第七九話 心の闇
レイザスの村には暗いうちに着いたが、宿に戻ると、二階の部屋で村長達が陸王達が帰るのを寝ないで待っていた。その中には樸人村長もいる。
皆、玄芭が人食いをしたと聞いていたから、その後どうなったか気にしていたらしいのだ。
当然と言えば当然だが。
何が起こったかは、陸王から説明した。玄芭のこと、愛鈴のこと、そして吸血鬼のこともだ。
その話をしている間、紫雲は一切口を開かなかった。悪魔を召喚したと言う事に触れずにすむようにかも知れない。それを仕方なしと見て、陸王もそのことについては話を濁した。雷韋はどこか不満げに陸王を見、紫雲を見たが、この小さな少年も敢えて悪魔のことには触れずに黙っていた。コリンの村長も悪魔を見たわけではない。何か村人から聞かされているかとも思ったが、それよりも玄芭の狂態に度肝を抜かれた村人達は、そのことと、吸血鬼に取り憑かれたような愛鈴の最期だけ伝えたようだった。
そもそも村人は人が悪魔を召喚できることすら知らない。何故ならあれは、教会の秘技だからだ。知る者しか知らない。あの場に村の司祭もいなかったことで、村人からの目撃談には悪魔についての言及は誰からもなかったようだった。陸王は正直、面倒事にならずにすんだと思う。
だからと言って、殊更、紫雲を庇っているわけではない。出来るなら陸王も紫雲の過去を知りたかったが、それも半ば、面倒なことだとも感じていた。余計な事に首を突っ込んで、面白くない目に遭いたくなかったからだ。
「……と言うわけで、姫さんを助けることは出来なかったが、領主、玄芭は救うことが出来た。辛うじてだがな。だからと言って、安泰なわけじゃねぇ。玄芭が目を醒ますまで、あいつの状態が分からねぇんだ。自分が操られている間のことを覚えているか、覚えていないか、覚えていたとして正気でいられるのか、狂気に堕ちるのか、何もかも分からん」
陸王の言葉に、皆、神妙な顔つきになる。
その様子を一通り眺め遣って、陸王は更に続ける。
「今は玄芭よりも玄史に話を持っていった方がいいと思うんだが、どうだ? あいつはまともでいられているしな。とは言っても、吸血鬼のことを隠していたことは事実だ。あいつなりに考えたんだろうが、結果として、玄芭が領民の一家族まるごと喰らうことになった。その責は玄芭ではなく、玄史にある」
陸王はコリン村の村長を真っ直ぐに見て、言った。
「愛鈴が吸血鬼だと分かっていながら、放置していたんだからな。それでよけりゃ、玄史に話を持っていけ。仮の橋も架かっているらしいからな」
そこまで言って、コリンの村長から視線を外すと一同を見渡した。
皆は難しい顔をしながらも、頷いている。
玄芭が使い物にならないのなら、大臣である玄史と話し合った方がいいと思ったのだろう。陸王もそれを考えたから、玄史と、と言ったのだ。
そこまで黙って聞いていた雷韋が、何を思ったか、急に紫雲のもとまで行くと腕を引いた。
「ちょっと話があんだけど」
そう小声で声をかける。
「なんです?」
「俺の話が聞こえるとみんなの邪魔になるから、ちょっと下行こうぜ」
「ですが……」
渋る様子を見せる紫雲の腕を、雷韋は強引に引っ張った。
「いいから来いってば」
小声での遣り取りだったが、雷韋と紫雲の様子は誰の目にも入る。注目が集まっていることに気付いた雷韋は更に紫雲を強く引っ張って、「俺達、ちょっと下に行ってっから」と皆に言い、紫雲もそこまで言われてしまっては従うほかなかった。
「少し、席を外します」
紫雲が陸王に言うも、「勝手にしろ」と返答が返るだけだった。
村長達も、雷韋と紫雲の様子に不思議そうな顔をしている。それを払拭するように、雷韋は満面の笑みを見せた。
「ちょっとだけ下で話してくんな。あんた達はこれからどうするか決めててくれ」
言って、紫雲と階下に降りる。
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暗い食堂の中に、雷韋が光の球を顕した。
「さて、と」
息を一つ吸い込んで、雷韋は吐き出すのと一緒に紫雲に言葉を投げつけた。
「あんた、俺達に隠してることあんだってな。陸王が言ってたし、俺もそう思ってる」
「隠し事、ですか?」
紫雲は困惑したように口に出した。
「あんだろ、隠し事! 俺だってびっくりしたけどさぁ、なんで修行僧のあんたが召喚術を使えるんだよ。悪魔呼び出してたんじゃんよ。あの時展開してたのは召喚陣だけだった。召喚魔法なら、召喚陣と魔方陣の二つが展開してなきゃおかしいもんな。それに、あんたが使ってたのは神聖語だった。根源語じゃなかったじゃん」
一気に言い募られて、紫雲は渋い顔をするしかなかった。視線も雷韋から外してしまう。
雷韋はそれでも紫雲を見つめていた。
雷韋にしては理路整然とした疑問だった。そこは流石に魔導士だからだろうか。
しかし、紫雲は答えない。それどころか、たった今下りてきたばかりの階段を上っていこうとする。雷韋の存在など無視するように。
が、雷韋はその紫雲の腕を掴まえた。
「待てよ。俺達、仲間だろ? あんたとはまだ会って日も浅いけど、俺はあんたのことはもう仲間だと思ってる。おんなじ四獣だって言ってたじゃんか。なのに、仲間同士で隠しごとか? 寂しいじゃん、そんなの」
言う雷韋の、深い琥珀の瞳がじっと紫雲を見つめる。けれど、紫雲の暗褐色の瞳は雷韋に向けられなかった。ただ、それでも雷韋の手を払おうとはしない。紫雲にも思うところがあるのだろう。でなければ、一方的に拒んで二階に戻ってしまっただろうからだ。
そのまま少し時間が過ぎて、やがて紫雲が雷韋に振り向いた。
「雷韋君、確かに私は召喚術が使えます。過去に色々あって、習いました。ですが、そうなったときのことは思い出したくないんです。話すのは許してください」
真摯な眼差しに、雷韋は言葉を失った。紫雲の瞳には悲しい色があったから。だから雷韋もそれ以上言葉が続けられなかった。それでも、「ごめん」とだけ呟いた。紫雲を傷つけたように感じたからだ。自然と彼の腕を掴んでいた手からも力が抜ける。
紫雲はその手を取って、両手で包み込んだ。
「雷韋君、何も言えずにすみません。今はまだ、思い出したくないことなんです」
「ん。そう言うのは分かる。俺だって、嫌な過去あるし、そう言うのは思い出したくないし。だから、俺の方こそごめんな。あんな、責めるようなこと言っちゃって」
「いいんです。突然、悪魔を召喚して見せておいて、気にするなと言う方が無茶な話なんですから」
紫雲の暗褐色の瞳が、宥めるような色を呈していた。
それを見て、雷韋も言う。
「でもさ、仲間だって思ってるのはほんとだから。最初は妖刀を壊すまでの仲間だと思ってたけど、それでもその時から俺は紫雲のこと仲間だって思ってたからさ、それだけは忘れないでくれ」
「有り難う、雷韋君。いつか心にけじめが付いたなら、話すことがあるかも知れません」
「うん。俺が死んでも紫雲が死んでも、俺達はずっと仲間だかんな」
雷韋の言葉に紫雲は苦笑した。
「縁起でもないことを」
そう言うと、雷韋は「へへ……」と悪戯っぽく笑った。
紫雲は両手で握っていた雷韋の手を離し、少年の頭を撫でながら言う。
「ですが、陸王さんとはどうなんでしょうかね」
「陸王?」
紫雲は真剣な口調で言う。眼差しも真剣だった。
「彼と分かり合うのは難しいと思うんですよ」
「やっぱそれって、陸王が魔族だからか?」
「それはあると思います。彼が魔人であれなんであれ、魔に連なる者というのは確かですから」
「でも、陸王だって好きで魔族に生まれてきたわけじゃないだろ? 俺だって、好きで鬼族最後の鬼になったわけじゃない。それと一緒じゃんか。みんな、選んでその境遇に生まれたわけじゃないだろ?」
「それはそうです。人は、境遇を選べずに生まれてきます。それは分かっているんですが……」
「俺は陸王のこと、大好きだぜ。だって、初めて会ってからずっと見てるけど、人と変わんねぇもん。そりゃ、時々魔族の性に引き摺られることはあるかもしんないけど、そんなの指摘したら陸王だって我に返る。あの人も魔族の性に引き摺られるの、ほんとは凄く嫌なんだ。魔族である自分を嫌悪してるもん」
腕を組んで、一人うんうんと頷いている。
「それは君が対だから、と言う事も関係していると思いますよ?」
紫雲の言葉を聞いて、雷韋は大きく首を振った。
「そんなの関係ねぇや。自分が魔族だって事は、ほんとに嫌ってる。それにあの人は、ちょっとは意地悪なところがあっけど、根はいい人だもん。俺は対じゃなくても陸王のこと、大好きになる自信あるぞ」
「ですが、私と彼は、なんというか……合わないんですよ」
言う口元は自嘲に歪んでいた。
「それ! そんな事、陸王も言ってた。俺の知らないところで、なんかあったんだろ、あんた達」
「それは……私と陸王さんの問題であって、君には関係ありません。気にしないでください」
困り顔で告げる紫雲に、雷韋はこれでもかとばかりに言い募った。組んでいた腕を大きく広げて。




