第六七話 処罰
村長達が集まって相談することになった一日目、昼過ぎに最後の村長が集まったあと、陸王達は階下に呼び出された。レイザスのことは樸人からどんなことが起こったのか、ほかの村の村長達には話されていたが、領主のもとでの話は陸王達からでないと正確なところが聞けないからだ。大筋は陸王が話し、そこから漏れたところは紫雲から話され、吸血鬼を殺す段には雷韋からの話もあった。
事の経緯を話したあと三人は二階に戻っていったが、陸王達の話の中で一番の問題になったのは、やはりレイザスを贄に渡したと言う事だった。確かに子供を持つ親なら、誰しもが領主と同じ答えに行き着くかも知れない。
そして伝承では、吸血鬼は餌場を一つところに決めるとある。しかし今回、ルアドの村も襲われた。伝承とは違う。飽くまでも伝承は伝承でしかなく、吸血鬼がそれに縛られるわけではないことが分かった。それから考えれば、レイザスの女子供を襲ったあとも、続けてほかの村まで襲われたかも知れないのだ。そうなっても領主は動かないと予測された。
領主に取ってみれば、姫君の生命さえ助かればそれでよかったのだから。
そのことについて、陸王からは既に話していた。『飼われる』という事は殺されることと同義だと。領主はそれを知らなかったから、娘が生きてさえいてくれればと村を差し出したのだ。吸血鬼の甘言にまんまと踊らされたわけだ。
その事象の上で領主の取った行動をどう見るかという話で、一同は「許されざる罪」と判断した。それも致し方なしだ。
それと同時に、邸の中で贄に出された者達。彼等が誰であったのかの話に及んだ。邸の召使い達は各村から集められた者達だったからだ。しかし今、それを知る術はない。邸から行方不明になった者を捜せば誰がいなくなったか知れたろうが、城門の復旧作業は始まったばかりで、砦への橋がまだ完成していないのだ。誰が贄にされ、誰が生き残っているのか。二四名の生命が失われたことの重大さは相当なものだ。まだ吸血鬼騒ぎで何がどうなったか、各村でも詳しくは知らない者も多い。詳しいことが知れれば、砦の邸へ行かせた家の家族らは不安に苛まれるだろう。今はまだ各村人達に詳しいことは伝えられない。いたずらに不安を煽るだけだからだ。
それでも、誰が行方不明になったのかは調べなければならない。それを知るのは領民の権利だからだ。奉公に出したはいいが、姫君の安全のために吸血鬼の贄にしました、では話にならない。
村の中から奉公に出す者を決めるのは村長の役目だ。だからそんな理由で殺されては、各々の村長達だって堪ったものではない。遺された家族から怨嗟を浴びなければならないのは彼等なのだから。それを話し合っているうちに、中の一人が兵士に確認を取ればいいだろうと発言した。つまり、邸内で行方不明になった者のことなら、同じ邸で働いていた者には分かる。それを兵士を通して聞き出せばいいと。跳ね橋がなくなっただけで、声を張り上げれば届く位置に城門はある。陸王達からの情報で、第一門にも兵士がいたことは分かっている。多少時間がかかっても聞き出せるはずだと。その方法に、村長達は皆、賛同した。有耶無耶になっているよりは、村長だけでも誰がいなくなったか把握しておいた方がいいと言うわけだ。
しかしそこで、その罪をどうあがなわせればよいかという話に戻ってしまう。
領主への罰だ。
何を話し合い、落とし所を見つけても、当然のことながら、領主の存在が浮かび上がる。
追放という案が一番最初に考えられた。犠牲者の遺族にとっては生ぬるい方法だとも思うが、領主の身体に傷をつけられる者がいるだろうかと考えて、それは難しいだろうと判断された。今は怒り狂っている者達も、いずれ今よりは冷静になる日が来る。その時に、果たして暴力で解決することが出来るのかと言えば、答えは否だ。誰もが人を傷つけることを恐れている。領民は農民であって、兵士や傭兵ではない。羊や山羊、鶏を絞めることは出来るが、人に対して暴力は振るえない。振るったことがないからだ。子供同士のちょっとした喧嘩の果ての殴り合いとも違う。殺すための暴力は誰も振るったことはない。
次に被害に遭った村の者に対して、賠償金を求める案。これはおそらく一番の悪手だ。遺族に対して金で家族の死を宥めさせる。そんな手は通用しないだろう。第一、領主のもとにどれだけの金銭の蓄えがあるだろうか。人の生命は金では買えない。もし本当に宥めるとしたら、一人につき高額を用意せねばならないだろう。いくら領地を統べる王様といえども、金は絶対的に不足する。ならば税を免除か? その場合、何年。いや、何十年か? 同時に、税金も止まることになるのかどうか。そもそも、収穫物での税が止まるだけで村人達は納得するだろうか? 硬貨での税も支払いたくなくなるのでは? そうなれば、金品が不足する上に、収穫物の税まで取れないとなったら領主はどうやって生きていかねばならないのだろうか。結局、この案は不可能だという事で落ち着いた。
更に次、不穏当ではあるが、処刑という手も考えられた。おそらく今回の件に関しては、一番妥当な罪への償い方だろう。その為には、領主に罪を認めさせねばならない。同じく処刑に対しても、領民の言うことを素直に受け止めて貰わねばならない。けれども、誰が処刑するのか? 刑を実行するのはどの村の誰なのか? 前述の通り、殺すための暴力を振るった経験は誰にもない。それも処刑する相手は領主だ。今回の件が起きるまでは、良好な関係だった相手だ。先の領主は税の取り立てがきつく、税は取れるだけ取り、税の一部である金銭の要求も強かった。その息子である現領主は、収穫不足の年には税を軽くしてくれたり、それでどうしても村が食っていくのに苦しい場合は、逆に施しをしてくれたりした。どんな難しいことでも、話し合いで折り合ってきたのだ。しっかりと信頼関係が築かれていた。だからこそ、今回の件では逆に裏切られたという感情が強い。それでもだ。処刑は村民には不穏当すぎた。刑を決めるとしても、絞首刑なのか、斬首なのか、もっとほかの方法なのかもなかなか決まらないだろう。
領主の追放であれば、彼が生き残れる確率は高い。領地を追われた先で、どう生きるかは分からないが。もしかしたらある意味、死ぬことよりも苦しいかも知れない。
しかし、これには決定的にそれをさせるわけにはいかない理由もあった。
不可能だ、と声が上がる。
処刑に決めれば、後々後悔するだろう事は村長達には想像がついていた。手を下した者も、直接手を下さず見物していただけの者も、いつか後悔する日が来る。己の主人を手にかけるのだから。きっとそれは何十年も村々に、人々に影を落とすだろう。罪を償わせた者達に対する、必然的な罪と罰だ。皆が一生背負い続ける。代が完全に変わるまでの長い間、人々の心に残り続ける罪悪感だ。自分達が殺したと言う事実はとても重くのし掛かってくるだろう。農民である彼等に、その覚悟はあるだろうか? 村長達は「ない」と答えるしかない。
ただ、どうしても処刑を、と望むのであれば、砦にやっている村人であり、兵士として働く彼等に執行して貰うしかない。
最悪の展開だが。
良好な関係を続けてきた故の怒りと憤り。そして悲しみ。もし先代の領主が同じ事をしたなら、きっとこんなにまで悩むことはなかったろう。もっとあっさりと処罰は決まっていた。現領主と先の領主は存在のあり方からして違っていたのだ。
そんなこともあり、領主一人をどうするかの話で時間が取られたし、村民にもどう説明するかも難しい話だった。
吸血鬼が出たことはどの村でも知られている事実だ。レイザスとルアドの二つの村に被害が出て、ゴザックでは客人である雷韋が襲われている。出た被害がどれほどのものかも伝わっていた。
伝わっていないのは、その先からだ。
吸血鬼が滅ぼされたことは伝えてあるが、吸血鬼を滅ぼした場所はどこか、そこでどんなことが起こったのか、その二つを知らない村が五つある。その二つを正直に伝えることは出来る。だがそうすれば、領主が関係していたことで皆、大きな衝撃を受けるだろう。どんな反応が返ってくるにせよ、よい感情は持つまい。だから動揺するだろう村人達を落ち着かせる必要がある。特に被害が出た村では。レイザスの者には既に伝えてあるが、村長一人で抱えるには荷が重すぎる事態になっている。司祭の助言もあったが、今は皆、感情的だ。冷静になれる者などいない。だからこそ、領主をどうするのかなのだが、答えが出ない。堂々巡りをするだけで時間だけが過ぎていく。
それだけで三日も使った。三日も六人で顔を突き合わせているのに、なんの妙案も出てこない。これはいただけない話だった。
夕方に会議を解散したあと食事をするわけだが、階下にいても二階の大部屋に行っても陸王達と必然的に顔を合わせる。いや、朝晩はこの宿に泊まっている以上、必ず顔を合わせる。同じ部屋で寝起きし、食事も同じように摂っているからだ。昼だけは宿の主人に頼んで、陸王達の分の食事は部屋まで運んで貰っている。しかし、そんなだから村長達と話す機会はいくらでもあった。




