あ、勇者
「やめとけ、お前らに敵う相手じゃねえ、口でも暴力でもな」
と声がした。
(この声!)
恵美留がドアの方へ視線をやると、一回り大きな男が立っていた。
厚い胸板、盛り上がった筋肉が洋服で隠しきれていない。
腕も足も太く、何よりその存在感。
「カイ?」
「よう! 半日ぶりか?」
勇者カイ。素晴らしく強く、勇者属性で不死身だった男。
パーティのリーダーだが、柄が悪く、すぐに暴力に訴える男だった。
黒髪に意志の強そうな黒い瞳、逞しい体躯。
それでもツンツンしながらでも仲間には優しく、困っている村人を放っておけない男気も持っていた。勇者がカイだったからこそ、あの辛い日々もやり遂げた様な気もする。
「お前ら、ちょっと席を外せ、俺がこのお姉ちゃんを説得してソープに売ってやるから」
と言い、恵美留の前に座った。手下達は頭を下げて部屋を出ていった。
カイが煙草を取り出し、火をつけながら恵美留に視線をやったが、
「ま、待て! ここで魔法をぶっ放すのはやめろ!」
恵美留の手の平に集まる魔力の塊を見て慌てた。
「ヤクザって本当だったんだ」
「まーな、そっちも人妻だとはなぁ」
「ふーん。まあ、なんでもいいけど、夫の借金をあたしにかぶせるのやめてくれる。いくらの借金か知らないけど、夫と義母と義姉から取り立ててよ」
「綺麗な人妻じゃないと金にならねえんだよな」
「熟女とかあるじゃん?」
「あるっちゃあるが、年とってたらいいってもんじゃねえ。可愛げのある熟女じゃねえとな」
「なるほど。義母も義姉も可愛げはないわね。口開けば腹が立つことしか言わないし。ところで、何の借金なの?」
カイはぷーと煙草の煙を吐いて、
「ギャンブルだ」
と言った。
「ギャンブルか、それで借金はいくら?」
「八百万」
「うっわ、馬鹿なのかしら」
「多分な、利息はどんどん増えていき、いくら返しても終わらない」
「それで嫁を売る、って?」
「ああ、美人で気立てのいい嫁だってさ」
「その話が来たのはいつよ?」
「一ヶ月くらい前かな。返済が滞ってて、土下座でして頼んできたぞ」
「良かったぁ、ヤクザが来るのが召喚された後で」
「召喚される前だったら、どうなんだ? 泣く泣くソープに売られたか?」
「逃げたと思うけどねぇ、そう簡単に逃げられたかしら。私、身よりがないのよね」
「あー、確かそんな事言ってたな」
「それにしてもヤクザって本当だったんだ。確かに柄の悪い勇者だったわ」
「ばっか、おめえ、魔物相手に気取ってられるか。俺だったからこそ討伐に成功したんだろうが」
恵美留はふふふと笑った。
「はっきり言っておくけど、借金なんか知らないから私は払わないわ。どうしても私を捕まえて暴力で言う事をきかすって言うなら、戦います。例え、あなたが不死身の勇者でも。それであなたに殺されたとしても構わないわ。魔王討伐に行かなければならないって時に覚悟はしたし、何度も勇者に助けられた。あなたには恩があるけど、借金返済で風俗はごめんだわ」
「まあ、待てよ。オートマイト最強の魔術師と戦争したところで手下は生身の人間だぞ? チャカや刃物があって、数百人用意しても敵うわけねーだろ。お前一人で何万匹の魔物を倒したと思ってんだ。けどこっちは現代だぞ? 魔物でも魔族でもない普通の人間相手に戦争出来るのか?」
「自分が風俗に沈められそうになっての戦争よ? 戦うわよ」
「まあ、エミルは回復出来るしな~、ワンチャン頑張ったら死んだ人間も生き返らせそうだったもんな」
恵美留は懐かしそうな顔で笑った。
「待てよ、幻惑の魔法も使えたんじゃねえのか? それ使えば風俗の客なんぞ」
「怒るわよ!」
「冗談だよ。魔王討伐した最強魔術師をソープで働かせるわけねえだろ。そこまで落ちちゃいねえよ」
「腐っても勇者ってわけ?」
カイは肩をすくめた。
「旦那が家や車を売れば、それくらい作れるだろ?」
「まあ、普通はそうよ。その方向でお願いするわ。私は離婚するから」
「その方がいい。ギャンブルに落ちた人間はまた同じように借金を作る」
「そうでしょうね。ねえ、ヤクザ家業長いの?」
「まーな、けどある日突然、城の中。国王やら魔術師やら姫やらに取り囲まれてってやつ。ああ、勇者様!ってな」
「へえ、世界救う勇者がヤクザって。そういう反社会的な職業なのに、よく世界を救うって役目を承諾したわね」
「しょうがねえさ。世界を救わなきゃ、元の世界に戻れないってよ」
「え、戻れる前提だったの?」
「そうだ。けど……」
「けど?」
「いや、なんでもない。さてと話はまとまった。お前、これから気をつけろよ」
「何を?」
「俺達のステイタスはそのままだ。うかうか力を使ってやっかいな事に巻き込まれないようにな」
「分かったわ。あなたこそ、そんな商売で変に力を使ったらまずいんじゃないの」
カイははっはっはと笑って、
「俺は勇者になる前から力も喧嘩も強くて無敵だったつうの」
と言った。
「あなたが元気と知っただけでも良かったわ」
「おう。なんかあったら言ってこいよ」
「ふふっ、ありがとう。あ、そうだ、夫の所に取り立てに行くなら、これに署名するように言い聞かせてくれる?」
エミルはそう言ってアイテムボックスから離婚届けと大きなダイヤモンドを取り出した。
「これ鑑定したら、こっちでも売れるみたいよ。これでお願い出来る?」
カイは笑ってダイヤと離婚届けを受け取った。
「任せとけ、そういやお前のボックス容量、凄かったもんな。まだまだ持ってんのか?」
「何なの、貸さないわよ?」
「アホか、仲間にたかるほど落ちぶれちゃいねえっつの。これからどうすんだ?」
「そうねぇ、何しようかしら。魔王討伐なんてやっちゃって燃え尽きちゃったわよ。何にもしたくないわ」
「はっはっは、そうだな」
そこへ、勢いよくドアを開いて入ってきた女がいた。




