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第八三話 真実の流れ

 雷韋(らい)を少し寝かせてやろうと、今朝は遅めの朝食になった。

 その間に彩加(さいか)が戻ってきたらしく、にわかに騒がしくなった外へ宿の主人が様子を見に出掛けていった。ややして戻ってくると主人は陸王(りくおう)達に、玄史(げんし)が村長達との謁見を許可してくれたらしく、村長達が揃って砦へと出掛けていったことを教えてくれた。



 砦でどんな話をしてきたか分からないが、村長が村に帰ってきたのは陽がとっぷり暮れた頃だった。晩課(ばんか)(午後六時の鐘)はとうの昔に鳴り終わって、そろそろ晩堂課(ばんどうか)(午後九時の鐘)も鳴ろうかという頃だ。しかも帰ってきたのは樸人(ぼくと)村長一人で、ほかの村の村長達はいない。話によれば、彼等とは途中で別れて、それぞれが自分の村に戻ったということだった。

 陸王達が部屋にいるとき、朝と同じに宿の主人がそれを知らせてくれたのだ。同時に、村長が陸王達三人を呼び、夜も遅いが、緊急に村人も集めているということだった。

 その知らせを受けて、陸王達は「いよいよか」と思う。果たして村長は村人に今回の件をどう話すのか、そして、玄史との話し合いで明らかになったことはなんなのか、特に陸王はそれに興味があった。

 反して雷韋と紫雲(しうん)の中には、真相が明かされることに対する興味じみたものはあったが、それを知らされる村人を案じる気持ちの方が強くある。

 まずいことにならなければよいと。そうじゃなくとも、村の男達は物騒なことを口にしていたのだから。そのせいで闇の精霊が変異してしまったことも事実だ。それから言えば今夜、村人に知らせるべきではないと雷韋は思ったが、これだけ急なことなのは、それなりに理由もあるのだろうとも思った。

 集められた場所は、村の中央にある少し開けた場所だった。そこにいくつもの篝火が焚かれ、昼間のように明るくなっていた。

 たったそれだけのことだが、雷韋にとっては多少ではあるが、安堵できる状態だった。光の精霊が多く集まっていれば、闇の精霊の勢いは必然的に弱くなる。暴走しようとしても、光の精霊に抑えられる。

 村人は次々と現れ、あっという間に、今動けるだけの人数が集まった。中には子供を連れている母親も少なくない。母親が抱いている乳飲み子も、父親に連れられた幼子もいる。当然、時間的に、ぐずっている子供も少なくない。

 吸血鬼が滅んだとは言え、これまでの被害を考えれば、植え付けられた恐怖心は一朝一夕で拭い去れるものではないのだろう。だから子連れが多いのだ。

 陸王は苦い表情でそれを見ていた。

 村長もその場にいたが、彼は二人の若者の後ろに立って、落ち着きがない様子を見せている。話す事を、未だにどう話すべきか迷っているような感じだ。両手を腹の前で落ち着きなく摺り合わせたり、組み合わせている。

 若者二人は村の者の姿を確認するように人数を透かし見ていたが、やがて若者の一人――彩加が村長に声をかけると、村長は二人の前に出て深呼吸すると口を開いた。

「みんな、まずこれだけは最初に飲み込んでくれ」

 村長が言うと、村の者達から「領主様はどうなる」と声が複数上がった。皆、そわそわとし始める。

 それに対して村長は、両手を持ち上げて皆を落ち着かせようと促した。

「そう、そのことだ。領主様の事で一番に話がある」

「一番に?」

 村の者から反応が返る。

「そうだ。だから聞いて欲しい」

 村長が言うもまだざわついていたが、すぐに静かになる。村長の口から何が飛び出すのか、まずはそれを聞かねばならないからだ。

 場が静まると、その一時だけの静けさの中に村長は言葉を放った。

「領主様は、ご隠居なされる事になった。だが、あとを継ぐ方はまだ決まっていない」

 領主の隠居話が出た瞬間、場はしんとなり、更に続く跡継ぎがない事を聞いた村人達は静まりかえった空気を突如として爆発させた。

 村人には何がなんだか分からなかったのだ。当然だろう。まだ村長の話は終わっておらず、それなのに村人達は仲間内で話始めてしまうのだから、話の続きを知りようがない。

 その騒ぎを村長と若者二人が静めようとするが、上手く行かない。それどころか、興奮の坩堝に投げ込まれたようになる。興奮が興奮を呼び、手がつけられなくなっていく。村長達三人では、もう抑えが効かない状態だ。

 皆それぞれに、誰が村のこの惨状の責任を取るのかと喚いている。

「領主様がご隠居なさるなら、次は大臣の玄史様だろう! 新しい領主様は玄史様だ!」

「そうだ! そして、俺達の村にした事を罰して貰おう」

「そうよ、それがいいわ! 玄史様なら、きっと元領主様を罰してくれる!」

「村の仇だ!」

 勝手な事を口にして、それに同調していく。その勢いは、加熱する一方だった。止めようにも、村人達の興奮した声で、村長達の声など誰にも届いていない。村長達の方を向いている者すらいないのだ。皆、仲間内で勝手な事を口にのぼしている。

 いい加減、彩加が話を聞かない皆に対し痺れを切らして、一人の男の肩を掴んで振り向かせた。が、男は彩加の腕を振り払うと、問答無用に殴りかかってきたのだ。

 拳の骨と頬骨がぶつかり合う籠もった音がして、彩加が殴り飛ばされた。

「ああ、彩加、大丈夫か?」

 村長がすぐに助け起こす。彩加はしかし、村長の腕を払って素早く立ち上がると、さっきの男に拳を振るった。男もやる姿勢を見せる。

 と、そこに割って入ったのは陸王だった。陸王は何も言わず剣呑な目で二人を見遣った。それと同時に、昼間よりも更に明るいと思えるような光が辺りを照らす。

 陸王が(あらわ)した根源魔法(マナティア)の光の球だ。

 光はその場にいる全員を強く照らし出す。光が強いほど、影もまた濃く浮かび上がった。

 一瞬にして、その場にいる者の意識を光の球が集めた。皆、強すぎる明かりに手を翳す。

「眩しい、なんだ!?」

「なんなのよ、この光」

 何が何やら分からんと言う村人を前にして、陸王は村長に顎を呷って合図を送った。話をするよう促したのだ。

 村長はすぐさま頷き返し、皆がまだ混乱している中で声を張り上げた。

「皆、聞いてくれ。領主様がご隠居なされば、そのあとを大臣様が継ぐのが筋というものだが、大臣様もそれどころではないのだ。あの方はあの方で、罪を犯していらっしゃる」

 それを聞いた者、数人が反応を返す。

「罪? 一体なんの」

「大臣様が何をしでかしたと言うんだ?」

 村長は興奮を冷ますように宙で何度も手を上げ下げする。その仕草に、村人も僅かながら静かになった。

「それが大変な事なのだ。砦の邸に村人をやっているのは知っているな? この村からは二人出している。そうして召使いとして働いていた者のうち、二四人が犠牲になったとの事だ。吸血鬼に言われるがままに、大臣様が贄に差し出していたとか。そのことについて、大臣様に頭を下げられた。その上で、罪があるために領主の座には就けないと伺った」

 二四人の犠牲者と聞いて、再び村人に火が付いた。「瑠塑(るそ)蒜瀬(さんぜ)は殺されたのか!?」「あの二人はどうしたんだ!」と矢継ぎ早に二人を心配する声が上がるが、村長は慌てる事なく落ち着いて答えた。彼等は無事だという事を。二人にも直接会って、確かめたと言って村人を安堵させた。

 砦に兵として人を送る村には、召使いとして人をやる人数が少ない。逆に、召使いとしてやる村では、兵を送ることが少ないのだ。この村は陸王が出会ったように、兵の方が少し多かった。

 村長の言葉に、皆、ほっと胸を撫で下ろす。村人が次々と襲われ、邸にやった者までが犠牲になったのでは、まともな話し合いも出来なかったに違いない。いや、そうなった村はあるのだろう。レイザスでは、辛うじてなかっただけで。

 だから、村長は感情抜きで話し始めた。悔しい思いは握った両拳に隠して、何故、領主が隠居するような事態になったのかから。

 領主は自分が人の肉を喰らった事を覚えていたのだ。忘れてしまえればよかったものを、吸血鬼はそこまで意識を奪わなかったらしい。半覚醒状態で、玄芭(げんば)は人の肉を喰らったのだ。最初に邸の召使いを一人。それから砦を飛び出して、コリンの村で一家全員を。吐き気を催すような惨状だが、玄芭は操られていた間、本当に人肉や血が旨く感じられたのだそうだ。玄芭は吸血鬼の放った魔気のせいで声を失っていたが、筆記で玄史と言葉を遣り取りして、それらを語ったらしい。操られているときに声が出たのは、吸血鬼の意思によるものだったそうだ。あの時、玄芭は自身で声を出した感触は一切なかったという。

 そんな玄芭の奇態とその内実を、村長は知る限り村人達に伝えた。

 玄芭が吸血鬼に操られる原因になった吸血鬼の血の摂取だが、あれは愛鈴(あいりん)の身体を乗っ取った吸血鬼が無理矢理飲ませていたと言う事だ。その場を玄史が目撃している。それを見られたとき、吸血鬼は大人しくしていなければ、もっと酷い事がこの邸で起こる事になると言って脅してきたというのだ。玄史にとって兄である玄芭の身は酷く心配だったが、これまで以上の惨劇が邸で再び起こされるのは御免だった。玄芭を見捨てるつもりはなかったが、言うことを聞くしかなかったのだ。玄史はこの時ばかりは、敢えて見て見ぬ振りをするしかなかった。

 結果として、玄芭は吸血鬼に操られる事になった。自分の身体を滅した、陸王に対する復讐心から。その為に、あらかじめ血を飲ませておいた愛鈴の身体を乗っ取ったのだ。

 そもそも、愛鈴は吸血鬼の手に渡ってすぐに血を飲まされ、その身はゆっくり異形に変態していたという。初めは『花嫁』として飼うつもりでいたようだが、自分の首を断って殺した陸王への意趣返しに、愛鈴の身体を乗っ取ったのだ。それは当時、手当てをした紫雲でさえも気付かれなかったことだ。ただ、その事実は玄芭だけが聞かされていたというのだ。

 つまり、丁度よく異形に変態していた愛鈴を使って、敵わないまでも意趣返しの復讐に出たのだ。結果としては、ほんの僅かばかりの嫌がらせにしかならなかったが。

 それでも陸王からしてみれば、逆恨みも甚だしい全く迷惑な話だった。お陰で新しく、人死にも出たのだ。

 そして、邸で出た二四名の贄。あれは吸血鬼から玄芭に対して命じられた事だったが、玄史が代わりに用意したのだ。玄芭は見て見ぬ振りをしていたとも言えるが、玄史にとってもしなければならない事だった。

 吸血鬼をそれと知らずに砦へ、()いては邸へ招いたのは玄史だったからだ。

 何故そんな事が起きたか?

 村長は、玄史から伝え聞いたとおりに言葉を綴った。

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