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第六五話 秘密と好奇心

「なるほどな」

 陸王(りくおう)紫雲(しうん)の話を聞き終わり、数度頷いた。自分達を雇って領主を殺させようなどと、随分と都合よく考えたものだと思う。その上でこう言う。

「やはり、殺したいほどには憎まれているな。それも致し方なしだが。領主には領民を護る義務があるんだからな。それを放り出しちまったんじゃしょうがねぇ」

「貴方だったらどう判断しましたか? お金が動くとなれば、請け負いましたか?」

「俺は戦屋(いくさや)だが、人殺しじゃねぇ。馬鹿らしくて、請け負う気にもならんな。そんなに憎くて殺したいなら、自分達でやれと言ったろう」

 そう言って、鼻で笑い飛ばした。陸王とて、雇われ侍で戦場(いくさば)では人を斬り殺す。だからと言って、見境なしに殺して回るわけではない。今回だって、始まりからしてそうだ。人を殺すために村長の樸人と顔を突き合わせたわけではない。吸血鬼を始末するのが目的だ。その為に金を動かした。決して殺しのためだけではない。言うなれば、雷韋が望んだように人助けのためだ。

 それを言うと、紫雲は上体を前傾にして腿に腕を乗せた。

「確かに。それはそうです。吸血鬼を殺すためでしたね」

 床の一点を見つめながらの言葉だった。

「とにかく、事の次第は分かった」

「えぇ。そう言うことです」

「で、だ。俺はお前に聞きたいことが一つある」

 陸王には珍しく、紫雲に向かって真っ直ぐな声が通った。それを訝しく思い、紫雲は顔を上げた。

「なんでしょう?」

「お前、どうして悪魔を使役する言葉を知っている。あれは司教以上にしか使えない強烈な神聖語(リタ)の連なりだ。どうして知っている」

 陸王に真っ直ぐに見られて、紫雲はすっと視線を逸らした。その様は、正に隠し事があると言っている風だ。紫雲は答えなかったが、陸王は待った。何かしらの言葉が返ってくるはずだと考えて。

 やや長い沈黙が流れたが、紫雲は視線を逸らしたままぽつりと言った。

「魔に連なる者だから知っているんですか?」

「俺はガキの頃、魔代語(ロカ)を教えられた。魔術としてではなく、言語として。それさえ知ってりゃ、神聖語のこともよく分かる。逆発音なんだからな。だから分かった。それだけだ」

 その言葉に紫雲は目を瞑り、皮肉な笑みを浮かべた。

「人にはそれぞれ過去というものがあります。貴方もそうでしょう? 過去があって、今の貴方になっている。私も同じです。過去があって、今の私がいる。思い出したくない過去も、知られたくない過去も、貴方と私ならいくらでもあると思うのですが」

「空とぼけるのか」

「思い出したくないんです」

「俺の思い出したくない過去をお前は知っているだろうが。こいつぁ、不公平って言わねぇか?」

「貴方のことは一方的に知らされただけです。私が知りたがったわけじゃない」

 そこで会話はぶつっと途切れ、陸王は面白くなげに舌打ちして紫雲から顔を背けた。紫雲もまだ視線を逸らしているままだった。

 陸王は気分も悪く、不機嫌に上着を脱いで寝台の足下に放ると、靴を脱いでさっさと寝台に潜り込んだ。雷韋と紫雲には背を向ける格好になる。紫雲から小さく「お休みなさい」と声が届くも陸王は無言のままだ。

 実は陸王はもう一つ腹に抱え込んでいるものがあった。陸王が吉宗で殺されそうになったときのことだ。陸王以外の者に吉宗は扱えないが、あの時の紫雲はそれを知らなかった。解呪をしている最中とは言え、目の前で知る者の生命が絶たれようとしていた。何故すぐに解呪をやめて、吸血鬼に向けた神聖魔法(リタナリア)を発動しなかったのか。紫雲は陸王のことは置くとしても、雷韋のことはそれなりに気遣っている。もしあの時、陸王が死んでいたら雷韋も死ぬことになる。実は雷韋のこともどうでもよかったのか、とも思った。陸王が死ねば雷韋も同時に生命を絶たれたも同じなのだから。それほど魔に連なる者が憎かったのか、どうなのか。雷韋諸共死んでも構わなかったのか。

 最後にそれだけが引っかかっていた。

 陸王がそんな事を考えているのを知らない紫雲は、彼自身も寝る準備に入ったようだった。胴着を脱ぐ衣音が小さく部屋に響き、それから影が幾度か陸王の上を通り過ぎる。どうやら、ランプを弄っているようだった。そのせいか、光量が僅かに上がる。朝まで保つように、芯を長くしたのだろう。それから紫雲も寝台に入ったようだった。

 そのあとは、ランプの芯がちりっと燃える微かな音が聞こえたか聞こえなかったかの変化しかない。

 しんとした部屋の中で、時折寝返りを打つのは雷韋だった。紫雲の気配はほとんど感じられない。眠ったのか眠っていないのかすら分からなかった。

 お互いが寝台に入ってから半刻(約一時間)ほどした頃だろうか。これだけ時間が経てば、流石に紫雲も眠っていると思ったが、声をかけてみた。

「おい」

「なんです」

 一拍置く間もなく(いら)えが返ってきた。寝惚けた声でもない。しっかりと覚醒しているものだった。そのことで、眠っていなかったと陸王は知った。

「あの時、どうして俺を見殺しにしようとした」

「あの時?」

「吸血鬼が吉宗で俺の頭を突いたときだ」

「……あぁ」

 今思い出したと言わんばかりに紫雲は声を出した。

「あの時、お前は解呪を優先させるか俺を救うか迷ったと言ったが、あれは嘘だろう。俺が死ねば雷韋も死ぬ。諸共、死にさらせとでも思ったか」

「いくらなんでも、そんな事は思いませんよ」

「なら、何故だ」

 そこで少しの間があった。その間を挟み、紫雲が静かに答える。

「理由は三つありました。一つ目は、本当に当惑していたこと」

 紫雲はあの時、本当に当惑したのだ。魔気を浴びて倒れている人々から魔気を一刻も早く祓わねばならなかったこと。それがあったから、陸王を助けねばと思うのに、詠唱をやめられなかった。魔気は人々を侵食する。あの時、陸王を優先して吸血鬼に向かって神聖魔法を使えばすんだのに、人々を捨てられなかった。本当に当惑して、自分が何をすればいいのか分からなかったのだ。結局、解呪の言葉も止まってしまったくらいだ。

「二つ目は、貴方がやけに落ち着いていたことです」

 陸王は肺を傷つけられて瀕死だった。なのに、陸王の瞳からは強い意志の力が覗えた。あまりにも堂々としたその態度から、何か策があるのかも知れないと思ったのだ。いや、そうであって欲しいと願った。

「三つ目は、貴方が雷韋君を遺して殺されるような人ではないと思ったから」

 自分が死ねば、雷韋も死ぬ。陸王は常にそのことを考えていると思っていた。死の間際にあっても陸王は、決して雷韋を遺して簡単に死ぬことはないだろうとの予想だ。どんな危機的な状況にあっても、陸王は雷韋を護るだろうと考えた。対は自分が死ぬことよりも、半身を遺すことを嫌うと聞いていた。雷韋を思えばこそ、陸王は死なないと思った。確証はなかったものの、あの時、今なら見られるかも知れないと思ったのだ。対の感情、対の絆というものを。正直に言えば、興味があったというのが本音だろう。

 その三点を話して、紫雲は口を噤んだ。

「要するに、興味本位かよ」

 陸王は皮肉な笑いを交えて吐き捨てた。

 紫雲も至って真面目にそれに返す。

「そう言われても仕方がないですね」

「お前とは合わんな」

「合わなくて結構」

 紫雲の言葉に陸王は舌打ちした。

「ああ言えばこう言う」

「性分なもので」

 陸王は怒りを交えた溜息をつき、今度こそ眠るべく目を閉じた。腹の底には憤りがふつふつと湧き上がっていたが、それを無理に抑え込む。合わないのであれば、相手にするだけ、考えることすら無駄なことだと判じたからだ。

 もう一度大きく息をついて、陸王は頭の中にあるごちゃごちゃを意識の外へと放り投げた。


          **********


 二つの松葉杖をついてようやく立ち上がることが出来るが、失血が酷かったため、玄史(げんし)玄芭(げんば)の寝室へ向かうのはやっとのことだった。廊下をゆっくり進む玄史の姿を見つけた巡回の兵が手を貸そうとしたが、玄史はその手を取らなかった。ただ一人で玄芭のもとへ向かいたかったからだ。だから共連れもなく、玄芭の寝室へと辿り着く。

 家令の西良(さいりょう)にも頼らずたった一人で。

 寝室の扉を小さく叩いて、声をかけてから扉を開いた。玄芭の(いら)えを待たずに開いたのは、玄芭が魔気の後遺症で声が出なくなっていると聞いたからだ。

「兄上、失礼します」

 玄史もここまでようやく辿り着いたこともあり、かなり息が上がっていた。

 寝室にはランプの明かりもなく、開いた扉を通して廊下から入ってくる松明の明かりだけで照らされている。

 北枕になるように据えられた天蓋付きの寝台のもとに黒い塊のような影が見えた。

 玄史は何を見ているのか即座に判別できなかったが、影が玄芭を抑え付けている。殺した笑い声を漏らしつつ、何事かを呟いているのだ。

 がらんと松葉杖が倒れる音と共に、玄史は膝から崩れ落ちた。

「なんという……」

 玄史から、絶望の声が漏れた。

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