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 それは宣言  (ご主人さま編)

 

 

 「 それは宣言 」




 “晴れときどき落人おちうど


 そんな言葉が聞かれるようになったのは、最近だ。


 この世界には獣がいる。

 幼少期を獣の姿で過ごし、あるとき彼等は気付くのだ。――もう一つの己の形に。

 それが人形ひとがた。他の地域では人型とも書くらしいのだが。

 その形になると意外に便利なことに気づいたのはいつの時代なのだろう。とりあえず、それなりに古いはずだ。

 なにしろ、獣としての社会が人形の社会形成に影響されているのが現実なのだから。

 どちらにしても獣の世界のなかで転化することのできるものは少なく、力ある種族のものは更に少なく、主たる権力を持つものたちは更に少ない。

 故に、我々上位種たるものたちは義務を背負う。そうでなくては社会は成り立たない。

 カナにそれを云ったところ、「ノブレス・オブレ―ジュは異世界でも通用するかそうか…」と頷いていたが。

 我々が保護する“ちいさきもの”と呼ばれる幼獣たちは長じれば転化することが出来るものたちばかりだ。

 希少な存在であればこそ、我々は保護をするのだ。もちろん、ものいわぬ種族たるものたちだとて形は違うが保護はしている。

 ただし、彼等は彼等の社会が成り立っているのであまり関与はしないようにしているのだが。

 そして、冒頭の言葉に話は戻る。

 “晴れときどき落人”―― 最近なぜか各国で増えているという「落人」出現現象をもじった言葉らしい。

 我々にとっての異世界から落ちてくるために名付けられた「落人」。―― 人だ。

 獣の世界であるこの世界では、彼等は保護されなくてはいけない。

 何故なら、彼等には爪もなく牙もなく鱗もなく毛皮もない。―― 柔らかな肌とにこやかな笑顔と、知らざる知恵を修めた頭脳を持っているのだから。

「…カナ、何してんだ?」

「ああ、ご主人(リアディ)さま。―― 暇なので、今度のお仕事用に蜜蝋を加工しています」

 現在保護している落人のカナはそう答えた。

 この前、大量に購入した蜜蜂の巣を大きな鍋で煮溶かしているところだった。

「…多くないか?」

「竜形になったときのお客様の大きさを考えてください。どれだけ作っても困りはしませんよ」

 溶解していく蜜蜂の巣を、カナは竹でつくった杓子で突いた。

「……任せた」

 その鍋の横でぐったりとしているトールとレイヤがいた。

 極端な温度変化は苦手な蛇族だからな、ましてやこれだけ大きな鍋での作業だ。湧き上がるまでの時間といい大変だったことだろう。

「おや? 御用は何だったんですか?」

 一人何でもないような顔で鍋の縁に立っている彼女は、何の緊張もみせずにこちらに聞いてきた。

「ああ、ちょっと商人たちの集会に行ってくる。―― 何かあれば新しい話が聞けるかと思ってな」

 同業者同士の対話は重要だ。

「取寄せてほしいものはあるか?」

「ん~。今は定期で納めてくださってる分で足りてますね。――むしろ、人手が足りません。新しい人材をお願いします」

 カナは本気の視線でそう言った。

「それは俺もそう思うが。―― これは量より質の話だろう? 下手に事故を起こされても困るんだし」

 正直な話、試験的なサービスとして始めた仕事だ。

 カナが来る前に今いるトールを主に試したことがあったが。

 ………。――― 彼らが蛇でよかった。

 そう思う過去があっただけに、下手な人材を投入する気にはなれんのだ。

 商人としてはいい考えじゃないなと思いつつ、それでもいいかと思えるだけの価値ある仕事だという確信がある。

 …それも悪くはない。

「実践要員ではなくとも、裏方作業の手伝い要員でもいいんですよ。ワックス作りやブラシづくり、あとタオル洗濯とか業務はあるんですから」

 いいかげん、メイドさんたちにも申し訳ないじゃないですか。

 まだ指の数ほどの回数しかこなしていないために、その手の作業はカナたちと邸のメイドたちにまかせていたことを思い出した。

 確かに、この量じゃ日常業務に影響するな。

 ……今度、臨時報酬でも考えておくか。

 メイドたちが文句を言ってこないので、気にしていなかったのだ。

「いいですか、ご主人様。―― 女性を敵にまわしちゃいけません。とくに身近にいる女性は」

 こちらの表情でも読んだのか、カナが言ってきた。

「衣食住の全ての管理を行ってくれてるんです。―― あなたが安全に安楽に身ぎれいに日々を過ごせるのは、彼女たちがあなたに敬意を抱いていてくれるからですよ」

 それは幸せなことです。

 ぐるぐると鍋のなかで蜜蝋が溶けだしている。――ぐるぐるぐるぐる。

「――肝にめいじておくよ」

 有難い言葉に頷いて、竜族のリアディは部屋を出た。

 ぱたりと閉じた扉の向こうで、カナが叫んでいる。

『ああ、もう! トール、レイヤ! そこの水を飲んで、一度部屋から出なさい。30分休んだら、戻ってくるんですよ』

『はーい、アニキィィ…』

『み、みず…… 』

 ぐったりとした声で、トールとレイヤの返事が聞こえて来た。

「元気でなにより」

 笑いながら、歩を進める。 

 ぐるぐるぐるぐる。

 世界は廻る。

 世界の外から人は落ちてきてこの世界に歓びをもたらすのだろう。幸せなことだ。

 けれども。



「―― 佳永は、誰にも渡さない」



 空の上にあるのだろう、異世界の穴に向かって呟く。

 今日も天気は晴れ。

 この広い世界のどこかで人は落ちてきているのだろうか。


 ―― リアディにはもう人を拾う気も保護する気もないけれど。


『御主人さまは幸せです』

 

 竜に対してですら怯えることなく言葉を発する彼女(佳永)以外に、リアディの歓びを与えてくれる人などいるはずはないのだから。






                             了



 …甘い、気がする。

 よし、番外ならラブが出そうだ。滲み出す程度だけどな!(泣)


 













 

 時期は「竜とり」1と2の間。

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