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第九〇話 領主兄弟

「仲直り、出来ましたか?」


 陸王(りくおう)と雷韋(らい)の近くまでゆっくりと歩いてきていた紫雲(しうん)が、二人に声をかけてきた。二人のじゃれ合う様子に、肩から力を抜いている。


「仲直り、か。そいつぁどうだかな」


 陸王が僅かに斜に構えたように言い遣る。それを聞いて、雷韋が文句に似た声を発した。


「チャラって言ったじゃん」

「そうだったか?」

「言った!」

「そうだったかも知れんが、もう忘れたな」

「チャラって言ったのに。ずっけーや」


 陸王の素知らぬふりが気に食わなかったか、雷韋は些か真面目に頬を膨らませる。

 陸王は雷韋の拗ね具合に軽く笑みを見せたが、少年の機嫌はすぐには直らない。


「はいはい、二人とも。仲がよくてよろしかったですね」


 紫雲が真面目に二人の間の空気を混ぜ返す。


「煩ぇ。別に仲がいいとか悪いとかの間柄じゃねぇよ」

「そんな事言っておいて、陸王さんは雷韋君が大好きでしょう?」

「サルを揶揄(からか)うのは好きだがな」


 人の悪い笑みを見せると、雷韋が文句を言った。


「サルじゃねぇよぉ!」

「自覚があるならしょうがねぇな」

「もう!」


 二度地団駄を踏んだが、それ以上は雷韋も引き摺らなかった。何やら陸王の様子が変わったような気がしたからだ。完全に砕けていた空気感が、少しピリッとしているように感じた。

 陸王は一度息をつくと、雷韋に問いかけてきた。


「雷韋、玄史(げんし)が死ににくい状態だってのは確かか?」

「あ。やっぱ気になる?」

「まぁな。あれだけのことをやらかしたんだ。どうなるかはそれなりに気になる」


 雷韋は腕を組んで唸った。


「ああいう人のこと、俺も色々見聞きしてきたけど、光竜(こうりゅう)は死なないように誘導する傾向にあるのは確かだよ。でも、自分で自分を殺しちゃう人も中にはいるからなぁ。あとは光竜が精霊に指示してどれだけ働きかけるか、どれだけ護ってやれるかどうかだと思う」

「光竜次第か」


 大真面目に考え込む二人に対し、紫雲は澄ました顔で一言告げた。


「あの人は死ねないと思いますよ」

「え? 死ねない? 死なないじゃなくて? それって、どういうことだよ」


 雷韋が、どこかあっけらかんとしている紫雲を怪訝そうに見て問うた。陸王も紫雲に傾注している。


「あの兄弟、対だそうですから」


 言った最後に、人の悪い笑みを見せる。


 紫雲の一言に、陸王も雷韋も一言もなかった。あまりの暴露に唖然としてしまって、すぐには反応すら返せなかったからだ。


「おま、いつそれを……!」


 陸王がやっとの事で声を絞り出す。


「そもそも、おかしいとは思わなかったんですか? あの兄弟、二人とも三〇半ばを越えていますよね? なのに大臣の方は婚姻すらしていないというじゃないですか。レイザスの方が言っているのを偶然聞きました。それが本当なら、通常なら対がいなくてどうにかなっている年齢に入ってます。対も番(つがい)もいないんですよ」

「そ、そうなのか? ……えぇ!?」


 雷韋が軽く混乱を始めた。

 それを落ち着かせようと、紫雲は片手をあげて見せる。


「ですから前に、樸人(ぼくと)村長に尋ねたんですよ。領主兄弟の家族構成を聞きました。そうしたら、領主は婚姻を結んでいるが、奥方は対じゃなく、領主兄弟が対なのだと返ってきました。ですから大臣は、対である領主を残して死ねませんよ。その辛さは貴方達の方がよく分かるんじゃないですか?」


 話を聞いて、陸王は眉間を押さえた。


「って事は、そうか、それでか」

「えぇ。対の宝物(娘)は護ってやりたいでしょう」

「なるほどな。それであの騒ぎが起こったってわけか」


 眉間を押さえて俯いていた陸王だが、顔を上げて言った。


「ですから大臣が身体が万全じゃないのにコリン村に現れたのも、対を護りたい一心だったんでしょう。駄目だと分かっていても、姫のことも諦めきれなかったんでしょうね」


 紫雲が言うと、陸王からはもう声は上がらなかった。ただ、合点がいったという顔はしていた。


 その横で、雷韋が複雑な顔をしている。半ばほっとし、半ば救いのない対の醜態を見せられたのだから、神妙な顔にもなろう。立場が違っていたら、雷韋だって陸王のために何をするか分からないのだ。それを思うと、内心でぞっとしていた。だが、一つだけ疑問がある。


「あのさぁ、領主と大臣が対だってんなら、領主の奧さんの対ってどうなってるんだ?」

「身分があまりにも違う場合、奥方付きの従者として婚家についてくるものです。多少、外聞は悪いですが、異性なら、愛人という形でついてくることもありますよ」

「それってなんか色々とまずいんじゃねぇの?」


 雷韋が眉を曇らせて問うてくる。それに対して紫雲は一度、頭(かぶり)を振った。


「その辺りの常識は、庶民と貴族とでは違います。もっと割り切ってますよ、貴族(彼等)は」

「へぇ、そんなもんなんか」


 いまいち理解出来ないという顔で、それでも頷く。頷いて、雷韋は言葉を続けた。


「でも、大臣が死なないってある程度の保証があるなら安心だな。俺達もこのまま行けるもんさ」

「そうだな」


 陸王が相槌を打つが、それだけでは終わらなかった。


「それにしても、酷かったな」

「え? 何が?」


 雷韋が陸王を見上げる。

 陸王は雷韋を横目で見ると、苦々しい表情になった。髪を掻き上げて、溜息までつく。


「人死にの多さだ」

「あー……」


 雷韋はそれ以上の言葉が出ないようだった。陸王を見上げていた視線を足下に落としてしまう。


「俺達が仕事を請け負ったあとも人死にはでたからな。それ以前も随分と死んでいるだろう」

「請け負う前の人達は勘定に入れずともよいのでは? 心は痛みますが」


 紫雲が言うが、陸王はもう一度頭(かぶり)を振る。


「俺が言いたいのはそう言うことじゃねぇ。吸血鬼一匹のために死にすぎだって事だ。上位魔族が相手だと、ここまで被害がでかくなるんだな、と思っただけだ。操られていたとは言え、玄芭(げんば)の人食いも食い止めることが出来なかったしな。まぁ、そいつは玄史しか知らんことだったからな、俺達には関係ねぇと言えば関係ねぇ」


 陸王の言葉に、雷韋も紫雲も応えなかった。それはその通りだからだ。玄史は吸血鬼のことは感知していたが、操られていることは玄史にも防ぎようがなかったのだ。


 三人の間に重い沈黙が流れるが、ふと雷韋が口を開いた。しかも、存外明るく。


「でもさ、これからは大丈夫だよな。吸血鬼は完全に殺したし、領主だって今は大人しくしてるんだろ? 操られてもいないんだから」

「まぁな」


 陸王が返す。


「じゃ、もう考えるのやめよ。俺達は出来るだけのことはしたんだから」


 陸王が雷韋の言葉にふっと笑った。


「あんな陰惨な出来事のあとなのに、お前は存外明るいな。それに、領地に拘っていただろう」


 言われて、雷韋はじっと陸王を見た。陸王を見る瞳は僅かに翳っている。


「だって、本当に俺達は出来る限りの事したんだろ? 後悔も沢山あるけど、いつまでも後ろ向いてらんないよ。村のために出来ること、もうないんだから。そう言ったのは、あんた達じゃんか」

「まぁな」


 陸王は雷韋を見ずに相槌を打った。

 再び歩き出した二人のあとを追う紫雲が小さく笑う。


「えぇ、確かに言いました。これ以上は何も出来ないと」


 それに対して陸王は、「軽く言いやがる」と憎まれ口をぼそりと叩いた。


 雷韋は紫雲を肩越しに振り返って、じっと見つめる。

 そんな雷韋に、紫雲は小さく笑ってやった。すると、雷韋も少し元気が出たような顔で笑む。それからすぐに前を見て、雷韋は言うのだ。


「俺、この領地嫌いじゃなかった。愛着みたいなのあるかも。そんなに長くいたわけじゃないけど」


 それは陸王も紫雲も同様のようだった。言葉に出して言わなかったが、雰囲気がなんとなく柔らかく変わったのを雷韋は感じていた。

 雷韋は頭の後ろで手を組んで、


「これからは領地の人達にいいことが沢山起こるといいな」


 そう言って、空を見上げる。


 見上げた空からは強い太陽光が差して空気が熱くなっていたが、雷韋にとっては心地のよい暑さだった。が、遠目に入道雲が現れている。それを見つけた雷韋が、顔を曇らせた。


「雲が出てきたな。早く前の街に行かないと。急ごうぜ。ここんとこ暫く、雨降ってないもん」


 言って、後ろ向きになると、陸王と紫雲の腕を引っ張った。


「こらガキ、引っ張るな。引っ張られんでも急ぐことは出来る」

「雷韋君、後ろ向きで歩くと危ないですよ」


 二人に言われたが、それでも雷韋は二人を急かした。

 少しの間、陸王と紫雲は引っ張られるままに歩いていたが、ある拍子に雷韋が蹴躓(けつまず)いて後ろに転んだ。

 思わず陸王と紫雲が雷韋の腕を取って尻餅をつく寸前に助けたが、持ち直した雷韋は陸王に頭を引っ叩かれる始末だった。


「バカザルが。転ぶと言われていただろう。歩くなら歩くで、もっと気を付けろ」

「いったいなぁ。しょうないじゃんよ、後ろ向いてたんだから」

「歩くならちゃんと歩け。俺達を引っ張らなくてもいい」


 雷韋は、ちぇっと舌を鳴らしたが、すぐに前方に振り向くと一人ですたすた歩いて行ってしまった。


「おい、ガキ」


 陸王に声をかけられても、雷韋は振り向こうとはしなかった。


「なんなんだ、あいつは」


 陸王が独り言(ご)ちると、紫雲が意外なことを言ってきた。


「雷韋君、もしかして寂しいんでしょうか」

「あ? 寂しいって何がだ」

「この領地から出るのがですよ。感情に引っ張られないように、逆にさっさとでていこうとしてるんじゃありませんか?」

「まさかよ」


 紫雲は小さく笑って、


「ないとは言えませんよ。あの子にとっても、色々あった土地ですから」


 我々にもでしょう? と最後に付け加える。


 それに対して面白くないとでも言うかのように、陸王は鼻を鳴らすと雷韋を追うのに歩く速度を上げた。

 紫雲はそんな陸王に肩を竦める。


 空にある入道雲はまだ小さいし、ここからは遠くにあるようだった。ただ入道雲は一気に成長するため、この辺りが雨晒しになる可能性もあるが、距離を考えると雨とは無縁になる可能性の両方があった。

 空はまだ晴天だ。太陽を隠す雲もなく、熱された風が三人の間を吹き抜けていく。夏草の匂いを乗せて。


 その中を陸王達三人は進んでいった。


 村のあった方向など振り返りもせずに。


 ただひたすらに、街道を行くだけだった。




                                 了

【後書き】

 これにて『獣吠譚(じゅうこうたん) 覇界世紀(はかいせいき) 巻の四~死の葬列~』完結となります。拙い物語でしたが、これまでお付き合いいただき有り難うございました。


 今回の『死の葬列』は如何だったでしょう? 少しでも楽しんでいただければ幸いですが、とてもダークな部分もあったりしたので、読者様が胸くそにならずにいてくださったかちょっと心配です。まぁ、そうはいっても、ダークファンタジーですしね。ヤバい描写は普通にあります。次作の方がもっとヤバいこと考えていますので、ミッドナイトノベルズにて連載になります。


 え~、次作公開予定は半年後くらいに考えています。まだ作品の後半の後半部分が書けていません。書かなきゃと思うのに、DVD見たり、ネトフリ行ったり、ゲームしてたり……。ゲームの時間が一番長いかな? ここ五、六年ほどPS2で遊び始めてしまったので、執筆時間ががりがり削られていきます。いや、だって面白いんですもん、PS2の作品。すっかり駿河屋の常連になっております。特にここ数年は、『幻想水滸伝Ⅰ&ⅡHDリマスター』版がでて、暫く幻水シリーズで遊んでいました。今は別のゲームやってますが。PCゲーもちまちま遊んでます。って、ゲームの話したら語り終わらないからここでストップ!


 『死の葬列』の敵ですが、PCゲーをプレイしているときに吸血鬼が出てたわけなんですけども、「あれ? 今まで吸血鬼って出してないなぁ」と何気なく思って登場させたわけですが、想像以上にしぶとかったですね~。殺そうとしても、なかなか死なない。そして今までほぼ魔族ばかりが相手だったので、もうこれ以上、魔族書きたくないと思いましたとさ(他人事)。次回作の敵はなんでしょう? まぁ、次は旅や冒険がメインになるので、敵と戦うといったことはとても少ないです。ずっと苦手な戦闘戦闘ばっかりだったので、旅自体をメインに持ってきました。とは言っても、それほど旅も細かく書いてなかったような気がします(自分の作品なのにうろ覚え。だから同じことを何度も書いたりするんだ! 奈良に行ったときに時間潰しで読み返してたら、発覚)。まぁ、次作はこれまでとは違うという感じですね。ゲームばっかりやってないで、執筆も頑張ります。でも時々ゲームで遊ばせてください。息抜きとインプットを兼ねているので。読んでない小説も積み上がってるなぁ。これも消化しなければ。なるべく早く書き上げて、推敲も頑張らねばならぬ。いつも、書くより推敲に力を入れているので。書いている間は、穴だらけの物語なんです。その穴はあとから埋めていけばいいというスタンスで、毎度執筆しています。今回もまだまだ穴だらけなので、推敲を頑張らないと。その前に完結させなければ。一から十まで書き終えてからが勝負です。連載しながらはとてもじゃないけど書けないので、一本丸々書き上げてからUPしています。なので、半年は執筆と推敲に時間がかかると思うので、このシリーズを忘れていなければ、気長に次作をお待ちください。


 と、その前に掌編の『小咄編』が一本、正確には外伝となっておりますが。それが一本、まるっとあります。六~七話くらいに分断しようと思っていましたが、短編一本になります。掌編の場合は小分けにしますが、毎日更新ではなく一気に放出します。この次の短編は二万九千文字程度。いつもどおり掌編を書こうとしたら以外と長くなってしまったので、短編です。でも本編とは基本的に連動していません。こんな物語が本編と本編の間にきっとあったんだよ、程度のお話です。これはこれで完結していますから、その辺りはご安心ください。まだURLが分からないので、タイトルだけ発表!

 「外伝『罠と禍福の石』」です。なんとなく物騒ですね。そうなんです。ちょっとだけ物騒なお話なんです。大したことはありませんが、掌編よりも本編に近い位置付けになっています。なので、外伝としました。一応、1月30日に放出の予定です。


 と言うことで、今月いっぱいで今回の連載は終了となります。次回は7月か、8月辺りになる予定。予定は未定、未定は仮定、仮定はなし! などと言うことにならないよう、頑張ります! 旅物語がメインになる次作が少しでも気になられた方は、今暫くお待ちください。ゲームやりながらも鋭意執筆中ですので。本編を書くよりも重要な推敲も頑張ります~。


 それではここまでお付き合いくださり、有り難うございました!

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