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第三四話 日暮れ

 陸王(りくおう)は雷韋を閉じ込めた宿をあとにして、村の中央より東にある納屋へ足を向けた。そこに女子供が集められているのだ。丁度、昨夜、レイザス村の者達を集めたように。一度経験していることからも、納屋の中は似たような作りになっていた。と言うより、そう紫雲(しうん)とレイザスの村の者が指示を出したのだろう。

 紫雲が昼間のうちに大方の指示を出して準備をしてくれていたお陰で、陸王自らがここへ来てから出した指示はあまりなかったのだ。ただ昨夜と違うのは、仕切りで区切られている一つ一つの寝床に、不寝番の男を二人ずつ置いたことだ。吸血鬼が現れれば、侵入してくる際、招き入れる言葉を口にする者が必ず出るはずだ。

 今はまだ寝るには時間が早すぎる。陽はとうに暮れていたが、まだ晩課(午後六時)過ぎだ。皆、まだ夕食を摂っている時間だった。

 子供達はここでも変わらず、いつもと違う雰囲気に興奮して落ち着くのを知らないようだ。

 夜中にことが起きれば、また話は変わってくるのだろうが。

 それでも些か大人達は緊張の影を纏っていた。

 当然だろう。近頃、レイザス村で吸血鬼の被害が出ていることを知っているのだから。吸血鬼は一つところに出没する。だから自分達の村には関わりがないと思っていたため、これまではどこか安閑としていられたのだ。だが今は、もう世迷い言と一蹴する勇気は大人の誰一人にも存在しまい。子供の中にさえ、事情を詳しく知って深刻な顔をしている者もいるのだ。

 十三、四にもなれば理解も及ぶようになるだろう。そんな年長の子らがはしゃぐ年少の子供達に精一杯の言葉で、村に何が起きようとしているかを説明していたりしていた。なのに目の前の変化が楽しくて堪らない年少者は、話の半分も聞いていなかったようだ。まず第一に、彼等は落ち着くという事を知らない。それを捕まえて大人しくさせるところから始まるから、効率は酷く悪かった。

 そんな光景を陸王は既視感を持って、納屋の入り口に寄りかかって眺めていた。

 今夜配られた食事は、各自、干し肉二枚と木の杯に入れた豆のスープだった。急遽作り始められた食事だから、これでもないよりはましだ。望む者があれば、普段から食べている堅焼きのパンもあるということだったが、陸王は貰いに行かなかった。あまり腹を満たすと眠気が押し寄せてくる。そうじゃなくとも、昨夜から一睡もしていないのだ。朝になったと思えば牢にぶち込まれ、玄芭(げんば)玄史(げんし)、二人の前に引っ立てられた。彼等と話して時間が要ったが、そのあとすぐにこの村に来たのだ。途中から騎馬を借りて、大慌てで。

 それもこれも、雷韋が村に到着してしまったと紫雲から連絡が入ったからだ。

 全く余計な事をしてくれると思う。

 日暮れに雷韋に対してしっかりと言っておいたから、おそらくは宿で大人しくしているだろう。これでもし窓から抜け出してきた日には、本気で殴ることも辞さない覚悟でいた。

 何よりも大切なものだから、厳しくせざるを得ない。

 陸王はどこか苛々した風にスープを胃に流し込み、底に残った豆を匙で口に掻き込んだ。豆を囓る傍らで、残った干し肉も一気に口に押し込んで咀嚼する。口の中で塩で風味が増した固い干し肉と柔らかく煮込まれた豆が一気に歯の間で潰されてぐちゃぐちゃになったが、胃に入ってしまえば同じことだと味わいもせずにただ咀嚼を続けた。

 その陸王の視線は宿の方を向いている。ここから見えるわけではない。宿のある方向に視線をやっていただけだ。

 雷韋のことを思うと、不安と緊張感、焦燥が湧き上がってくる。

 今すぐにでも雷韋のもとへ行って無事を確認したくなるが、それは堪えた。

 松明を持った男を従えて、六十を数えるという村長がやって来たのが視界の端に入ったからだ。

「陸王さん、ですな? 私はこの村の村長として、領主様から任されている者です」

 陸王は横目に村長を見た。頷きもせずに。雷韋を見つけていなければ、一番に会いに行くつもりでいたが、少年はあっけなく見つかった。納屋も充分整えられている。挨拶は後回しでもいいだろうと思っていたのだ。

 そう思っていた村長が自らやって来た。

「あの少年は見つかりましたかな? 洞の方には異常はなかったとか」

「あぁ、見つけた。今は宿の部屋に閉じ込めてある」

 村長は戸惑ったように手を上げた。

「ここへ連れてきた方がよくはありませんか?」

「いや、ここだと目立ちすぎる。本当に吸血鬼が来るのならな」

 陸王が言うと、村長は不穏な空気を孕んで陸王の横顔を見る。

「今夜、本当に吸血鬼が現れるのでしょうか?」

「可能性はある」

 答える段になって、陸王はようやく村長に顔を向けた。

「可能性」

 渋い声で復唱して、村長は胡麻塩の無精髭の生えた顎に手を当てる。何やら考え込んでしまった風だ。だと言うのに、不穏な空気は彼から消え失せない。

「俺にも、それが嘘か誠かは知れん。ただ、昨夜はレイザスで奴は失態を犯している。ここもレイザスと同様の措置をとった。警戒して近寄らんでくれればいいが」

「この村へ現れる確率はどの程度とお思いで?」

「さて、分からん。現れないということもある。ほかの村にも知らせを走らせたのは、この村と同じく予防線だ」

「では、どこに現れるか分からないと?」

「それは昼間、指揮を執っていた修行(モンク)僧が言ったと思うが。それとも言わなかったか?」

「それは……伺いました。が……」

 言いながら、村長は上目遣いで陸王を見た。人差し指で顎を擦っている。どうにも怪訝そうに。

「お伺いしたいことがあるのですが、日ノ本の方は……つまりその、侍というのは魔気が通じないとか?」

「誰にそんな話を聞いた」

 陸王は微かに目を眇めて問い返した。気持ち的にはなんの感慨もなかったが。

「修行僧様からです」

 村長の言葉に陸王は目を閉じて、小さく息を吐いた。

 もう一度村長を見た陸王の目には僅かな怒りの色があったが、村長は気が付いていないようだった。その証拠に、村長は探るような上目遣いをやめない。

 陸王はもう一度息をついた。溜息を。

「そもそもの人種が違う」

「人種? しかし、日ノ本の人も人間族でしょう」

「日ノ本の者でも、魔気に冒される者と冒されない者がいる。俺は後者だ。それに、同じ人間族でも、大陸の人間族と日ノ本の人間族は違う。発生そのものが違うからな」

「と、言いますと?」

 それに対して陸王は答えてやった。

 陸王のする話を聞いて、村長は驚きに目を大きく見開いた。同じ人間族でも、大陸の者と日ノ本の者では根本から人種が違うのだから。驚かれて当然だった。

 もとより日ノ本は、大陸の三柱(みはしら)が地上から消えたあとに出来た。人間族を作った天慧(てんけい)と言えど、日ノ本を見たことすらないはずだ。その存在すら知らないだろう。日ノ本は、日ノ本の神々が生み出した新しい島国で、世界だ。アルカレディアという世界に属している以上、原初である光竜の支配は及んでいるが、日ノ本は日ノ本の神々が治めている。

 とは言え、大陸と同じように、日ノ本も今や人の世界になっているが。

 特殊な環境下で生まれた日ノ本の人間族が、大陸の人間族と多少なりとも違うのは当たり前だった。発生条件が違うのだから、簡単な話だ。

 とは言っても、陸王が魔人であるために魔気に冒されないだけで、日ノ本の人間族も普通に魔気に冒される。その点だけは黙っておいた。今回の件で、知らないでいいことは伏せておく。

 心の内で、紫雲め余計な事をと思うも、紫雲本人ははいないのだ。風球で文句の一つも伝えてやろうかと思ったが、それも時間の無駄になるような気がしてやめた。

 陸王が大陸の人間族と日ノ本の人間族の違いを村長に語って聞かせると、彼はようやく得心がいったという顔つきになった。

「それで貴方は吸血鬼と相対出来たというわけですか。なるほど」

 村長は数度頷きを見せ、陸王に言った。

 紫雲は去り際、もしこの村に吸血鬼が現れたとしても、魔気の通じない侍がいるから安心しろとでも言ったのだろう。

 実際、紫雲は、「昨夜もレイザスの村で侍は、魔気を撥ね除けて吸血鬼に斬り掛かった。あと少し自分に力があれば、昨夜の段階でけりがついていたはずだ」とも言って去って行ったというのだ。

 紫雲が余計な事を口にしてから去ったのは、村の者、それも一番影響力のある村長を勇気付けるためだったに違いない。それは理解出来るが、やはり勝手な真似はやめろとは言いたかった。

 無駄な労力を使う気になれないから伝えないだけで。

「気は済んだか?」

 ぶっきら棒に言い遣ると、陸王は納屋の中へ視線をやった。

 納屋の中は、子供達だけが太平楽だ。女達は皆、怯えた目付きをしている。さもあらん。吸血鬼がいつやってくるか分からないのだ。今夜現れるかも知れないし、数日後に現れるかも。あるいは現れないかも知れない。不安と安堵が同居して、胸の内では疑いの感情が煮凝っているのだ。その感情が陸王の中に流れ込んでくる。本能だとしても腹立たしかった。

「陸王さん、無礼な口を利いて申し訳ありません。だが村長と言う立場上、私は白黒をはっきりさせたかった。侍とは皆、魔気に当てられないのかということを。それは初めて耳にしたことなので」

「当てられる奴は当てられる。ただ、当てられない奴ってのもいるってこった、稀にな」

「分かりました。貴方に村をお任せします」

「少なくとも、今夜はいてやる。何が起こるとも知れんからな」

「何も起きなければ、明日は別の村へ?」

「と言うより、邪魔な奴がいるんで、厄介払いのあとどうするかはそれから決める」

「あの少年のことですか? 修行僧様も困っていましたが」

「まぁな」

 本音は色々あったが、それをいちいち告げて回る必要性を感じなかったから、陸王は短い返事で済ませた。

 また改めて村長には雷韋も納屋へ連れてくればいいと言われたが、陸王は静かに首を振っただけだった。

「宿に閉じ込めてあると聞きましたが、あのくらいの少年も狙われるのでは? やはりここへ連れてきた方がいいと思いますぞ」

「あいつは宿に閉じ込めておくのが得策だ。それより……」

「は?」

「司祭の姿は見えるが、助祭やなんかはいないのか?」

 レイザスの村では、納屋の入り口近くに司祭と助祭を待機させた。ここでもそうするよう言ったはずだが、中年よりは年かさのある司祭の姿しか見えない。彼が女達を宥めて回っている姿しかないのだ。

 村にもよるが、司祭しかいないところも少なくない。ここでもそうかと思ったから、陸王は尋ねたのだ。助祭でも僧侶はいないよりいた方がいいのだから。

 陸王の質問に、村長が答えた。助祭は二人いるらしく、今は二人とも教会にいると。司祭に何やら用を頼まれたとかで、行っているのだそうだ。

 助祭達が何をしに教会に戻っているのか、陸王にはどうでもいいことだった。僧侶には僧侶の考えがあるのだろうし、それに対して陸王が横から口を挟むべきではないと思えたからだ。

「陸王さん、吸血鬼が現れるとしたら夜半課(やはんか)(午前零時)頃ということでしたね」

「警戒するだろうから、そのくらいの時間にはなるはずだ。昨夜はそうだった」

「それでは私は皆の様子を見て回ってきます」

「俺もその辺を見て回ってくる」

 言って、陸王は匙の入った杯を村長に押しつけて、宿の方へと向かった。

 村長は押しつけられたものに思わず目を落としてから陸王の後ろ姿を見遣って、自分もその場から離れた。

 納屋の中では、まだことの重要性に気付かない子供達が賑々しく走り回っていた。

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