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第七話 僅かな手がかり

 陸王(りくおう)達から少し距離を取った間合いで、一番最初に声をかけてきたと覚しき若い男が口を開いた。

「あんた達の言い分は分かったが、このまま村に入れるわけにはいかない。調べさせて貰うからな」

 陸王はそれを聞いて、嘆息と共に言った。

「勝手に心ゆくまで調べてくれ。こっちにはやましい事なんざありゃしねぇんだからな」

 その言葉に、若い男は懐から光を反射する何かを取り出した。それを陸王達の方へ向ける。男が手にしているのは鏡だった。光の球の明かりを反射している。

 男は、鏡を突き出すように向けるのではなく、陸王と紫雲(しうん)が映り込むようにしながら鏡を覗き込んでいた。

 当然ながら、その鏡には二人の姿が映り込んでいる。

 男は二人がなんの異常もなく映り込んでいる鏡を確認すると、ほかの者達に頷いて合図を送った。残り三人の顔がほっとしたように見えたのは気のせいか。

 鏡を持った男が、陸王と紫雲のもとへと更に近づいてきた。その顔には警戒心が薄く窺える。

「あんた達は普通の人だな。吸血鬼なら鏡に映るわけがない。司祭様がそう仰っていた」

「吸血鬼ってのは鏡に映らんものなのか」

 陸王が感心した風に口にする。

「それは聞いたことがありますね。確か、寺院で調べ物をしていた時に、吸血鬼に関する書き込みに見た記憶があります」

 男に二人はそれぞれ返した。

 だが二人の姿を鏡で確認したにもかかわらず、男は不安げな表情を完全に崩すことはなかった。

 それを見遣って、陸王が声をかける。

「何かまだあるってのか。何か言いたげだな」

 男は僅かに迷った風を見せたが、陸王と紫雲の二人を交互に見て、言う。

「あんた達、本当に吸血鬼を殺せるのか? あれは魔族なんだろう? ほんの少しの言い伝えにある、魔族の変異種だって。そんなもんを殺せるのか? 村を救ってくれるのか? そんな事が本当に出来るのか?」

 陸王と紫雲は互いに互いを見て、男が言い募った質問には陸王が答えた。

「出来る自信がなけりゃ、こんなところまで来やしねぇよ。ま、俺は金目当てだがな」

「そ、そうか」

 男は一度足下に視線を落として、それをもう一度陸王に向けた。何度か目をしばたたかせて。

「なら、村長に会ってくれ。村の人間が随分と殺された。一緒に来てくれ」

「いいだろう」

 陸王は言い、紫雲はしっかりと頷いてみせた。

 それを受けて、男達の中から一人が走り去っていく。先触れに行ったのだろう。

 陸王達は残った男達に連れられて、村の中へと導かれた。藪に覆われている道を道なりに真っ直ぐに進んでいくと、ぽつぽつと家屋が見え始め、やがて村の中心部付近に辿り着いた。

 夜も更けたというのに、村はまだ寝静まっていなかった。辺りにはいくつも篝火が焚かれ、松明を持った男達が行ったり来たりしている。その様子を、付近の家の中から女達が不安げに見遣っていた。

「村長の家はもう少し奥だ」

 三人中の一人が振り返って前方を指さす。

 村の者達は男達に連れられて村の中を歩いて行く陸王と紫雲を、不安げに、恐れるように、なのに興味深げに眺めていた。

 それから光の球。

 村の者達は、これがどうにも気になるらしい。いらぬ刺激を与えてあまり恐れを引き出すのはよくないと思い、陸王は光の球を空中で握り潰した。

 やがて大きめの一軒家に辿り着いたが、その家の前に初老の男が二人の男に挟まれるように立っているのを見止めた。

「貴方達がお侍と、修行(モンク)僧の方ですな。お侍は日ノ本から渡っていらした?」

「日ノ本以外、どこから侍が来るってんだ」

「そうですな」

 村長は苦笑して言うと、頷きを返してから無言のままに家に入っていった。すると、先触れに行った男が家の中からやって来て、「中へ」と声をかけてきた。

 促されて、二人は村長の家に足を踏み入れる。

 中に入って更に扉を潜ると、村長は既に席に着いていて、陸王達にも席を勧めてきた。そこで紫雲が、「それでは失礼して」と席に着き、倣うように陸王も席に着いた。

 二人の様子を確かめるように見て、村長が口を開く。

「お話は聞かせて貰いました。まずは領主様に話を持っていくとのことですが、それは無駄だろうと思います」

「無駄?」

 陸王は僅かに眉根を寄せて呟いた。

「無駄ってのはどういうこった」

 問うと、村長は残念そうに首を振る。

「私どもも村で初めて人死にが出た時に、異様だと思いました」

 村長が語るには、ある一家が昼近くになっても農作業に出ていないことで、初めて違和感に気付いたのだと言うことだった。村の者が様子を見に行くと、いきなり家の娘に噛み付かれ、家の中にも生気のない家族が呆然としたように突っ立っていた。異常に気付いて村の者が集まったが、一家全員に引っかかれ、噛み付かれ、大変な騒ぎとなったと言う。

 その家族の誰の動きものろのろとしていて、生気も知性さえも感じられなかったらしい。男衆が縄や網を使って取り押さえること自体は、案外簡単に成功した。しかし本当の問題はそれからだった。引っかかれた者はともかく、噛まれた者はその後、あの一家の者のようになっていった。生気を失い、知性もなくしたような姿に。近づけば、引っかかれ、噛み付かれる。

 そのうち、捕まえたその家の幼い息子の首筋に、奇妙な傷があることが判明した。よくよく見ると、二つの小さな穴が開いていたのだ。奇妙な跡だったため村の司祭に相談したところ、まさか吸血鬼に噛まれた痕では、と言う話になった。司祭も詳しくは知らなかったが、魔族の中に血だけを吸う者がいると聞いたことがあるというのだ。その後も、一家と一家に襲われた者とよく似た症状の者が現れた。捕まえて調べてみれば、ことごとく首筋に二つの穴が開いている者と、噛み傷の者があった。噛み傷は、人の口で噛まれた痕だ。その段階になってやっと村人達に吸血鬼の存在が周知されていったが、領主は初めのうちは話を聞く様子を見せたが、やがて謁見にすら現れてこなくなった。まるで興味を引く珍しい話を聞いているうちに、飽きが来たかのように。

 司祭は吸血されて死んだ者や、その犠牲者に噛み付かれた者などは屍食鬼(グール)になると皆に教えてくれた。

 司祭の話によれば、吸血鬼は増えないが、屍食鬼は増え続けるという。吸血鬼に噛まれると、その唾液から毒──この場合、毒は呪いでもある──が体内に流れ込んで生きた屍、屍食鬼になる。屍食鬼を殺すには、頭に杭を打ち込んで頭部を破壊するしかないという事だった。

 吸血鬼の話を持ってきた行商は、その時に村の者から知らされたのだ。司祭により、吸血鬼は一箇所を餌場にすると伝えられたが、一応はほかの村にも注意喚起を促すために行商を使った。実際、屍食鬼の頭部を破壊している場面を行商も見ている。だから行商も、慌てて逃げ帰ったのだ。

 行商に事情は伝えたが、注意喚起にはさほどならなかったようだ。なにしろ、陸王達がいた村でも特に警戒はしていなかったし、吸血鬼が一箇所を餌場にすると伝えられているからだ。

 それ以上に、ほかの村では本心から吸血鬼を信じているかどうかも怪しい。吸血鬼は魔族の中でも極めて少ない種だと言われているからだ。修行僧の紫雲にとっても、吸血鬼のことは分からないことが多いのだ。強烈な魔気を放出するということと、餌場を一定箇所に定めること、鏡に映らないなどが特性として伝えられているのみだった。これまで大陸のあちこちを彷徨(うろつ)いていた陸王も、そんな言い伝えの一部をちらりと耳にしている程度だ。

「そんなわけですから、領主様が相手にしてくれないのも仕方がありません。こうして被害が出ている我々でさえ、未だに信じられない気持ちです。それでも、これだけは言えます。明日の朝には新たな犠牲者が出るという事が。なのに、領主様は動いてはくださらない。派兵を願っても、今では門兵だって笑って済ませるだけで、取り次ぎもしてはくれません」

「なるほどな」

 村長の話を聞いて、陸王は小さく頷いた。

「取り次いでは貰えないかも知れませんが、それでも領主様のところへ行ってくださいますか?」

「行くだけ行ってみるさ。領主と契約した方が金にはなるからな。それで駄目なら、あんたと契約を試みる。その場合、報酬次第でどっちに転ぶか決める。受けるか、受けないかをな」

「有り難うございます」

 卓の上で両手を固く組み、俯きがちにして絞り出すように村長は言った。それから、はっとしたように村長は顔を上げて、問うてきた。

「失礼。まだお名前を伺っていませんでしたな。是非ともお聞かせください。私はレイザス村の村長の樸人(ぼくと)と申します」

 陸王はそこで溜息をつくように長く息を吐き出して、名を名乗る。

玖賀(くが)陸王だ」

「修行僧の貴方は?」

「紫雲と言います。私には金銭を支払う必要はありません。これから、村を廻っている方達と警戒に当たりたいと思います。それが私の使命ですから」

「有り難うございます、紫雲殿」

 村長の言葉に、紫雲は黙って微笑んだだけだった。

 それを横目にして陸王は、

「一応、村を廻ってみるか。誰かに案内──」

 そこまで言った時、急に席を立ち上がって扉の外を振り返った。

「陸王さん、どうかしましたか?」

 紫雲は僅かに声を硬くさせたが、村長は陸王の突然の行動に目を見開くだけだった。

「なんだ、この気配は!?」

 言ったかと思うとそのまま陸王は外へ飛び出して行き、紫雲は陸王を追う寸前に「誰かを寄越してください」とだけ言って、陸王のあとを追っていった。村長は二人の突然の行動に目をしばたたかせたが、すぐに二人を追うようにと男衆に声をかけた。

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