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第八四話 因果の始まり

 それは三週間ほど前の事だった。

 晩堂課(ばんどうか)(午後九時の鐘)が鳴ろうかという頃、砦に近づいてくる二つの明かりが左右に一つずつ、ゆらゆらと独特な揺れ方をしながら近づいてきたのが見えた。灯りの揺れ方は馬車に(しつら)えられているランタンのもの特有の動きだった。明かりが近づいてくるのを、城門の門兵達が半ば警戒しつつ見つめていると、やがて二つのランタンに照らし出されて、一台の馬車が空堀の向こうに到着した。ランタンに照らし出されているのは、御者席に座っている一人の男だけではなく、幌に包まれた馬車そのものも闇の中に浮かび上がっていた。幌馬車そのものは大きくはない。中に人が一人二人横になれればいい方だ。

 黒い外套を闇色に滲ませて、御者台の男が羽織っているのが印象的だった。頭巾を被っていたため、顔はよく見えない。

「こんな時間に、何用だ? どこから来た? 何人いる?」

 兵士から幌馬車に矢継ぎ早に声がかかる。口調は詰問調だった。

 すると御者台の男が、

「一人です。南からやって来た宝石商ですが、私は卑しい者とは取引しないので、どうしても夜遅くにお伺いする事も多く。実に礼を欠いているのは承知の上で伺いました。ここは領主様のお館ではございませんでしたか?」

「領主様のお屋敷があるが、こんな時間に砦に入れろというのか?」

「領主様にも悪い話ではありません。まずはこの品だけでもお見せいただければ」

 そう言って幌の中から些か乱暴に荷物袋を取りだし、更にその荷物袋からランタンの明かりに深く煌めく緑石を連ねた宝石のベルトや、首飾りと思われる翡翠と金剛石(ダイヤモンド)で細やかに作られた装飾品を取り出して、明かりのもとに輝かせた。

「どうぞ、商品だけでもお見せください。入館が許される可能性があれば、私はここで大人しく待ちましょう」

 闇のように暗く揺らめく男の影だったが、その広げた両腕の中には確かに遠目で見ただけでも素晴らしいと思えるような宝飾品が広げられている。

 いや、だからこそ怪しい。そんな宝物を持って、一人だというのがこれ以上もなく怪しいのだ。もしかしなくても、不逞(ふてい)の輩かも知れない。遠目からここに来るまでの間、ほかに連れらしき者の姿は見えなかったが、上がっている跳ね橋を下ろした途端に、どこからともなく鼠が現れるように、怪しい者達が現れるかも知れないのだ。しかも、彼が見せた見事な品。そんなものを不用心に護衛もつけず、共連れもなく、たった一人で持ち歩いているのもおかしい。

 その懸念を兵士が口にしたところ、闇のような男は幌の口を完全に引き上げて中を見えるようにし、自身も御者台から下りた。闇のように思えた外套さえ脱いで、身に剣の一つも帯びていないのを証明する。外套を脱いで頭巾も外したのに、男の顔は何故かはっきりしなかった。

 男の身形は兵士達の予想以上によかった。上着も服も、旅人の習のような垢一つ付いていない。男が堂々としているのに比例して、衣服も上等なものであった。

「この通り、私は潔白です。私のほかに誰がおりましょう? 小狡い野盗も凶悪な夜盗などもおりません。もしもそんなものがいたとしたら、私はここへ来る前に既に襲われていたでしょう」

 自称宝石商である男の様子に、第一の城門が動きを見せた。

 重い音を立てて、ゆっくり跳ね橋が下ろされるが、まだ城門自体は閉じたままだ。跳ね橋が渡されて、次に内門が開かれる。だと言うのに、格子状の門だけは頑なに引き上げられる様子がなかった。

 内門の向こうから姿を現した兵が、格子の隙間から手を差し出して招く。

「商品を持ってここまで来い。一応、お伺いを立ててきてやろう」

 宝石商は手招きによって跳ね橋を渡り、手にしていた装飾品を兵士に手渡す。門の向こうから届く篝火に当たって、宝石は兵士の無骨な手甲の中できらりと煌めきを見せる。それに、手にして分かった事だが、天鵞絨(ビロード)の布に包まれた翡翠と金剛石をあしらった首飾りは、下手をすると簡単に壊れてしまいそうなほど繊細な出来だった。下手に力をかけるとあっさり壊れてしまいそうに思えて、兵士は急に緊張を催した。

 だが、その緊張はすぐに切れた。宝石商の瞳を見た途端、この男は砦の中に招き入れても問題はないのではないかと、なんとなし思ったのだ。

「と、とにかく、これらは領主様にお目にかけてこよう。暫し待て」

 緑石の装飾ベルトと首飾りを持って、兵士は一人を共連れにして第二の城門から砦内に入っていった。

 その兵士二人と出会(でくわ)したのが玄史(げんし)だった。邸の隣に立つ教会で、司祭と会って戻ってきたところで出会ったのだ。

「お前達、何を持っているのだ」

「これは大臣」

「このような時間にたった一人で宝石商というのがやって参りまして、それで品だけでもお目にかけたいという話だったので、こうして預かって参りました」

 玄史はそれを聞いて、眉をしかめた。

「たった一人でこの時間にか?」

「はぁ。ほかに共連れもなく、幌馬車に乗ってきたのですが、馬車の中にも人の姿はありませんでした。野盗の類いの引っかけかとも思いましたが、馬車はただ一台きり。街道をほかにやってくる者も見えませんでした」

 言いながら、改めて困惑したように兵士も眉根を寄せる。

 と、教会から晩堂課の鐘が打たれ始めた。それを耳にしつつ、玄史は時間を確かめるようにもう一度口に出す。

「このような時間に、一人きりで」

 そのまま少しの間、考えに耽った。こんな手口は夜盗のやり方と同じだ。目先に餌をちらつかせて、一人を内部に入れる。その内部に入った一人が、夜盗の仲間達を引き入れるのだ。そういう手口で襲われる裕福な農家や街の貴族達は多い。

 しかし、ここは砦だ。城壁も高く、常に兵士達が見回っている。夜でも眠りながら、起きているのだ。それを考えると、物取りの先鋒とも簡単には断定できなかった。砦中に兵士がいる。邸の中にもだ。そこをわざわざ襲いに来るだろうか? 襲ったとして、よほど巧くやらなければ、自分達が取り押さえられる事になる。賊の大半が斬られるだろう。取り押さえるより、斬って捨ててしまった方が楽だからだ。方々を荒らし回っているお尋ね者じゃなければ、その方が手っ取り早い。いや、領地で暴れ回っているなら、逆に斬り捨ててしまう方がよい。その場合、出来れば頭目を押さえたい。

 そんな事を考えたが、苦笑して頭の考えを捨てた。

 本当に荒らし回っている賊がいるとすれば、とうの昔に砦に連絡が入っているはずだ。領地の治安を守るのも、領主の役割だ。だから領地で何かあれば、すぐに連絡が来る事になっている。

 そんな連絡が入っているわけでもなく、単に夜遅くに宝石商がやって来ただけだ。

 玄史はくだらない考えを捨てて、兵士が手にしている装飾品を(あらた)めた。ベルトもなかなかよいが、首飾りの細工物は格別だ。

 よく磨かれた大きめの翡翠に連ねて、金剛石が小さいものから大きいものへ、大きなものから小さなものへと順序立てるように連なって、二重、三重と翡翠と金剛石の環が組み合わさっている。細やかな細工は、乱暴に扱えばすぐに環がばらけてしまうような、危うさのある美しさがあった。おそらく、その危うさがあってこそなり立つ、儚さ故の美しさなのだろう。だからこんなに惹かれるのだ。

「この首飾りはその宝石商が持ってきたものなのだな?」

「はい。荷物の中から取り出していました」

「その者、細工も出来るのだろうか?」

「さぁ、そこまでは。ただ、品物を見て欲しいという事でしたので、預かって参りました」

 兵士の言葉に、玄史は頷いた。

「では、それを確かめよ。来月は義姉上(あねうえ)愛鈴(あいりん)姫の誕生月。もしやすると、お二人に美しい品が贈れるかも知れぬ」

「それでは大臣は、あの宝石商を招き入れるおつもりで?」

「どうなるかは分からぬが、こう聞いてくるのだ。『どこで作られた品なのか』と。もしやすると、小人族(ミゼット)の手によるものなのかも知れぬしな。それを売り歩いているのかも知れぬ。それならそれで、取引も出来よう」

 玄史のこの言葉が全ての始まりだった。そうじゃなくとも、兵士は宝石商の眼差しに心を奪われていたのだから。そうして聞いてきたことには、宝石商に化けた吸血鬼は宝石の細工も自分で行うと言い、それを聞いた玄史が招き入れてしまったのだ。宝石商と名乗る吸血鬼を玄芭(げんば)に紹介したときには、全てが終わっていた。

 紅い瞳は見る者全てを魅了した。紅い瞳が魔族のものであるという意識はあるのに、砦内にいてもいい存在なのだと誤認させた。

 吸血鬼は結句、食事さえ出来ればよかったのだ。出来る事なら女子供の血がよい。そんな吸血鬼の前に、玄芭の妻であり玄史の義姉である麗羅(れいら)と娘の愛鈴姫がやって来たのだ。それは玄史が二人を招いたからだ。誕生月の贈り物がどんなものがよいか、それを相談したくて彼女らを招いた。玄芭も賛成を示したのに対して、吸血鬼が少しばかり滞在したいと申し出た。旅も長くなっており、宝飾品のしなが決まれば細工などもしなければならないからだ。当然、玄芭は了承した。そして、その場で宝飾品の話に移った。

 麗羅と愛鈴の二人に、既に出来上がっている宝飾品の品々を提示し、色々話もした。ただ、愛鈴が小さくあくびを漏らしたことで、一旦お開きのむきになった。

 吸血鬼はそれを心配する振りをして愛鈴に近づき、おもむろに催眠の術を使った事から一気に場は乱れた。

 愛鈴を人質に取り、吸血鬼はその場で贄を要求したのだ。贄を用意しなければ、愛鈴の血を吸い殺すと言って。

 麗羅は目の前で正体を現した吸血鬼と、それに愛娘を奪われた衝撃で何も出来なくなった。せめて贄を求めるなら自分をと、細い声で愛鈴との交代を要求したが、あっさりと蹴られた。

 それからは全ての責任を取るべく、玄史が矢面に立とうとしたが、兄である玄芭が黙っているわけもなかった。玄史がしたことは、全て玄芭とその家族のためだったからだ。玄史はただ単に兄一家が喜ぶことをしたかっただけだというのに、知らぬ事とは言え自ら吸血鬼を招き入れ、己から地獄に足を踏み込んだのだ。

 吸血鬼には初めはずっと愛鈴が人質に取られ、居室として玄芭の別室である塔の部屋を与えた。贄として、邸の者が次々と犠牲になった。その犠牲者を選んだのは玄史だった。己に対しての罰と罪を課して、やがて領地の村も好きにするがいいと許可を与えた。

 これには玄芭が猛反対したが、愛鈴の安全を考えれば、村の一つや二つどうなろうとよいだろうと兄を押し切ったのだ。

 だからレイザスが襲われるようになったのは、愛鈴に手を出させないための玄史なりの策だった。

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