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第二七話 兆し

 村長の言い出しに陸王(りくおう)が無言で頷くと、村長は彩加(さいか)を伴って彼がやって来た方へ歩いて行ってしまった。

 後ろ姿を見送りつつ、陸王は静かすぎる雷韋(らい)に連絡を取ってみようかと思った。

 ところが、

『陸王、陸王、陸王!!』

 いきなり頭の中に雷韋の声が響いた。それどころか、雷韋の方から困惑したような、動転したような気配も伝わってくる。

「なんだ。どうした」

 近くに人がいないことを確認して、陸王はどこか面倒臭げに声を出して返した。

『昨日、なんだよ、あれ!?』

「あ?」

 雷韋の言っていることがさっぱり分からない。主語すらないからだ。

『だからさ、昨日感じた気配。なんだよ、あれ!?』

「気配、ってぇのは吸血鬼の現れたときのことか?」

 当惑しつつも、思い当たる節を聞いてみる。

『知んない! 吸血鬼のことなんか知んない! 俺、精霊が運んできたなんかの凄い気配で意識失っちまったんだ。夜中、ずっとあんたと一緒に納屋の中の様子窺ってたのにさ! 気が付いたら、さっき一時課の鐘が鳴ってたんだよ! 一体全体、昨日、何があったのさ!?』

「待て、どういうことだ。……お前、どこまで覚えてる」

『だから、夜中だよ! えっと、あんたが瞑想してたのまでは覚えてる。してたよな、瞑想』

 雷韋の言うことを頭の中で組み立てるまでもなく、気配というのは吸血鬼が現れたとき感じたあの凍えるような冷たい気配のことを指しているのだと理解した。

 吸血鬼が現れたとき、対峙したときのことを雷韋に説明すると、言葉に詰まっている様子だった。吸血鬼の気配だけで、意識を失ったことに驚きを感じているのだろう。しかし陸王も、まさか気配だけで雷韋の意識が途切れるとは思いもしなかった。あのとき、雷韋からなんの反応もなかったのは、深夜だから眠っているものとばかり思っていたのだ。実際、雷韋は寝る時間は自分で決めるというようなことを言っていた。それが意識を失っていて、一時課の鐘で目が醒めたなどとは。正直、驚きである。常の雷韋からは考えられなかったのだ。一度眠った雷韋を起こすのは大変だ。文字通り、本当に引っ叩いて叩き起こすしかないのだから。

 いや、それよりもだ。この一件では、雷韋は使い物にならないのではないかと思った。今回は運良くか、意識を失っただけですんだ。しかしもし、陸王と雷韋が風球で繋がったままの状態でいたとき陸王に対してあの濃い魔気を放ったとしたら、雷韋は今頃、一体どうなっていただろうか。予測すら不可能だ。

 とにかく、雷韋にとってはとてつもなく危険な相手であるのは確信した。

 始めから危険な相手だとは思っていたが、予想以上だったのだ。

『雷韋。お前はもうこっちの状況は確認しなくていい』

 いきなり心の中から語りかけられて、雷韋から困惑と憤りの二つの感情が流れ込んできた。

『何をむくれている』

『だって、当たり前だろ!? 俺もちゃんと協力出来るようにって風球を作って渡したんだぞ!』

『今回の件、お前には無理だ。精霊が持って行った気配だけで意識失って、一体どう手を貸そうってんだ。分が悪いどころの騒ぎじゃねぇ』

『なんだよ! 俺は役立たずの邪魔者って言いたいのか!?』

『そうだ。お前は間違いなく、俺と紫雲の足を引っ張る。昼間はどこの様子を見ていようが勝手だが、夜はもう二度と状況を探るような真似はするな』

 陸王が冷たく突き放すように思念を吐き出すと、雷韋からは底知れないほどの憤りが伝わってくる。雷韋から言葉はなかったが、怒りで震えるような感情の流入があったのだ。

 と、ブツンと感情の流れが切れた。まるで、猛獣に息の根を止められた獲物の意識のように、ぶっつりと思念が絶えたのだ。

 雷韋が意図的に陸王との流れを切ったのだろう。風球自体の繋がりはあるだろうから復活するのは時間の問題だが、今は放っておくのが得策だと思った。

 おそらくだが、今頃、紫雲(しうん)に泣きついているのではないだろうか。陸王としては面白くない気分だが、雷韋が決めたことなのだから放置することに決めた。そのうち紫雲から連絡が来るだろうと思い、敢えて陸王から紫雲へ思念は飛ばさなかった。

 今、第一に大事なのは、砦からやって来た兵士達のことだ。玄芭が何を思って陸王と紫雲を捕らえに来させたか。陸王と紫雲が村人を惑わせていると聞いたが、何を以てして惑わせたと言うのか。

 昨日、確かに陸王は砦へ行った。行って、玄芭と話をしてみたが、まともに話を聞いてくれなかったのは向こうだ。玄芭は奇術師による集団催眠だと言っていたが、本当にそんなことがあって、そこに陸王と紫雲がつけ込んだとでも思っているのか? だとしても、どこからの情報で兵を動かしたのかが疑問だ。村の者が昨夜のことを玄芭に知らせるわけもない。知らせたところで、村の者に何も得はないのだ。これまで吸血鬼の出現に悩まされてきて、村長が何度も訴えたというのに門前払いまでしているのは向こうなのだから。

 昨日の今日で今の状況というのは、おかしすぎる。

 一体どこから嗅ぎつけたのだ? まるで飢えた野犬のようだと思った。鼻をヒクヒクと蠢かせて、こちらの様子を窺っているようだと。

 陸王が胸のうちで、なんとも言えないもやもやしたものを抱えていると、彩加が慌てたようにこちらに走って来るのに気付いた。青年の顔色は真っ青だ。

「陸王さん、助けてください! 村長が!」

 悪い予感に、陸王はさっと眉根を寄せた。

「村長がどうした」

「陸王さんを庇うようなことを言ったら、兵隊に鞭打たれて! 『お前が煽動者だな』って。『侍と修行(モンク)僧を雇って、今回のことを起こしたんだろう』、そう言われて馬を打つ鞭で寄って(たか)って打たれて! あのままじゃ殺されてしまう!」

「その前に教えろ。村のことを領主に伝えた者がいるな? 誰が昨夜のことを領主に伝えた」

「そ、それは……」

 彩加は急に口ごもった。表情も酷く固く、視線を逸らしてしまう。

 陸王は悟った。領主に伝えたのが目の前にいるこの青年なのだと。駄馬でもこの青年には、騎馬ほどの速力を出すことが出来る。実際に、彩加の能力を目前で見てもいるのだ。

「馬鹿野郎! なんだってそんなことをした」

 陸王は彩加の胸ぐらを掴みあげた。

「村長に言われたんです。今夜も吸血鬼が出たことを伝えてこいって。陸王さんと紫雲さんがいてくれたから、今夜こそ犠牲者が出なかったってことを。でも、吸血鬼はいるんだって。信じて欲しいって、そう伝えて来いって言われて」

 上背のある陸王に掴みあげられて、苦しそうにしながら答える。

「それをお前は領主に直接会って伝えたのか」

「まさか。領主様が村長でもない俺なんかに会ってくださるわけがない。門の歩哨に伝えたんです。そうしたら、領主様にお伝えしてくれるって。歩哨は信じてない様子だったけど、おかしな様子はなかった。俺は戻って村長にそれを報告しただけです。そうしたら、あんな……」

 陸王は憤った風に彩加を掴みあげたまま、容赦なくその場に叩きつけた。

 彩加はどっと地面に叩きつけられて、苦しげな呻き声をあげる。

 さっき村長と彩加が向かったのは村の中心部だ。彩加が駆け戻ってきたのもその方向。陸王は急ぎ走った。

 乗馬鞭はかなり堅い。あんなもので寄って集って殴られたのでは、村長も堪ったものではないだろう。



 朝焼けの中に一〇人程度の人だかりが出来ている。どれも革鎧を着けた兵士だ。数人、鎖帷子の者も混じっている。人だかりの周りにも、疎らに人の姿があった。鞭打ちに加わっていない兵士もいれば、村人もいる。

 人だかりの中心には村長がいるのだろう。陸王が駆け寄っていく間中、何度も何度も風を切るような音が響き、そのたびにくぐもった呻き声が上がっていた。助けを求める悲痛な声も聞こえた。

「何をしていやがる! 馬鹿野郎共が!」

 陸王は大声を出しながら、人だかりを無理矢理掻き分けて中央内側に入り込んだ。

 そこには鞭で叩かれ、露出している部分のほとんどから血を流している村長がいた。さんざ乗馬鞭で殴られて、ミミズ腫れから出血しているのだ。蹲って、頭を庇う手の甲は勿論、指からさえ出血している。服の下は、さぞやミミズ腫れでいっぱいになっていることだろう。少し血の滲んでいる箇所も見受けられたし、匂いも強い。

「おい、だいじょ……」

 陸王が村長の傍らに片膝をついて声をかけようとしたとき、乱暴な声が遮った。

「村人を惑わせている張本人はお前だな」

 声のした方を向くと、鎖帷子を着た兵士が、自分の肩口に乗馬鞭を軽く弾ませるように当てて立っていた。

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