第八五話 成し遂げ
村人はそこまでを聞いて、あまりの憤りに顔色をなくす者、血が出そうなほど唇を噛み締める者、怒りのままに拳を振り上げたはいいが、どこに振り下ろせばいいか分からずに拳を噛む者まであった。当然、血の涙が出るのではないかと思うほどの興奮に駆られて、悔し泣きをする者もある。嗚咽をあげてその場に蹲ってしまう者も多々あった。
皆、それぞれに辛く、憤ろしい思いに囚われていた。
玄史が領主として跡を継げないと言った意味も、ここまで来てようやく理解した。跡を継げなくて当然だった。
領民が認めないだろうからだ。
今現在、領主であった玄芭は恐ろしい己の罪深さに寝たきり同然になっているらしいし、麗羅も愛鈴が人質に取られ、それから吸血鬼の花嫁になると聞いて、こちらも衝撃のあまり廃人同然になっているという。その上、一人娘は死んだ。母親である麗羅はどれほど深く傷ついたか。子供を亡くした親なら、今ならば、その痛みは身をばらばらに引き裂かれるような痛みとしてよく知っているはず。
親を亡くすより、子供を亡くす方が数十倍も辛いとはよく言われることだ。
陸王はそのことを考えると、『逆縁の不幸』という言葉が思い浮かぶ。日ノ本では、子供が親よりも先に死ぬことを親不幸として、こう言うのだ。しかも今回の場合、誰もが死にたくて死んだわけではない。自死でも病や事故でもなく、殺されたのだ。
皆が一方的に殺された。
陸王の胸の内も、遣り切れない思いで一杯だった。
語っていた村長も、今では既に言葉がない。なんとも苦しげな溜息を零すだけだ。それでも話さないわけにはいかない。まだ先があるのだ。
「今はまだ跡を継ぐ方がいらっしゃらない状態だ。だが、領主様には庶子がいると伺った。大臣様からのお言葉だ」
「庶子?」
村人の誰かが、力なく鸚鵡返す。
「どうやら先代様に反対されたお相手との間に、今年十五になるご子息がいるという事なのだ。今話していたように、この領地は滅茶苦茶な状態になっている。その事情の全てを汲んで、その方が跡を継いでくださる可能性はゼロではないとのことだ」
「もしその方が本当に跡継ぎとして領主の地位を継ぐことになったら、麗羅様はどうなるんだ? 愛鈴様はもう……。それに跡を継ぐ方の母上ならば、放っておくことも出来ないじゃないか。それはどうなりそうなんだ? 大臣様はなんと仰っていた?」
一番手前で話を聞いていた男が、次々と質問を投げかけてくる。
「まだその方に連絡を取っていないので、今はなんとも言えないと。勿論、麗羅様のこともある。いくら相手の女性がお世継ぎをお産みになられた方とは言え、砦に迎え入れられるかどうか分からないと。全てを明るみに出すのもよろしくないだろうとの仰せだったな」
村長の言葉のあとで、ぼそぼそと話し声が聞こえてきた。「正妻は麗羅様しかいないだろうが、第二夫人という事になるのか?」「第二夫人でもなんでもいいが、息子にきちんと教育を受けさせているのかも心配だぞ」「無能な領主は領地を衰えさせる。先代のようにな」そんな言葉が聞こえた。最後の言葉は、先代の頃を知っている老人のものだったようだ。
村長は聞こえてくる話し声に、もう一度溜息をついたが、話を締めくくることにしたようだった。両手をぱんぱんと大きく打ち鳴らして、再びの注目を集める。
「今夜話せるのはここまでだ。領地のことは、今は大臣様にお任せしよう。領主様の意向もあるだろうしな。今は気落ちなさっていらっしゃるが、あの方は本来、強いお方だ。領地のこともお世継ぎのことも、私らが考えることではない。私から話すべき事は話した。……今夜はここまでにしよう」
村長は解散を宣言したが、村の者達はこの先のことが不安なのだろう。なかなか立ち去ろうとしない。先に立って戻っていくのは、赤子や幼児を連れている親子連れが主だった。村長が話している間に子供達のほとんどは眠ってしまっていたようだが、今も起きている子供は随分と眠たいはずだ。皆ぐずって機嫌が悪い。
そんな中で、陸王達も宿に戻ろうと陸王が雷韋と紫雲に目配せしていると、村長から声がかかった。
「陸王殿、少しよろしいですか?」
その声に陸王は肩越しに振り返ったが、すぐに村長へ向き直る。
「何かあったか」
陸王が村長を促すと、村長は見るからに両肩から力を抜いた。
「その、報酬のことなんですが」
「あぁ」
陸王は頷いた。
「明日の昼過ぎにはお渡しできそうです。各村から使いがやってくる手はずになっているので」
それを聞いて、陸王はふっと力の抜けたような笑い声を漏らした。
「ほかの村からも出させる話になっていたな。本来なら、あんたが借金をして支払うはずの金を」
言われて、村長も力の抜けた笑いを零す。
陸王達がコリンから戻り、雷韋と紫雲がいなくなったあとでの話だが、樸人は吸血鬼のことは領地全体のことになってしまったと言って、上手くほかの村からも金を引き出すよう説得していたのだ。だからこのことは、雷韋と紫雲は知らない話だった。
「夜中にも話しましたが、吸血鬼のことは領地全体の問題になってしまいました。一番の被害を受けたのは勿論この村ですが、ほかの村でも吸血鬼のせいで犠牲が出ています。最早、誰も関係ないと言えなくなりました」
「なら、俺達は明日のうちに出て行けるって事だな」
だが、陸王の言葉に異を唱えたのは雷韋だった。異を唱えたと言うよりも、村々を、いや、領地そのものを放っておけないのだろう。
「陸王! まだなんにも終わっちゃないだろ? 領地がこの先どうなるかも分かんないのに、出て行けるわけねぇじゃんか」
「いえ、雷韋君」
陸王ではなく、紫雲が雷韋に待ったをかけた。
「私達の仕事は吸血鬼を討ち滅ぼすことです。それは既に完了されました。君が領地を心配する気持ちは分かりますが、それは私達には関係のないことです。領地のことは、領地に暮らす方々が考えることですよ。君だって、吸血鬼を滅ぼしたら全て終わりだと思っていたなどと言っていたではありませんか」
「あ、いや、それは……でも……」
まさか紫雲に窘められるとは思っていなかったのだろう。確かに雷韋は吸血鬼が殺された当初、吸血鬼を滅ぼしたら全てが終わりだと思っていたと口にしていた。けれど、今ではその考えが変わってしまっていたのだ。吸血鬼に操られていたらしい領主の狂態を見てしまったし、吸血鬼自身の仕返しもその目で見てしまったからだ。雷韋はしどろもどろで言葉を発しようとしたが、それは叶わなかった。村長が言葉を添えたからだ。
「雷韋殿、ご心配頂くのは嬉しいですが、貴方達の仕事は紫雲殿が言ったように終わったのです。領地のことを考えるのは私達の役目。そのことでご心配頂くことは何もありません」
「あ、あの……。ん~、陸王ぉ~」
村長の言葉に一言も紡げず、雷韋は陸王に助けを求めた。が、陸王は何も言うことはないとばかりに、首を振るだけだった。その陸王に何か言おうと雷韋は口を開けたり閉じたりを繰り返したが、結局何も言葉を発することは出来なかった。村長直々に心配する必要はないのだとはっきり言われたからだ。当事者にそんな事を言われれば、駄々を捏ねることすら出来ない。雷韋はすっかり肩を落として溜息をついているし、表情は不貞腐れたものだった。
そんな雷韋の頭を陸王が撫で叩いて、声もかけずそのまま宿の方向へ行ってしまう。紫雲もそのあとに続いたが、村長に「お休みなさい」と挨拶は忘れなかった。雷韋は最後まで残っていたが、少年を優しい顔で見つめてくる村長に対してやはり言葉は出ず、お休みの挨拶だけをしてその場をあとにした。




