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第八八話 用意された運命、切り開く運命

 階下の食堂に下りると、店主が驚いた声を上げる。三人が三人とも、旅装束に身を包んでいたからだ。

「これから出掛けるのかい?」

「あぁ、世話になったな」

 店主に陸王(りくおう)が答える。

「いや、世話になったのはこっちの方だろう。さっき村長が来ていたって事は、仕事の報酬を受け取ったてことかい?」

「まぁな」

「そうか。なんだか長く一緒にいたような気がするけど、あんた達が来て、それほど経ってないんだよな。昨日の夜は村長から色々聞かされて考えることが多かったけど、あたし達も新たにやっていかなきゃな。あんた達も、旅先で元気でな」

 陸王は笑みで返事を返して、軽く手を上げてから食堂を出て行った。

「おっさんの飯、美味しかったよ。じゃあな」

 雷韋(らい)が言い、

「お世話になりました」

 紫雲(しうん)が続けて、二人とも食堂をあとにした。

 村を出るに当たって、なるべく人目を避けつつ村から出た。村の者にとって、陸王達三人は恩人だ。出て行くとなったら、色々と声をかけられていちいち面倒だと陸王は判じたのだ。出来ることなら、誰にも出会(でくわ)さずに静かに村をあとにしたかった。

 ただ、陸王の中に引っかかる人物があった。両親と姉が犠牲になった、二人兄弟のことだ。名前は聞かなかったから知らないが、彼らのこれからが幸せになればいいと思う。目の前で、屍食鬼(グール)になった両親が殺されたと言っていた。子供にとっては惨いことだと思う。彼らに幸あれかし。陸王の中で自然とそんな言葉が浮かんだ。

 村を抜けようと慎重に道を選んだ甲斐あってか、幸い誰に出会すこともなく村道から街道へと抜けることが出来た。それを以てして、やっと終わったという気持ちが陸王の中に芽生える。

 今回の件、村人も皆それぞれ思うところはあろうが、なんと言っても犠牲者が大勢出た。死んでしまった者、障害を負わされた者、家族、親族、友人、第一に対に犠牲者が出た者、様々だ。

 だが、全ては終わった。吸血鬼は滅んで、二度と脅威を振り撒くことはない。

 領民に出来ることは、玄芭(げんば)の跡を継ぐ誰かが現れるのを待つことだ。それは玄芭の庶子になるかも知れないし、また、ほかの方法で誰か適任者を連れてくるかも知れない。そこは、今はまだ表舞台に立つ玄史(げんし)の仕事だ。それが終われば、玄史は表舞台から去り、人々の恨みを買って日陰者になるだけだ。何より、玄史自身がそれを望んでいる。それはどうしようもない事なのかも知れなかった。何しろ玄史の判断で、領民に多くの犠牲者が出たのだから。だからこそ、村長達に諸悪の根源は自分であるなどと話したのだ。今ではその話は、領民にも下ろされている。あからさまに自分を憎めと指示してさえいるのだ。玄史にとって、憎まれることが永遠の罪滅ぼしになるとでも言うかのように。だからと言って、領民は玄史を殺してはくれない。玄史の最終的な目的が領民による虐殺だとしたら、その日は永遠にやってこないだろう。

 最も被害が大きく出たレイザスでさえ、玄史の処遇を判断できないでいる。いや、村長が止めるだろう。自身も孫を失ったが、彼の中の憎しみは司祭の諫めの言葉によって、眠ってしまったからだ。憎しみに囚われても、何も産み出すことはない。村長がそれを理解しているからこそ、レイザスでは復讐の気運があっても、それは潰されてしまうに違いないのだ。

 レイザスが動かなければ、ほかの村は動きようもないだろう。あるいは自分達が動くために、レイザスを焚き付けてくることもあるかも知れない。その場合でも、レイザスが動くことはないだろう。村長は大局を見ることの出来る人物だ。穏やかな人ではあるが、愚物ではない。それから言っても、玄史の究極の目的は達されることはないだろう。一生を日陰者として生き、その先にある穏やかな死を受け入れるしかない。それもまた苦しい罰だ。玄史にとって死は解放だが、生は地上に縛り付ける茨の縄なのだから。それに絡め取られて贖罪するのもいいだろう。死だけが罰ではない。それに、彼には玄芭がいる。吸血鬼に操られるままに、人の肉を喰らった実兄が。操られている間だけでも、人肉を旨いと感じてしまい、己に対して嫌悪と罪悪感を感じている。そんな兄を傍で支えることが出来るのも、散々罪に(まみ)れた玄史だけかも知れない。

 こうして見ると、玄史は様々なものに雁字搦めになって、簡単には死ぬことが出来ないようだ。玄芭のことがあるため、自死さえ難しいだろう。

 それを陸王がぽつりと口にすると、隣を歩いていた雷韋が当然だとばかりに頷いた。

「人はそんなに簡単に死ねないよ。死にたいって思ってる奴に限って死ねないんだ。そういう風になってる」

 雷韋の言葉が全てを見透かしているようで、陸王は訝しんで眉を寄せた。紫雲も不思議そうな顔をしている。

 そんな二人の様子に、雷韋は大仰に肩を竦めて見せた。

「大臣みたいに死ぬことを望んでる奴ってのは、いろんな手枷足枷がついて回るんだ。ぶっちゃけて言うと、生きてるのが辛いのに死ぬことが許されなくて、じわじわ真綿で首でも絞められるみたいにして延々罪を償わされるんだ。そう言うこと」

 雷韋は「当然だろ?」とでも言う風に簡単に言ってのけた。その雷韋の言い方からしてみても、誰かの意思でも働いているかのような言い(よう)になっていた。

 聞いている陸王は軽い苛立ちに襲われて、こめかみが痛いようなむず痒さを覚えた。それを解消するために、こめかみを指先で揉む。

 そもそもが、雷韋の言い方が気になった。だから陸王はそれに問う。「誰かの意思でも働いている風だな」と。

 そんな陸王を見て、雷韋の方こそ呆れと軽い怒りを覚えた。雷韋からしてみれば、きちんと話しているのに何故か話が通じてないからだ。

「誰かの意思って……。そりゃ働いてるに決まってんだろ。光竜(こうりゅう)が精霊に流れを任せてんだから」

「は? なんだと?」

 陸王は険しい顔をしたが、呆気にとられて頓狂な声を上げた。

「だからぁ、光竜の意思が働いてんだよ。そんな事も知んねぇの? 誰だって光竜が用意したいろんなものの中から、一つ二つ選び取って行動してんの。こんなの世の理だし、精霊使い(エレメンタラー)には常識だよ」

 雷韋は大仰に両腕を広げて見せた。その際、肩も一緒に竦める。

『世の理』『精霊使いの常識』と雷韋は言ったが、その言葉に含まれる事象は、陸王は勿論、紫雲だって初めて聞く事柄だった。

「何を言ってるんだ、お前は」

 陸王は理解が追いつかず、怪訝な顔になってしまった。最早、驚きだとか疑問だとかは浮かんでこない。何を巫山戯(ふざけ)たことをと思うだけだ。

 その陸王の様子をまずく思ったのは紫雲だった。なるべく陸王を刺激しないように、雷韋に質問を投げかけてみる。

「雷韋君、その光竜とか精霊だとかの意思というのは、誰が決めたんです? 精霊使いの常識と言われても、私も陸王さんにも常識ではありませんから」

「あぁ、う~ん、そっか。精霊使いじゃないもんな、二人とも。俺と違って、獣の眷属でもねぇし」

 ぶつぶつ言いながら、雷韋は考え事を始めて首の後ろを掻き始めた。陸王と紫雲が言葉を待つ間、雷韋は一人で「う~ん」と何度も唸る。暫く頭を悩ませていた雷韋だったが、ある瞬間、急にはっとした顔になった。

「そうそう! 死ぬも生きるも運命だな。人は運命によって導かれてるんだ。それを人生って呼ぶ」

「あ?」

 さっぱり分からないという顔の陸王だ。紫雲も雷韋が急に言った言葉が飲み込めなかった。

 そんな二人の様子に、雷韋は少し苛立ちを見せる。

「だからぁ、世界を回してるのは光竜の指示に従った精霊だよ。おっきな流れの中に人も動物もいるんだ。その中で、人は運命を背負って人生を生きる。その人生の大まかな流れを作ってるのが精霊であり、()いては光竜なんだ」

 これで分かったかと得意げに言ってみせるが、陸王は雷韋の言葉が気に食わなかったか、眉根を寄せた。

「運命? 人生?」

 実に面白くなさげに陸王は復唱した。その感情が読めなかったか、雷韋は当たり前のこととばかりに大きく頷く。

「お前の言う事はつまり、誰かの作った道を俺達は歩かされてるってのか。俺達の意思なぞ無関係に」

「いやぁ、大まかな道だよ。道には岐路があってさ、それはいつどこに出現するか分かんねぇけど、岐路に用意された物事を選び取って、時には判断して、俺達は進んでるんだ。俺達の意思だって、ちゃんと尊重されてるんだぜ。道を作ってるのは世界である光竜だけどさ」

「……巫山戯るな」

「へ?」

 陸王から地を這うような声音が漏れ、雷韋はぎょっとする。紫雲はまずいと思った。陸王の琴線に触れたと知ったのだ。以前に言っていたのだ。定まった運命はない、運命は自分で切り開くものだと。

 陸王の雷韋を見下ろす常にも鋭い目が更に鋭くなり、鼻っ面には思い切り皺が寄っていた。

「人の歩いたあとに道は出来る。目の前には切り開くための茨が広がっている。それを己の力で切り開いて、俺達は進むんだ。誰かに用事された道を進むわけじゃねぇ。光竜なんざ、知ったことか」

 言うだけ言って、陸王はさっさと歩いて行ってしまう。おそらく腹の中にはもっと激しい言葉があるはずだったが、陸王らしくもなく、本気で立腹してしまったらしい。それでいつものようには、言葉がするりと出てこないのだろうと紫雲は思った。

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