第六六話 報復は
翌朝、陸王達は早めの朝食を摂って、早朝から樸人村長の家へ向かうことにした。昨日から何か進展があったかも知れないからだ。各村との話し合いがあるという事でもあるし、少なくともそのことでほかの村に使いは出しただろう。また、司祭とも向後について、話し合いもしたはずだ。村の責任者は村長だが、何かを決定する際、大抵の場合、その村の司祭が共に考え、助言を与えてくれる。だから、その時の話し合いで色々な話が出ただろうと思うのだ。昨日も陸王達に詰め寄ってきた村の者達もいるのだし。
それに早朝を選んだのにも意味がある。村の者達がまだ家にいる間に、村長宅へ着きたかったからだ。また、昨日の男達のような連中に掴まって、いらぬ騒ぎにしたくなかった。
宿屋から村長の家までそれほど離れているわけではない。少し歩けばすぐにつく。
村長宅について、陸王が扉を叩いた。中から女性の応えがあり、すぐに扉が開く。出てきたのは初老の女で、前掛けを外しながら扉を開けていた。年格好を考えて、彼女は村長の妻だろう。健康的にぽっちゃりした女は陸王達の姿を見て、
「あら、まぁ。村の救世主じゃないの」
大げさすぎるほど驚いたようだ。
その様に陸王は苦笑を浮かべる。
「そんな大層なもんじゃねぇさ。それより、村長はいるか?」
「えぇ。これから食事を摂るところだったの。中へどうぞ」
陸王達を招じて、女は奥に向かって「あなた。お客様よ」と声をかけながら、奥の部屋に入っていく。
陸王達もあとを追うように中へ入っていったが、招き入れられた家の中には食事のいい匂いが漂っていた。部屋の中央に置かれている卓には、二人分の食事が載っている。その食事の匂いだろう。卓の上に並べられているのは、煮豆、塩漬け肉と野菜を煮たもの、スープは粉にした玉蜀黍を水に溶いて煮たものだった。
そんな何の変哲もない農家の朝を眺めていると、奥の部屋から村長がやって来た。
「おお。陸王殿、雷韋殿、紫雲殿。よく来てくださった。食事が済んだら宿に尋ねていこうと思っていました」
「朝飯の邪魔をして悪いな」
陸王が言うと、樸人はとんでもないという風に手を振る。
「いやいや。昨夜、村の者が迷惑をお掛けしたそうで。そのお詫びも兼ねて伺おうと思っていたんです」
「あぁ、まぁ、色々起きたな。だが、んなもんはどうでもいい。村の総意は決まったのか? 昨日の様子じゃ、それはねぇとは思うが」
村長は陸王の言葉に深い溜息をついた。それから妻に食事を片付けるように言う。
「村の総意は決まったと言うべきか、なるようにしかならないと言うべきか」
村長は食事が素早く片付けられていく卓の方へ歩き、陸王達にも席に着くように促した。
全員が席に着き、樸人の妻が邪魔をしないよう奥に引っ込んでから、改めて樸人は陸王達三人の顔を見た。
「村の者は皆、領主様に死んで詫びをして貰おうという話で大体決まっております。異論を挟む者すらいませんでした」
「なら、村の総意としては、領主を殺すことで一致しているんだな。だが、誰がそれをやる。向こうには兵士がいるんだ。それに、跳ね橋は俺が壊しちまったから、渡るに渡れんぞ」
樸人は卓の上で手を組み、俯いた。その表情は何かを堪えているように見えた。怒りを堪えているのか、悲しみを堪えているのか。その両方なのか。
樸人は瞼を閉じて、深く深呼吸すると、顔を上げた。陸王、雷韋、紫雲を順に見つめる。
「陸王殿。貴方が紫雲殿と一緒に初めてこの村に来てくださった夜、貴方は屍食鬼になった幼い子供を殺しましたな。あれは私の娘の子、つまり、孫です」
絞り出すような声に、陸王は一拍置いてから「そうか」とだけ応えた。表情は変わらなかったものの、陸王の周りの空気が変わったようだった。あの時の村長の悲しげな雰囲気を思い出したのだ。慈しむように頬を撫でてもいた。それは孫だったからなのだと、改めて思う。どれだけ悔しく、悲しかっただろうかと。
紫雲も辛そうな顔をする。あの時の子供の死に顔を思い出したのだろう。
そんな陸王と紫雲を雷韋が心細げに交互に見遣った。陸王に対して、一瞬だけ何かを言いかけたが、雷韋は吐息をついてやめた。
陸王は自分を見つめる雷韋に目を遣り、眼差しだけで微かに笑った。次に陸王は村長に真っ直ぐ視線を向けると、言う。
「だったら、あんたも領主を殺したいってわけか。孫が死んだ原因だからな」
「それは……何度も考えました。村の者の気持ちも痛いほど分かる。ですが、領主様を殺しても孫は帰ってこない。これまでに死んだ者は誰一人生き返りません。……そう、司祭様に宥められました」
「だったらどうする。村の連中を大人しくさせることが出来るか?」
陸王の言葉に、樸人は緩く首を振った。
「皆を説得するのは難しいでしょう。ですからそれはひとまず置いて、ほかの村の村長達と話し合おうと思っています。昨日、村の者をやって声をかけておきました。昼過ぎには集まる予定です」
組んだ手元を見つめながら答える。陸王にも雷韋にも紫雲にも、誰にも目は合わせなかった。
「今日中に村人への対応策なりなんなり、出そうか? 領主の罪についても」
陸王が問うと、村長は卓の上で拳を作った。
「分かりません。今日中に様々な問題に答えが出るのかでないのか。村によって態度も変わると思いますから」
そこで雷韋が嘴を突っ込んだ。
「もしさ、なんか俺達に出来ることがあったら言ってくれよな。吸血鬼滅ぼして、それで俺達の役目は終わったけどさ、村の人達が心配なんだ」
雷韋の言葉に、村長は薄い笑みを浮かべて少年を見た。
「有り難う、雷韋殿。でも、これは我々が解決しなければならない問題だ。これ以上、君達に迷惑はかけられないよ」
雷韋はそれに悲しそうな顔を見せたが、陸王は思いきったように立ち上がった。
「俺達は宿に戻る。朝飯を邪魔して悪かったな。報酬の方もなるべく早く用意してくれ」
「それはもう」
言うと、村長も立ち上がり、陸王を先頭にして雷韋と紫雲が出ていくのを送り出してくれた。
今日も天気がいい。雲もほとんどなく、晴天だった。
陸王は空を見上げて、今日も一日暑くなりそうだと思う。
この日を皮切りに、各村長が集まっての会議が三日間に亘り続いた。場所は寝泊まり、飲食の出来る宿屋で行われた。村長達は貸し切り状態で宿に泊まり込んでの会議だ。その間、村の者の多くが宿の前にひしめいた。




