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 それは懐古する愛   (ファンリーさま編)

「それは懐古する愛    (ファンリーさま編)」




 明け方、目覚める前に見た夢は、少しだけ朝に名残を許すらしい。

 それがとても嬉しい夢であったとき、私はその過去を思うことを自分に許す。


 私の大切な友人と、―――― 彼女を思うことを。










 綺麗な黒髪を持つ、へたれな蛇族の上位種。―――――――危険種の【大蛇】に生まれついた哀れな蛇。

 それが、エン。―――私の初恋の人。 

「エンさま、エンさま、遊んでくださいな」

 綺麗な衣装を着ることが好きになった。

 綺麗な言葉を探すことが好きになった。

 綺麗な仕草で、あなたに敬意をあらわすことを夢に見ていた少女時代。

「――――ファンリー、さま」

 振り向いた彼の瞳はいつも一人ぼっち。

「……怒られますよ?」

 痛みをこらえるように彼は笑う。

 知っていたのよ、本当は。

 貴方が私を嫌っていたこと。 

 でも認めてなんて上げられなかった。―――だって、私お嬢さまですもの。

 お嬢さまでいなくちゃいけなかったもの。






 私の名前はファンリー。竜族龍形種の一族の一人。

 竜族における主流は、長であるバランの一族を見ればわかるように竜形種にある。

 私たちのような蛇族の変異種として生まれた龍形種や、竜族の亜種である羽ある蛇形種は所詮は少数派マイナー。種としての確立は出来ていても、社会の中では曖昧なものよ。

 龍形種の始まりはたしかに蛇族だけど、龍の子供は龍になるの。

 だから、私は龍に生まれた龍の子供。―――― お嬢さまでなくちゃいけないの。ねえ、わかる?

「―――― 大丈夫ですわ。私は強いから、貴方よりも強いから」

 だから怒られたりはしませんわ。

 自慢げに綺麗に笑って見せたの。

 新しく作ってもらった子供用のチョゴリは綺麗な薄水色で、ふわりと空気に膨らんだチマは真っ赤な紅色をしていた。

 幼いなりに一生懸命に綺麗になろうと努力したのよ。

 だからね、エンさま。

 ――――― 笑って?

「……そうですね」

 苦みを増した表情で、エンさまは笑って返事した。

 エンさまの心がより強く私のことを拒否したことをその笑みで理解する。――――そんなことを何度も繰り返してきたから知っているのよ。


 ねえ、笑って? エンさま。


 陽が西の山に傾く頃には私は本態である龍形を取って空を舞う。

 龍族のなかで最も優美な龍形種としての姿を空に浮かべるの。

 だけど、エンさま。

 貴方は決してそれを見てはくれなかった。

 暁の空に浮かんだまま、かがちの里の奥深い山中にいる貴方を振り返っても、貴方はもういない。

 門扉は閉まり、窓には分厚いカーテンが閉じられているの。―――― 知っているわ。

 



 私、―――― 貴方が独りぼっちだって知っているのよ。




 そして、私は安心してるの。 ―――――― 独りぼっちな貴方に安心しているの。



 酷い子でしょう? エンさま。


 だけどわたし貴方が好きなの。―――本当なのよ?
















 「――――――――人が、落ちた、と?」

 エンさまのもとへ?


 聞いたのは、蛇の里の長の報せから。

 急いで駆け付けたわ、――――仕事もなにもかも放り出して。

 辿り着いた先では、二人の姿がそこにあった。

「よいっしょおおおお!」

「うう。腰痛い」

 普段インドア生活してたから、これはつらい。

 鍬を手にして畑を耕している落人おちうどの女と、近くに座り込んで草とりの仕事をしているエンさまの姿。

「………」

 何も言えなかった。

 もう、何も言えなかった。

「…ん? お客さん?」

 綺麗な女の子だあ。

 首に巻いたタオルで汗をぬぐいながら手を振ってきたヨウコは綺麗だった。

 一生懸命に土を耕して、土に根付いて生きようとしている姿は、生き物として綺麗だったの。

「……ファンリー、さま?」

 どうしたんです? 真っ青な顔して。

 きょとんとした顔で、陽光の下でこちらを見たエンさまの瞳はもう孤独ではなかったの。

 

「―――――――っ」


 その場で泣きだしそうになるのを我慢して、逃げ出したの。

 空へ、空へ、空へ。

 どこかに異世界への扉があるといい伝えられる空へ。


 どうして?

 どうしてなの、ずるい。

 ずるいずるいずるいずるい、エンさまはずるい、落人はずるい。――――神様はずるい。



「―――――――――っっっぅううああああああああ」



 空に舞ったわ。

 自慢の水色の鱗を翻して、自慢の新緑のたてがみを戦がせて、ゆるやかに大気を掻きまわして空に舞ったわ。


 ―――― 涙がこぼれても誰もが気付かないように。



  綺麗な、綺麗な、生き物になりたかったの。














 綺麗な、綺麗な、生き物になって。


 強く、強く、強くなって。




 ―――――――― 私たちはようやくこの空を愛せるのよ。











 蛇から生まれた突然変異。

 それが、わたしたち龍形種の存在の意味。


 なりたかったわけじゃないわ。

 私たちだって、土とともに生きたかった。

 太陽に焦がれながら、土の中で、樹の上で、仲間たちと一緒に暮らしたかった。


 蛇でいながら、蛇でないと。

 誰よりも自分自身が理解してしまう苦しみを。

 卵のうちから気を帯びて、竜卵となって、――共に生まれるはずだった兄弟姉妹を失う苦しみを。


 同朋たまごを殺してしまう苦しみなんて知りたくなかった。



 脳裏をよぎるのは、父母の言葉。

 龍形種たちの言葉。






 ―――――― エンさまはもう孤独ではないのね。



 空を舞って、涙を散らして、そう理解してしまえる自分が少し哀しい。

 諦めと恐怖の滲んだ大蛇はもういない。

 私と同じ、――――独りぼっちだった【仲間おろち】はいない。







 エンさまを好きになったのは、あの人が独りだったからだ。

 生きることの意味を考えることを諦めていたからだ。


 危険種である【大蛇】は別にエンさまだけではない。

 必ずしも、同年代に一人しかいないというものでもないのだ。

 少なくとも、ファンリー自身がこれまでにも何度か出会ったことはある。

 彼等は、総じて独りだ。

 本態である蛇型をとることを許されず、決められた邸の外へと出ることを許されず、――――一人で死ぬことさえも許されない。

 可哀想な、壊れた種。

 彼等が自分を大蛇だと気づくのは遅い。

 多くは成長期を脱した頃に、彼等は【大蛇】だと認定される。

 繰り返す脱皮。それに伴う成長。

 それが確定されたときに、彼等は絶望する。

 全ての自由を奪われて、幽閉されるに等しいその運命に。


 だから、彼等は壊れてしまう。早々に。


 ファンリーがであったことのあった大蛇のなかには既に亡くなったものも多い。―――エンさまよりも若くとも。











 エンさまは不思議な人だった。

 全てのことに怯えていて、全てのことに恐怖していた。全てのことに諦めていた。

 なのに。

 あの人は生きていたの。――――― 死を望まなかったの。


 その強さが不思議だった。

 その強さが好きだった。


 綺麗になって、貴方と一緒に、―――― 生きたいと思ったのよ。



 ともに、と。






























「うっわあ、趣味悪いわねえ。ファンリーってば」

「……煩いですわね、ヨウコ」

 ようやく実ったとかいう桃の実を絞って作った桃のジュースを呑みながら、彼女と喋っていましたの。

「だって、エンの趣味ってあれよ? 徹夜で模型つくりとかいうめちゃくちゃインドアなあれよ? 」

 別に模型が趣味なのはいいけど、見せる相手もいないのに凝りまくってたあれよ? 非社交的なオタク一直線。

 目の前にはその模型をケースに入れてる途中のエンさまがいたのにもかかわらず、彼女はそう言い切ってみせた。エンさま自身は気付いているのかいないのか、作業に没頭していらっしゃいましたわ。

「………どうしましょう。いますごくヨウコの発言に眼から鱗がポロポロ落ちまくった気がしますわ」

 ふう。初恋フィルターって怖ろしいですわねえ。

 ため息が漏れてしまいました。

「あーははは。落とせ落とせ、存分に落としなさいな。大丈夫よ、ファンリーは美人だからすぐにもっといい男が見つかるよ」

 あたしと違ってね!

 笑顔のヨウコの顔を見つめて、納得しましたわ。

「そうですわね、そうしますわ」

 だって、わたしお嬢さまですもの!!

 宣言してやりましたの。

「それでこそ、ファンリー! 決め台詞がいいねえ。お嬢さま!」 

「……ところで、ヨウコ? その手に握ってるものはなんですの?」

 見たところ、涼を得るもののようですけども。

 涙目で笑っているヨウコがぱさぱさと手に持っている竹と紙で作った道具を宙に泳がせていましたの。―――それがまたいい風を送ってくれるという。

「んあ? ああ、これ扇子っていうの。―――夏はさすがに暑いからねえ、エンに頼んで作ってもらったのよ」

 なんなら、ファンリーにも作らせようか?

「…いいんですの?」

 竜族のなかでは最も暑さに弱い龍形種としては、それは素敵な道具に見えました。

「いいよー。だって、あたしら友達じゃない!」

 遠慮しないしない!

「……友達、でしたの? わたしたち」

 屈託のない笑顔で述べたヨウコを見つめながら、確認してしまいましたわ。 

「えええ? ファンリーは違ったの? ええええええええええ??」

 すごいショック―!

 がたがたとテーブルを鳴らして、驚いているヨウコの表情は本気でそう思っているようでした。

「ふ。――――いいですわ。しっかりと壊れにくくて美しい装飾の付いたその『扇子』とやらを私に提出出来るというのでしたら、友人と認めて差し上げますわよ」

 出来ますかしら?

 お嬢様にふさわしい態度でそう告げましたの。―――もちろん、私が嬉しいと思っていたことはこのちょっぴり鈍感な落人には気づかせませんでしたわよ?

「よっしゃ! のったああああああああ」

 ちょ、エン。何してんの、今からファンリーの扇子創るよ、ほらほらアイディア貸しなさい、アイディア!!

 私の発言に興奮したヨウコは、ホクホク顔で模型をどこに飾ろうかと悩んでいたエンさまの腕を引っぱり、ついでにその拍子にその模型を床へ落とさせて木っ端みじんにしましたけれども、全く気にすることなく工作部屋へとエンさまを引っぱっていきました。

「ぎゃああああああ。俺の模型5672号があああああああああ」

「やかましい、今はそんなものよりも友情のが大事だ。来なさい!!」

 ずるずると引っ張られていくエンさまと視線が合いました。


【……………(もう友達でしょ?)】

【……………(知りませんわ)】


 目線だけでそう言いあって。

 それから笑顔で見送りました。


「―――― お客様を放っておいていいと思ってらっしゃるのかしら、ヨウコってば」


 からんと氷が鳴ったグラスの中にはもうジュースは残ってませんでしたわ。

 お替わり、しようかしら?








 初恋は実らなかったけど。

 友人になら、なれた。


 ―――ともに。




 ともに、生きてください。―――けして離れることはなく。




 あなたたち二人の幸せを願うから。




 みんなで、綺麗に、強く生きましょう。―――きっと今ならそう信じられるから。
















        ◆◇


「ですから、私はまだ仕事中なんです」

「俺にも構え」

「―――却下です」

「却下を却下する」

「………却下の却下の却下です」

「却下の却下の却下の却下!!!」

「………」

「………」




「飽きませんねえ、あの二人は」

「うふふ。面白いじゃない?」

 リアディとカナの一進一退の痴話喧嘩を見ながらメイムと休息タイム。

「――― やっぱり、皆が一緒がいいわ」

「……そうですね」

 過去を思い出しながら呟いたら、意外なことにメイムに同意を寄せられた。

「………」

「………なにか?」

 ついメイムの顔を凝視しちゃったら、流石に質問されたので逆に質問したいことを質問した。


「……ねえ、うちのところのユインの告白って結局いまどうなってるの?」

「!!! ―――――何もなってませんよ」


 かちゃりとメイムが置いたグラスの中身がテーブルクロスに零れたわ。そこから漂ってきたのは桃の匂い。――――あのころと一緒。

 あの場所はもうなくなっても、あの二人の育てた子供たちが住む場所には桃の木が今日も実っている。




「ふふふ。――――恋せよ青年。恋せよ乙女。―――――命短し、時は逝くなり」






 にやにやと笑いながら、今日も空には龍が舞う。




 優美な姿を見せつけながら、―――― 大切な過去の時を思い出すために。






                      了 by 御紋





 時間軸不明。

 【説明不足のため補足】

 ・竜の卵は地上で最も固い卵殻をもつ。竜形種>羽ある蛇形種>龍形種の順番に固い。

 ・卵のサイズは約80センチほどの高さの楕円形。

 ・龍形種(突然変異体)は最初は蛇族と同じサイズから始まるが、徐々に水気を生じるようになると膨張して拡大していく。結果、同じ場所へ産卵されていた卵たちは竜卵によって押しつぶされて破壊される運命になることがほとんどである。


 以上、補足終了。



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