝室から掛け布を持ってきた。

 小さめの一枚は既に眠ってしまっていた妹にかけ、大きめの一枚は自分とメイムの身体に巻きつけて。

「眠くなったら、俺の肩を枕にしていいんだからな」

「……はい」

 4つ上の兄はその細い肩を指差してそう言いました。


 ―――― その日は月も星も隠れた夜だったことを覚えています。 









「…ヨウコ」

「―――ファンリー」

 来てくれたの?

 寝室の布団に臥していた母が身体を興そうとしたのを、父母の友人でもあるファンリーさまが慌てて止めていました。

「…うん。やっぱり身体が重いわ」

「……そう」

 自らの体調をそんな一言で終わらせた母に、涙ぐんだファンリーさまが返事をしていました。

「ねえ、子供たちをお願い出来る? リアディもいるしあの子たちも無事に転化をすませたし必要なことはすべて教えたつもりだから、きっと迷惑にはならないと思うんだけど」

 だけど、やっぱり少しだけ心配なのよ。

 母、ヨウコはそう言いました。

「うん、…心配よね」

 よく、わかるわ。

 子を持つ親でもあったファンリーさまがその言葉に頷いていました。

「大丈夫よ、あの子たちは私が後見に立つわ。――― あの子たちの望むように見守りましょう」

「ありがとう、ファンリー」

 母がそう呟き、静かにその傍で見守っていた父が同じようにファンリーさまへ頭を下げていました。

 母が言葉を失い、眠りのなかで息をひきとるまでの時間。

 ときに友が沈黙のなかで寄り添い、子が母を呼び、その手を握る間。

 父であるエンは僅かながらの荷物を選り分け、様子を見に来ていた知人たちへと指示を出していました。

 母と同じ場所を離れることなく。












 その日に邸に集っていたのは少なくはない人数でした。

 この奥深い山にある邸には、主である大蛇エンの一家しか普段は存在しません。

 たまに訪れる主夫妻の友である竜族のファンリーや、かがちの里の長、その程度しか訪問客のない通常でありました。

 ゆえにその日初めて見た竜族の火竜たちは、――どこか怖ろしい気配を保っていました。

 夜の深まった頃、父の泣き叫ぶ声が聴こえました。

 それがきっと全ての合図。

「…ヨウコ」

 はらはらと涙を零したファンリーさまは、わたしたち兄弟をしっかりと抱きしめた。

「―――ファンリーさま、泣かないで?」

 ファンリーさまが泣くと私も哀しくなるよ?

 妹が幼い声でそう告げました。

「ええ、そうね。 ―― でも、少しだけ許してちょうだい、マリアム」

 今はただ友を悼むことを私に許して。

 子供たちを抱きしめて泣く彼女は、子供たちを護るためにではなく倒れそうになる自分を支えるために抱きついたようにも見えました。

「…ファンリー。子供たちを連れて避難しろ」 

 泣いた彼女に声をかけたのは竜族の重鎮。―――チェイサさまでした。

「…エンさまにお逢いしてからでも間に合うでしょう? 私は彼等の友です」

 会わずになどすませられるはずもない。

 怒りではなく、何か強い意志によって彼女はそう告げました。

 ぴりりとより一層空気が険しさを帯びたようでした。

 その時、父は現れました。

 永久の眠りに就いた母をその腕に抱きしめながら。

「―――エンさま!!」

「…ファンリー」

 まだいたのか。

 父はただそう呟きました。



 暗い暗い夜でした。

 


 まだほのかに温かい母の手を握り、永久の友情をと呟いたのはファンリーさま。

 そして、沈黙する父にもまた「永久に」と呟いて、我らは父母のもとを離れました。

「エンさま」

「父さま」

「父上」

 壊れそうな絶望と、安堵したような思いを身に持つ父と最後のキスを交わして。

【――― こんな父親ですまなかった】

 最後に触れた父の感情へ否定を返しながら。

【それでも、貴方がわたしたちの父親です】

 兄弟を代表するようにして、義理の兄である竜族のリアディがそう伝えていました。









 暗い夜の奥深い山の中。

 蛇の里の長とその付き添い、竜族の大老チェイサと竜族龍形種(ロンけいしゅ)が一人、ファンリー。それから招請された火の竜たち。―――― 危険種【大蛇おろち】と落人おちうどヨウコの子供たちが見守る中で火は放たれました。

 夜闇を照らしだしたその煌々たる火のなかで消えたものは、大蛇エンに与えられていた彼の檻たる邸が一つ、そしてその彼の愛した人の亡きがらが一つ、――― 今を死ぬときと決めていた彼自身でした。

 火を操るすべをもつ竜族の火の竜たちが放った火は、死して本態たる姿―――山一つほどに育った父の蛇形を曝させることなく、人形のままの父を燃やしつくしました。

 【大蛇】として生まれたものの末路は常に決まっています。

 常に、常に、封じられたままに生きて死んでいく。

 それを哀れというだけの立場は私にはありません。今も昔も。

 離れた場所で、その火が消えて闇が戻るまでの間、私たちを兄としか呼べぬ彼が抱きしめてくれていました。

「 愛されたことだけに胸を張れ ――― それが誇りになる 」

 呟いていたリアディさまを、私はずっと主人と呼んでいくでしょう。


 尊敬する兄を、生きる指針であるあるじと仰いで。











 その後の我らは、竜族の里で独立することになりました。

 後見人はファンリーさま。

 ご主人さまが仕事に選んだ商人という立場を補佐しながら過ごす日々、あるときリアディさまが人を連れ帰りました。

「彼女はカナ。――― 俺が庇護する」

 デッキブラシと彼女が呼ぶその道具を握りしめたまま、出逢ったばかりの彼女は叫びました。

「これからよろしくおねがいします!」

 綺麗な立礼の姿でした。

「―――こちらこそ、よろしくおねがいします」

 返すように、自分も礼を返しました。母に教えられたままの行儀作法で。

 その後の彼女はなかなか有能で。

 思いつきのままに仕事をするリアディさまの補佐の業務で、だいぶ楽をさせていただけることになりました。

「……ご主人さま。いいかげんに本音で語ったらどうなんですか?」

「怒られそうで怖い」

 知らない間に父のへたれを受け継いでいたらしい長兄に呆れる羽目にもなりましたが。

「今度、マリアムが来たときにリアディさまの失恋話を披露することになりそうですねえ」

「嫌なこというなよ」

 返事したご主人さまに、心から思います。

「だったら、もっとしっかりと彼女を捕まえてください」



  


 夜を共にする程度には情がわいているというのなら。

 早く、早く、繋ぎとめることです。――――この世へ。


 喪われた母が、死を求めていた父を繋ぎとめていたように。


 あなたの礎となる人を、捕まえてください。




 それがきっと、わたしたち家族が幸せだったあのころを蘇らせることになるから。



「 貴方も幸せになるべきです 」



 恋を知って弱くなった、たった一人の尊敬するご主人さまへと願いましょう。





                              了 by 御紋


 

 ……お読み頂きありがとうございました。

 心から、それでも彼らはきっと幸せだったと告げてくれる強さを持ってると信じています。

 では、読んでいただきありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ