それは親愛 (レイヤ編)
蛇族における子育て事情です。
うん、こんなんでどうでしょうか? 皆様。
※ ことによっては、一部変更するおそれもあるとご了承くださいませ。(ぺこり)
「それは親愛 (レイヤ編)」
たとえばの話だ。
海に住んでる蛇族がいたとする。
その蛇は卵を孕み、子を産もうとする。
だが海中での体温の調節は難しい。―――本来は卵で生まれる子供の蛇たちが卵のままで生まれ落ちた場合、すぐにその低い水温に凍えて死んでしまうだろう。
だから、雌の海蛇は卵を産まない。
「では、海蛇の群れはどのように繁殖するのでしょうかねえ」
答えは簡単。
「卵では産まずに卵から生まれた姿――胎生で生むんっすよ」
知ってました? カナのアニキ!
「……すいません。レイヤがそれを知ってたということの方が衝撃でした」
真顔でアニキが言ってました。
「あんまりです! アニキ!」
俺だってこれでも邸で育てられた蛇族のエリートなんですよ! しっかり教育はされたんですからね!!
「………エリート、です…か」
疑わしげに俺を見たアニキの視線に俺は傷つきました! とってもとっても傷ついたんですからね!! アニキ!
◆◆
俺が生まれたのは、蛇族の最古にして最大の群れ。――「蛇の群れ」だった。
蛇の群れと竜の群れは、密接な位置関係になる。
蛇の群れの奥地にあるのが竜の群れ。――――――― 極地とまで称される場所だ。
俺はじつは竜の群れの生まれではない。
卵から孵った場所は、蛇の群れの縄張り内にあった林の土の中。
長じれば上位種となるだろうと見込まれて俺を拾ったのは、「蛇の群れ」の上位種にお仕えしていた一人の奉公人だった。
俺は「ちいさきもの」と呼ばれるものとして、彼等に庇護され養育を受けた。
まだ意思をうまく伝えることが出来ない幼生体でしかなかった俺にとって、その養育は苦痛だった。
【レイヤ。―――ゆっくりでいいから、ゆっくり言葉を真似てごらんなさい】
「ちいさきもの」を養育する者たちには、人形での会話を理解できるように学習をさせることも仕事の一つだった。
慣れない人形での言葉に苦戦する俺に対して、彼女たちは根気強く頑張ってくれたと思う。
けれど、その時の俺にとっては彼女たちは敵でしかなかった。
「レイヤ」
「れ・・しゃぅ・・ぃ・――――」
「レ・イ・ヤ」
「っrぃ・・ゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「…っ、レイヤ!」
【落ち付くのよ、レイヤ!】
【ぃやだああああああああああああああああ!!!!!】
子供の癇癪そのままに叫び、感情を露にした。
苦痛だけが全てに思えた。
「―― あの子の力は強すぎます」
「まだ幼い彼等にその力を制御する術を教えるのが我々の役目でしょう?」
「ですが。―――あの子の力は強すぎて、その苦痛と嫌悪を我々に直接伝えてきてしまう」
「……」
「強すぎる力があの子自身の身体を傷つけているうえに、あの子はすでに心を疲弊させてしまっています」
我々の力ではもはや制御しきれません。
「――」
眠りのはざまで大人たちが俺に対しての悲しみと悔しさと――少しばかりの恐怖を持っていることが、強すぎた俺の能力の片隅に引っかかった。
そして、俺はまたこの場所への警戒を無意識に引き上げた。
数日後。
俺はその屋敷を離れた。
【なるほど】
無表情なその人は、俺を見つめてただ頷いた。
「それでは、この子は我々がお預かりいたしましょう。――我がご主人さまにもそうお伝えいたします」
「――頼みます」
ご主人さまだった上位種は、そう告げて彼に頭を下げた。
抱えられた俺を見送る奉公人たちのなかに、俺を養育してくれていたメイド長はいなかった。
【制御を学びなさい】
転化前の俺は、小さな籠に入れられたままで蛇の群れから竜の群れへと運ばれた。
【君は毒を持つ蛇です。――恐怖に怯えて誰かれ構わずその牙を向けることは決してゆるされることではありません。力は制御する意思を持つものにしか与えられません】
制御されぬ力は、暴力でしかありませんから。
その人の性格を知った今となっては、あの時の彼の言葉はすごいレアだったんだと思う。
だって、こんな長文なかなか話さないんだぜ、メイムさんって。
でも、俺は少しだけ安堵していた。
俺よりも強い蛇がいる。―――それがわかって。
まどろみのなか、強い毒のある牙で噛んでしまったメイド長が無事だっただろうかとそれが心配だった。
◆◇
「薬は間にあったか」
「はい。幸い処置が早く、おそらく小さな痕が残るだけで済むだろうと言われました」
新しい群れに入った。
目の前にいる、これから俺の『ご主人さま』になる人は怖ろしい程強い存在に感じられた。
「この子は?」
「例の「ちいさきもの」です。能力値が高すぎて制御できずに問題をおこしました」
「なるほど。…確かにレベルは高いな。では、この傷はそのための怪我か」
その頃の俺の身体には、痣や内出血痕、切り傷などの小さな怪我が無数にあった。
強すぎる俺の共感能力が相手の痛みを再現した結果だったり、能力が暴走したときに暴れた際に自分でつくった怪我だったりした。
「ええ。相手の感情や痛みを感じ取り共感した結果のものだということです」
「ここで適応できそうなのか」
「試してみるしかないかと」
俺を連れてきたその人は、種族としての格からして違うその人にそう返事した。
【――頑張りなさい】
そう、告げられた。
俺はその日から、《竜族のリアディ》の庇護の下におかれることになった。
【俺はトール! 初めましてだな!】
最初に俺に声をかけてきた「ちいさきもの」は、笑顔でそう言った。
能力封じにと与えられた紋は俺を少しだけ楽にしたけれど、それでも相手がどんな思いを持って対してきているのかはよく分かった。
【――平和ボケか、おまえ】
つい、本音がもれた。
だって、相手は本気で俺に対して恐怖を持っていなかったからだ。
《ご主人さま》は全て隠すことなく俺のしてきたことを奉公人や庇護下の「ちいさきもの」たち全員に告げたのに。
【ははは、お前本気で口ワリいな!】
笑顔で心からそう言ってきたトールに対して頭突きを交わしたのが、俺らの付き合いの始まりだ。
【トール! レイヤ! ちょっとこっちへ来なさい!!】
【ぎゃあ、姉ちゃん!】
【げ、ウルティカ!】
最初こそは喧嘩友達ともいえる相手だったが、そのうち本音で付き合える友人になったトールと遊び、その姉であるウルティカにしつけられる日々は存外に気持ち良かった。
【あなたがレイヤ? トールと遊んでくれてありがとう】
穏やかに言ってきたウルティカを見て、姉弟なんだなと思ったのは当然だったと思う。
その当時、最終兵器という名の毒牙こそ使わなかったものの蹴り叩く引っぱる挫く落とすなどの行為は普通に交わしていた弟の喧嘩友達にそのような発言をするあたりがなんとも云えぬ姉弟ならではの同一性を示していると思った。
俺の共感能力の封じはいまだにつけられたままだった。
最初はそれを嫌だと感じていた俺だったが、それがあるからこそ俺は俺でいることの楽さを知ることが出来た。
相手の感じる感情と感覚が、自分の感覚と自我を押しつぶし、混在する恐怖。
それが和らいだことで、俺は俺である自我を育成することが出来るようになった。
【私も毒を持ってるのよ】
【…ウルティカ?】
三匹そろって、陽のあたる屋上で昼寝をしていた時のことだった。
天気はよく、日光は温かい。
体温の調節ができない蛇族の俺たちだから、冷えすぎたときは熱を求めて陽にあたるのは必要な生存のための手段であり大好きな時間の一つでもあった。
【私とトールは一緒に卵から孵化したわ。最初に生まれたのは私】
【……】
【他の兄弟は、――彼等は蛇だった。ものいわぬ種族の、蛇族】
小さなとぐろを巻いて、三匹並んで横になっていた。
仲間たちは少し離れた場所で、やはり昼寝中。
【孵る姿を見ながら、違うのかと思いながら見つめていたわ】
――一人なのか、と。
【……】
俺のなかで、ウルティカが追体健している感情が生まれていく。
影響されてしまう。
まだ体皮も乾ききらぬ兄弟を見つめながら、自分だけが異端だと繰り返し繰り返し諦めさせられる少女の感情に。
【だから、嬉しかった】
生まれてきたのは、小さな茶蛇。おそらくはどこにでもいそうな平凡な色の体色。
【弟がいてくれたことが嬉しかった】
涙を持たぬ蛇族の少女は、その歓びさえも追って共感させてくる。
【守らなければと思ったわ。守りながら守られて、生きていこうと思ったわ】
唯一の上位種になりうる弟は少女を「姉ちゃん」と呼び、少女は弟を抱きしめた。
お互いの体皮が乾き、移動を開始した彼等は「二人だけの姉弟」だった。
旅の途中だったご主人さまに保護されるまでの間、彼らだけが全てだった。
【この牙は最後の力。――使えば、私は駆逐される。あの子に怯えられてしまうのではないかと今でも怯えているのよ】
愚かでしょう?
ウルティカの問いを、俺は愚かだとは思えなかった。
陽のさす風穏やかな日、俺と少女は仲間になった。
この場所が俺の場所だと認識したのは、その日。
俺の力はもう暴走しなくなった。
◇◇
無事に俺たち三人が転化し、結局ご主人さまのもとで奉公をすることを選んだ数年後。
人に出会った。
神経がざわざわしていたその日。
人が、落ちてきた。
「――――っここは、どこだ? 」
何か見知らぬ道具を抱えた女性は、高い空から落下した衝撃を本能的にか木々を通ることで和らげ、とっさに下敷きとなろうとした俺たちの上へと落下して事なきを得た。
蛇の姿で集まっていた俺たちは、なぜか襲いかかってきた女性にやられながら、ああこの人も一人なのかとなんとなく感じたのだ。
「ですから、ここがこう動くということはこの位置にいると死角が少なくなるということですよ」
かきかきかきかき。
カナのアニキは頭がいいけど、俺の頭はそんなによくはない。
「ううう、難しいっす。アニキ」
砂板に今日も仕事のやり方についてのポイントを説明してくれるカナのアニキは丁寧に指導してくれる。今日もようやく届いた竜形種の『ふぃぎゅあ(可動式)』とやらを動かしながら、説明を繰り返してくれている。
「んー、でも俺たちもだいぶ仕事に慣れてきたことですし」
そこまでこだわらなくてもいいんじゃ?
フォローしてくれたトールには本気で有難いと思う。友情を俺は感じた!
「馬鹿いってんじゃありませんよ。その慣れてきたときにこそ、事故は起こりやすいんです。もしも本気でそう思ってるんだったら、しばらく地獄のサバイバル講習ひらきますよ」
本気です。
「「すいません!!」」
目が本気のアニキは怖かったです。
でも嫌いにはなれない。
彼女は彼女で、真剣に俺たちの事を想ってくれてるんだから。
「今日もアニキはかっこいいよな!」
「だな!」
後ろを振り向いたカナのアニキを見つめながら、トールと囁く。
「――早く、気付いてくださいね」
漏れた言葉は、親愛の言葉。
――群れを離れて、新しい群れへと落ちた、異世界の人への。
俺からのエール。
了
蛇族のレイヤくんから。
脳筋族でも、彼は彼の目線からいろんなことに気づいていますよということですね。
今までで一番多い文字数の番外編になりました。不思議w
時期は、2から3の間。
スクロール、お疲れさまでした!
元々、レイヤは別の育て方されてるっぽいよねえという感触を持っている子でした。なので、いろいろと頭の中をぐるぐるしていたのですが。
蛇世界の筆者さまといろいろとお話するうちに、ああなるほどねと思えてしまったのでこのように書いてみた次第です。
レイヤくん、お疲れさま―。
(こっちの番外編集で一番多い文字数達成。おめ!>▽<ノ)