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第八二話 力を合わせて?

 紫雲(しうん)が洗濯を済ませ、雷韋(らい)がシャツと服を火の精霊の力で乾かしてから宿に戻る頃には、空はすっかり明るくなっていた。まだ一時課の鐘は鳴っていなかったが、じきだろう。そうすれば村人達も起床し始める。子供達は既に起きて、家の中の小さな仕事をしているだろう。けれど、彼等と出会うことはほとんんどない。子供達の仕事は、基本的に屋内ですんでしまうものだからだ。唯一外に出ることがあるとすれば、水汲みや納屋で飼っている動物の世話でくらいだ。

 雷韋と紫雲が部屋に戻ると、室内には村長達の姿がなく、陸王(りくおう)一人しかいなかった。その陸王も寝台で横になっていたが、特段眠っているわけでもなかったようで、扉を開けるとすぐに視線を寄越した。

「あれ? 村長達は?」

樸人(ぼくと)の家に集まってる」

「なんで?」

 陸王は雷韋の質問に対して、あぁ、と声を零すと説明してくれた。

 夜中話し合って、雷韋が一度部屋にやって来たときに耳にした『玄史(げんし)に話を持っていくこと』がそのまま決定事項になったのだと。出来るなら今日のうちに話が出来ないかどうか砦に人をやって、その間に場所を移動したというのだ。

 使いに出されたのは、陸王を砦に案内してくれた彩加(さいか)だった。彼なら駄馬でもかなりの速度を出せる。

 各村からやって来た村長達の中には、村の者に送って貰って帰りの手段が徒歩しかない者もいたため、驢馬や騾馬に乗ってきた者達はそのまま砦に乗っていき、移動手段がない者はコリンの村長が乗ってきた馬車に乗せて貰って砦に行こうとなったのだ。驢馬や馬車は村長の家の厩舎にある。砦からの返答にもよるが、少しでも無駄を省きたかった村長達は、だから場所を移動したのだ。

「そっか」

 雷韋は頷き、紫雲は考え込むような様子を見せた。

「そう言やお前ら、どこに行ってた。雷韋の服を洗ってきたのか?」

「うん、そだよ。紫雲が洗ってくれた」

「それくらい手前ぇでやれ」

 呆れた声を出す。

「やってくれるって言うんだから、いいじゃん」

 雷韋は唇を尖らせたが、すぐに真顔になり、陸王に尋ねた。

「やっぱ、臭いが薄くなってるから分かるか?」

「臭いだけじゃなく、見りゃ分かる。血塗れじゃなくなっているからな」

「あ~……」

 言われて、腑に落ちた顔になる。

 紫雲は少し何事かを考えたようだが、すぐに雷韋の頭をぽんぽんと撫で叩いてから、自分の寝台へと戻っていった。まずは、石鹸と手拭いをしまわなければならない。

 その紫雲を陸王は目で追ったが、特に何を言うでもなく、すぐに視線を雷韋に戻した。

「汚れが気になったのもあるんだろうが、俺が臭いを気にすると思ったのか?」

「うん、紫雲が洗った方がいいって言ったのもあるけど、俺も血の臭いをさせてたんじゃ陸王が嫌だろうと思って。そんで洗濯してきた。臭い、薄くなってるだろ? 石鹸使ったけど、完全には落ちなかったけどさ」

「刺繍糸が変色してるな」

「俺もここだけは手伝ったけど、どうしても落ちなくて。だから血の臭いもまだまだしてるだろ?」

「ほとんどが人間と魔族の血が混じった匂いだからな、特に気にするもんでもねぇ。俺自身も血生臭ぇからな」

 そう言って、左の腿を叩いてみせる。

 陸王の服には血管の触手が突き刺さったときに出来た破れもあれば、引き抜いたときに出来た怪我で出血したあともあった。

「怪我、なんともないのか? あれから陸王、なんもなかったみたいに普通にしてたから忘れてたけど、傷は?」

 それに対して、陸王は問題ないと答えた。吸血鬼の首を刎ねるときには出血も治まっていたし、傷口自体は荒い傷口になっていたが、傷の大きさ的には小さかったのだという。そのため、ここで村長達が話し合っている間に自分で治したとのことだった。

「そっか。そんならよかったけど。……なぁ」

「なんだ」

「服さ、新しいの仕立てて貰わないか? 血の臭いしてて嫌だろ?」

「そこまで目くじら立てんでも大丈夫だ。所詮は人間の血と魔族の血の臭いだ。これがお前の血だけの匂いってんなら、ちと困りもんだったがな」

「俺の血……」

「随分慣れては来たが、やはりお前の血は俺達にとっちゃ特別だからな。だが、それとは別に、ここで服を仕立てて貰おうってのはやめておいた方がいい」

「なんで?」

 異な事を言うとばかりに、雷韋はきょとんとする。

「村の連中とは接点をもたん方がいい。まだ気が立ったままだろうからな。連中にとって今回の件は、まだ解決してねぇんだ」

「でも」

 雷韋が言い継ごうとするのを止めるように、陸王は起き上がった。

「血の臭いは問題ねぇ。戦場(いくさば)はもっと血生臭いが、俺はそれだけでどうにかなったことはねぇよ。心配すんな」

「そっ……かもしんないけど」

 言いながら、雷韋の視線は下に俯けられていった。

「ここで報酬を受け取ったら前の街に戻ってもいい。そこでなら、お前も仕立屋で好きな生地を選べるだろう。服を仕立てるのはその時でも遅くはない。焦る事ぁねぇ」

「ほんとに、平気なのか? 匂い、嫌じゃないのか?」

 上目遣いで問われて、陸王は宥めるような笑みを浮かべた。

「大丈夫だ。この程度、なんて事ぁねぇさ」

 陸王がきっぱり言ったのに、雷韋はまだ心配そうな顔をしている。

 そんな雷韋を、陸王は指先だけで手招きした。

 手招かれるままに、雷韋も陸王の寝台と自分の寝台の間に立った。

 次の瞬間、雷韋の横っ面を枕が強襲した。枕がぶち当たって、雷韋は叩き付けられるように寝台へ吹き飛ばされてしまう。

 これには様子を窺っていた紫雲も驚いた顔になる。何しろ、なんの前触れもなく力任せに陸王が枕でぶん殴ったのだから。驚くなと言う方が無理だ。

「いってー!」

 雷韋が寝台に突っ伏したような格好のまま叫ぶ。

 その様を陸王は挑発的な笑みで見遣った。

「どうだ。少しは気合いが入ったか?」

「何すんだよ、陸王!」

 肩越しに雷韋が振り向いて怒鳴る。

「お前がらしくもないことをぐずぐずと考えているからだろう。腑抜けに気合いを入れてやったんだ、感謝しろ」

「んだよ! 人が心配してやったのに!」

「そんな心配はいらねぇんだよ」

 陸王は何故か勝ち誇った風に言い放った。

「ひっでぇよ! 痛かったんだぞ!」

「枕で殴られた程度、どうともないだろう」

「衝撃の問題だよ!」

「なら、平手で殴られた方がよかったか?」

「絶対やだよ、そんなの!」

 二人の言い合いを聞いていて、紫雲が辛抱たまらんという風に、急に吹き出して笑い始めた。

 それに雷韋が噛み付く。

「何笑ってんだよ!?」

「すみません……くく。どうにもおかしくって」

「なんなんだよ! 俺が殴られたって言うのに!!」

 雷韋がいきり立てばいきり立つほど、紫雲は声を殺して、それなのに腹を抱えて笑い続ける。

 雷韋は紫雲を親の仇でも見るように睨み付け、陸王は空惚けて指先で頭を掻いていた。

 紫雲はいいだけ笑い続けて、やがて涙を拭いながら顔を上げると陸王と雷韋に目を向ける。

「貴方達はこの先もこんな風なんでしょうね」

「あ?」

「はぁ?」

 陸王と雷韋が同時に反応した。

「お互いがお互いを心配していながら、いきなり殴りつけるとか吹っ飛ぶとか。貴方達じゃなかったら、こんな頓珍漢なことしないでしょう。やっていることが滅茶苦茶ですよ、もう」

 笑いに震える声で言い遣る。

 陸王は毒気を抜かれたように天井を見上げ、雷韋は理不尽に殴られたり笑われたりで、顔を真っ赤にして怒っていた。

「対というのは、こんなに滅茶苦茶なものなんですか?」

「知るか」

 陸王が天井を見上げたまま吐き捨てる。雷韋は怒りのままに無言を貫いていた。怒りすぎて言葉が出ないのかも知れない。

「いくら元気を出させようとしたにせよ、枕で殴りますか? 予想外でしたよ」

「俺が雷韋(こいつ)をどう扱おうが勝手だろうが」

「それにしたって……」

 紫雲が言うと、雷韋は何を思ったか奇声を張り上げて、陸王の顔面目掛けて脱いだ靴を投げつけた。

 しかし陸王はそんなものを食らうはずもなく、頭を左右に振って避けてしまう。投げつけられた雷韋の靴は、どん、がんと派手な音を立てて陸王の背後の壁にぶつかった。

「もう! 俺、飯食う時間まで寝っからな! 邪魔すんなよ!」

「好きにしろ」

 陸王の言葉を聞き終わることもなく、雷韋はさっさと寝台に潜り込んで上掛けを頭から被ってしまった。

 陸王が言い終わるのとほぼ同時に、一時課の鐘が鳴り始めた。それを聞きながら、陸王と紫雲は無言でいた。二人とも、なんとなく鐘の音に意識が持って行かれたのだ。

 一時課の鐘が長く短く鳴り響き、やがて鳴り終わってその余韻が空気中に流れていたとき、紫雲がぽつりと口にした。

「大臣が謁見を承諾してくれればいいですが」

「そうだな」

 そこにはもう、さっきまでの巫山戯た空気は微塵もなかった。

 玄芭(げんば)が無理でも、大臣である玄史と話し合いが出来れば、これまで謎だった物事の色々が分かってくることになるだろう。例えば、いつから吸血鬼が邸の塔にいたのか、招かれないと建物の中には侵入出来ない吸血鬼がどうやって砦の厳重な警備を潜って入り込んだのか、邸で生け贄にされていたのが誰だったのかなど、様々ある。

 一度は邸で贄になった者が誰かを確認しようとしたが、下手に使いにやった者にまで知られてしまった場合、まずいことになるだろうと砦に人をやることを諦めたのだ。だから、未だに犠牲者が誰なのか分かっていない。

 ただ、金銭面でのことは村長達が皆でそれぞれ出し合って、早めに耳を揃えようという話に決まっていた。このことは、雷韋が相変わらず早々に寝入ってしまったため、取り敢えずと陸王から紫雲に伝えられた。

 それを聞いて、紫雲は戸惑った顔になる。

「それは私には関係のない話でしょう。私は報酬の有無でここへ来たわけじゃないんですから」

 陸王は小馬鹿にするように鼻で笑った。

「くれるってもんは貰っとけ」

「貴方と雷韋君が受け取ってください。私には関係のないことです」

「お堅いな」

 陸王の言葉に、紫雲は困ったように眉根を寄せて溜息をついた。

「俺がどうして金貨三枚という中途半端な額を提示したと思う」

「それは、交渉相手が村人という事で大負けに負けて、と言う事じゃありませんでしたか?」

「それもあるが、俺達三人、一人ずつ金貨一枚の報酬になるようにだ。金はあって困るようなもんじゃねぇしな」

「当初、雷韋君は街に避難させておくという事だったじゃありませんか」

「ものはついでだ。俺ばかりが稼いでどうする」

「はぁ……」

 紫雲は陸王の考えが読めなかった。報酬が出なければ受けないと言っていたのに、知らぬ間に交渉で三人分の金を要求していた。実際、吸血鬼は三人で倒した事実がある。先読みが出来るのか、それともそれは全くの偶然か。

 紫雲から二度目の溜息が出た。溜息をついて気を取り直し、紫雲は言った。

「それよりも、私は貴方に感謝しています」

「感謝?」

 訝しく顔を歪める。紫雲から『感謝している』などと言う言葉が出たのを不気味に思ったのだ。

 紫雲は吸血鬼が出たと聞いた当初、自分一人でもなんとかしなければと思っていた。金銭の要求も関係なく、この村に来ようと思ったのだ。しかし考えてみれば、紫雲一人でどうにかなるものではない。上位の魔族を相手にするのだ。それもたった一人で。冷静に考えてみれば、無謀に過ぎる。魔族が出たと寺院に連絡が来た場合、修行(モンク)僧は集団で出る。決して一人で対処出来るようなものではないからだ。

 なのに今回、紫雲は一人で動こうとした。相手が一匹でも上位を相手にするのだ。危険極まりなく、無謀でしかない。

 それを告げつつ、続けた。

「私一人ではまだ吸血鬼は滅ぼせていなかったでしょうし、じりじりと犠牲者を出していたと思います。修行僧一人には吸血鬼は荷が勝ちすぎている。だから貴方には感謝しているんです。例え、その動機が金銭目的であったとしても」

 紫雲は感謝以上に、感心してもいたのだ。村人を一つところに纏めて警護するという策など。紫雲には思いつかなかったことだからだ。

 それを言うと、陸王は苦笑した。

「俺は日ノ本では侍大将をしていた。言葉の通り、侍達を纏める大将だな。そんな地位にいたんじゃ、戦で策を立てなけりゃならん。夜戦もある日ノ本の戦は、大陸の戦とは違う。急いで白黒決めるなんて方法はない。策が必要だ。それで思いついただけだ」

 それに、と陸王は唇を湿して更に続ける。

「俺一人でも吸血鬼はまだ滅ぼせていなかったろうな。俺もお前の力を利用した」

「利用、ですか」

 利用したと言われて特に気落ちする気配もなく鸚鵡返し、更には意外なことを口にした。

「それは、互いの力を利用すると言うよりは力を合わせて支え合った、と言う事じゃありませんか?」

「支え合うだ?」

 陸王は皮肉げに吹き出す。

「そんな甘い考えじゃねぇだろう、お互いにな」

「人が美談にしようとしているのに」

 紫雲が呆れて言うと、陸王は、はっと短く息を吐き出した。

「美談にするな。薄気味悪い。俺とお前は互いに利用し合ったってのが事実だ。純粋に手を貸したのは雷韋だけだろう」

「……どうしてもそういうことにしたければ、そうしてください」

 呆れて紫雲は肩を竦めて言ったが、陸王は鼻を鳴らしただけで、特に気にする様子も見せなかった。

 もう一度、紫雲は大きな溜息をついた。

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