親切な青年
都合の悪いことは、聞こえないふりをする男がいた。
人の批判ばかりし、働きもしない。
自分は悪くない。あいつのせいで損をしている。
それが口癖だった。
忠告されれば話を変え、叱られれば怒鳴り、
都合が悪くなると席を立った。
男はそれを、世渡りの知恵だと思っていた。
ある日、人の良さそうな青年が彼の前に現れた。
穏やかで、頼めば何でも手伝ってくれる。
話も黙って聞いてくれる。
男は久しぶりに気分がよかった。
やがて青年を便利に使うようになった。
荷物を持たせ、金を借り、愚痴を聞かせた。
青年はいつも「はい」と微笑んでいた。
ある日、男は酒を飲みながら説教を始めた。
「おまえは最初こそ優しくて、いい奴だと思ったがな。
ただ、はいはい言ってるだけじゃないか。
もっと人の話はちゃんと聞いた方がいいぞ」
言い終えると、男は満足げに笑った。
青年は静かに口を開いた。
「おじさん。大変お世話になったので、正直に申し上げます」
男が口を挟もうとすると、青年は穏やかな声で言った。
「今は、私が話しています。
続きはあとで聞きますので、少しお待ちください」
不思議なほど柔らかな声だった。
だが男は、なぜか何も言えなかった。
「あなたには思いやりが感じられません」
「あなたは、自分に都合のよい相手としか話さない。
都合が悪くなると逃げ、批判する」
「そんな人と、あなた自身は一緒にいたいと思いますか」
男は立ち上がろうとした。
逃げ出したかった。
だが体が動かない。
青年はにこやかに続けた。
「ご安心ください。
私は、聞こえないふりをする人のために作られた最新式の補聴装置です」
男の耳に、いつの間にか小さな機械がつけられていた。
「これより、今まであなたが聞こえないふりをしてきた言葉を、順番に再生します」
部屋いっぱいに声が響いた。
働け。
人のせいにするな。
ちゃんと話を聞け。
誰もおまえといたくない。
男は両耳を塞いだ。
だが、どうやってもその声を消す事は出来なかった。




