それは敬愛 (トール編)
第二弾。
蛇族からトールくん編。
時期は竜とり2と3の間くらいです。
力ある獣の名をなんと呼んだか。
その答えは、上位種。
俺には姉がいる。
たぶんそれは珍しいことだ。
蛇族のトール。――それが俺の名前だ。姉の名前はウルティカ。
俺たちはまだ転化する前だった幼体の頃に、この屋敷に来た。
親の名を俺はもう忘れた。たぶん、それは俺だけじゃない。この屋敷で育った仲間たちは、きっとみな忘れている。
いや、忘れているというのは正しくはないか、――知らないのだ。
蛇族には本来親子の情というものはない。
何故なら、蛇族の親の多くは土の中に卵を産むと放置して去って行ってしまうからだ。
それはもう種としての基本の在り方で、ごく一部分の親たちが鳥族や豹族のように抱卵や子育てを行うのがまれであるというくらいだ。
「まあ、蛇は本来単独で生きるものだからね。というか、適応能力が高すぎるというのもあるんじゃないかな」
ただの私見だけど。
そう言ったのは、俺の仕事仲間というよりも上司であるカナさんだ。
「じゃあ、俺たちが群れとして小さいのはそのせいですかね?」
いろいろと示唆の富んだ会話を提供してくれる彼女をトールは嫌いじゃない。むしろ好きだ。
けれどそれはいわゆる交合の相手とかそういう意味としてではなく、話相手としてだ。
彼女を相手にするには自分では間に合わないことはよく判っていた。
「蛇族は群れという意味では分散してしまっているでしょう? 体温調節ができないといいながら、寒暖陸海と多様な適応性だ。――おそらく蛇族におけるはぐれはこの世界においては有数の多さなんじゃないのかな」
まだ教えられてはいないだろうことを、カナのアニキは自分で洞察したらしい。
そう、自分の種族の群れを離れた「はぐれ」は本来そんなには多くはない。
一部の例外を除くなら、多くのはぐれはその群れを追放されたものたちが多い。
けれど、蛇族に限っていうのならばそうではない。
あえて新しい環境を求めるように移動する蛇族が、「冒険者の種族」と揶揄されるのはそのせいもある。
別名は「食欲の進化」「帰巣本能の退化」とも言われているのだが。
蛇の群れはいくつにも拡散している。おかげで「西蛇の群れ」とか「海蛇の群れ」とかいろいろと名前をつけなきゃやってられないくらいだ。
はぐれとなった個体が無事に環境に適応したのち群れを形成した結果がこのような状況になったのだ。
実際に、ともにこの屋敷で育った仲間たちの中には成人したあと旅に出た者もいる。
元々そのつもりだったらしく、ご主人様の仕事を手伝い幾許かの経験と小銭を得たあとそいつは旅立った。
手紙の一つもよこせというのだ。馬鹿ものが。
「そうね、手紙がくるといいわね」
……あ。
「……」
「さて、それじゃあ私は仕事日誌まとめてくるわね。あとはお願い」
「――はい、カナのアニキ」
手を振って、別室へと移動する彼の人を見送った。
(……失敗した)
苦い思いが、心のなかに澱む。
落人である佳永には、手紙を出す相手も返す相手もいないのだ。
少なくとも、今は。
(リアディさまは、いつまで……)
友人を想う。
兄弟を想う。
―――家族を、想う。
偲ぶ縁を欲する想いに、獣人も人もないのだということを。
彼の竜はいつ認めるのだろうか。
トールは彼女を「カナのアニキ」と呼ぶ。
それは、彼女がカッコいいからだ。
トールは彼女を「カナのアニキ」と呼ぶ。
それは、彼女が独りだからだ。
トールは彼女を「カナのアニキ」と呼ぶ。
それは、―― 彼女を愛する独りの竜を知るからだ。
「ご主人さま。 ――― 俺はいつまでも嘘をつくのは辛いんですよ」
トールは小さく呟いた。
聞くべき相手の居ない場所で。
独りの竜と、独りの落人。
―――どちらの在り方をも強く尊敬するが故に、トールは今日も願うだろう。
「どうか早く、その眼を見つめて」
それはトールが捧げる、祈りの言葉。
了
――敬愛という題名にふさわしいのかちょっと悩みますな。
「眼をみつめる」には、いろいろと感じるものがありまして敬愛の言葉とさせていただきました。
そのへんは活動報告という名のチラシの裏にて書こうかなと思います。
うん、まあ。
佳永に対しての独占欲が激しいご主人さまに遠慮して「カナのアニキ」呼びしてる空気が読めるトールくんなんだよというお話でした。(…身も蓋もないな、そういうと)
スクロールお疲れ様でした!