冬日に風鈴の響く
りん。
火の気のない部屋の窓辺で季節に合わない風鈴の音がする。
三人で暮らした部屋で聞いた懐かしい音。
女が困ったように男を見上げていた。縞の銘仙にどてらを着込み、洗い髪のままなのにひどく艶めいてみえる。
男はこみ上げてきた怒りのままに怒鳴りつけた。
「なぜ勝手に消えた!」
女は苦笑いして肩をすくめる。
「乳飲み子を残して、それでも女か! 母親か!」
「あら、残ってよろしかったのですか」
「何を言ってい……」
「再婚なされたのでしょう」
女はうっそりと笑う。そして畳みかける。
「残していった離縁届もすぐにお出しになられて、次をお迎えになった」
「仕方なかったんだ」
男が叫ぶ。
「母親の必要な赤ん坊が居たんだぞ」
「あら、どうせ乳母とねえやに育てさせますのに?」
「母親と使用人は違うだろう」
「お義母様は母親はいらないと思っていらしたのでは? わたくしには一切手を出すなとおっしゃっておいででした。あら、そういえば、あなたも賛同してらっしゃいませんでした」
男は言葉に詰まる。
女は小さく笑った。
「分かっています。下賤な女に、跡取り息子の教育を任せるわけにはいきませんでしたのよね。だからきちんと育てられたお嬢様に取り換えた」
女はポンと手を叩く。
「ほら、わたくしはいないほうがよろしかったでしょう。ね。だから」
りん。
と風鈴が鳴って女の姿がすうっと消えた。
男は死んだ先妻が男に囲われていたという家にぼんやりと佇んでいた。
「もういいでしょう? そろそろ、出てってくださいよ。姐さんの部屋にあんたを入れたことが知れたら、旦那さんに折檻されちまう。亡くなっても岡惚れのまんまなんですから」
金を握らせた小女が、そろそろ限界だと急かしてくる。
「ちょっと待て」
我に返った男は風鈴に手を伸ばした。
「ダメですよ。勝手に持って行っちゃあ」
「これは家から持って行ったものだ」
生まれたばかりの息子と三人で過ごしたあの夏の日に風鈴売りから買った。
「えぇーっ、古いやつなら捨ててましたよ、この家に来てすぐ。そこのは、旦那さんと先の夏にお祭りに行って買ってきたやつです。さあ、出てった。出てった」
いや、しかしあれも似たような硝子風鈴だったはず。と思うのに、言い切られてしまうと不安になる。細かい意匠の区別など覚えてはいない。
あれは、現実だったのだろうか。それとも夢か。
女を愛していた日々は。女に愛されていた日々は。
終わり




