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第二六話 夜が明けて

 東の空が、微かに明るくなってきた。

 まだ空は闇色で星の瞬きもはっきりあるが、今ではあるかなしかの細い月は西の空に沈みつつある。

 太陽も月も、それぞれ昼と夜を照らし出す。

 太陽が上がって半刻経てば一時課(いちじか)(午前六時)で、沈めば晩課(ばんか)(午後六時)だ。晩課の頃になると月が現れ始め、夜中空を照らし出す。沈むのは一時課より前。これは季節に関係なく、昼と夜には同じ時間だけ、太陽と月が昇っては沈むのだ。

 昼と夜は一定している。昼が僅かに長く、夜が僅かに短い。春夏秋冬、昼夜の長さは全く変わらない。

 季節の変わり目は、自然の流れによって知ることになる。

 春にはアイオイの薄紫色の花が咲き、夏には空が真っ青になって太陽が輝きを増し、空気が熱くなる。秋には木の葉が色を変えてカサカサと乾いた音を立てて散り、作物の豊穣をもって季節を感じる。冬には空気が冷たくなり、真っ白な雪が大地を覆って冬となす。

 アルカレディア大陸は広いため、雪が全く降らない地域もあるが、大抵は雪が多かれ少なかれ必ず降る。積もるか積もらないかの差はあれど。

 夜は今暫く続きそうだった。月が沈むのと時同じくして、太陽が昇るからだ。闇色の空に、星々が未だ煌めいている。

 その空を、陸王(りくおう)は納屋の一番奥に腰を下ろして眺めていた。天窓から。

 納屋の扉は開かれているままだ。そこから出入りする者達も少なくない。夜半に騒ぎが起こってから眠れずに今までを過ごしている女達を気遣って、飲み物を差し入れたり、周囲の様子を伝えたりしている者達がいるのだ。

 納屋の中から見える東の空が微かに明るくなった今、もう吸血鬼は来ないだろうと思いつつも、まだ陸王はあのとき感じた冷たい気配に神経を尖らせていた。陸王はこれまで、下級の魔族にしか出会っていない。中位や下位などだ。一度だけ上位に出会(でくわ)したことがある。

 雷韋(らい)と初めて出会ったとき、上位が目の前に現れた。その一度きりで、ほかに上位の魔族と殺り合うのは、今度で二度目だ。しかも今回は上位と言っても、その亜種だ。負ける気はしないが、被害がどれだけになるのか分からない。

 陸王はそれを憂いた。

 既に紫雲(しうん)を始めとする、各村の村長への使者が出ている。次にどの村に吸血鬼が現れるか分からない。ほかの村が襲われる前に、今夜この村で起こった出来事を考えれば、吸血鬼がどこに現れてもおかしくないこと、更には招き入れない限り吸血鬼は建物の中へ入ってこられないことを伝える必要があった。どうやってかは知らないが、吸血鬼は眠っている者を操って建物の中へ招き入れようとするからだ。

 深夜の襲撃でそれが分かったことは僥倖だったが、逆に、その事実がなによりも厄介だった。対策は寝ている者の監視しか出来ないが、それが出来れば吸血鬼には襲われない点は判明してよかったと思う。

 ただし、それをほかの村の者がどう受け取るかだ。特に各村の村長が、村人達にどこまで周知させてくれるか。ほかの村のことと思い疎かにしてしまえば、目も当てられない惨劇を見ることもあろう。

 今現在、吸血鬼がどの村を襲いに行くか分からないが、この領地全ての村が平等に危ういのだ。

 再度この村を襲うか、それとも別の村に標的を移すか。それが分からないうちは陸王も思うように動けなかった。今は一応、この村と契約をしているから動かないが、ほかの村が襲われるようなことになれば、その村にも足を向けなければならないだろう。ただその場合、この村をどうするかだ。陸王と紫雲が別の村に移ったあと、吸血鬼は再度この村に戻るかも知れない。契約をしているのに護れなかったとあれば、契約違反になる。どうにかして、吸血鬼の尻尾を掴みたかった。

 短期決戦。

 そんな言葉が頭に浮かぶ。

 出来るか?

 己に問うてみる。

 吸血鬼の居場所さえ分かれば出来ると思う。

 とは言え、吸血鬼がどこにいるのか、現れるのかも分からなければ、陸王も紫雲も動きようがないのは変わらない。

 今、紫雲はゴザックの村にいるはずだ。

 この村に一番近い村であり、この件が始まったとき、雷韋を置いてきたあの村だ。

 果たして吸血鬼が、夜が明け陽が沈んだあと、あの村を襲うかどうかは分からない。ここから一番近い村だと言うだけで、確証はないのだ。

 それでも対策はしやすいのではないかと思う。陸王達がこのレイザスの村に行ったことを宿の主人は知っているし、この村が襲われたという事実を証明出来る紫雲が向かったのだ。ほかよりは話が通りやすいだろう。第一、陸王達より先に商人という目撃者がいるのだ。ゴザックの村長にもレイザスの現状は知れているはずだろうし、紫雲の説明があればどうすることがよりよいのか村長も判断しやすくなると思った。

 だから紫雲を向かわせたのだ。

 様々を考えれば、一番危機意識を持ちやすい村の筈だから。

 そこは賭けだ。襲われる確率はあるが、確実と言えるほどの決定打があるわけではない。

 隣の村だから狙われやすいというのは、単なる憶測に過ぎないのだ。

 そんな事をつらつらと、陽が昇り沈むように思い浮かべつつ、吸血鬼の気配に神経を尖らせていると、やがて空が白々と明けてきた。月は完全に沈み、太陽が顔を現したのだ。

 司祭と助祭は、昨夜から変わらず納屋に待機している。今、村の教会は無人だ。夜が明けたことで時間を知ることは出来るが、一時課(いちじか)(午前六時)を知らせる鐘が村の中に鳴り響くことはない。

 昨夜、襲撃されてから吸血鬼の気配に気を張っていたが、何事もなく無事過ぎた。

 陸王は納屋から出ようと入り口に向かったが、その際、女や子供達の様子を注意深く窺った。

 身を寄せ合うようにしていた女達の中には、無事に夜が明けたことで気を抜いて横になる者がいたり、納屋から出ていく者もいた。

 夜間は納屋から出ることは禁じていたが、昼間はその限りではない。

 外に出て行く女達の中に混ざるようにして、陸王も外へ出た。

 納屋から出て西の空を眺めると、微かに夜の名残が見えるが、空を見上げれば朝の空気と明るくなった空がはっきりと存在していた。

 なんとか無事に、恐怖の一夜は過ぎ去ったのだ。

 ほっと息をついている陸王に、声をかけてくる者があった。樸人(ぼくと)村長だ。

「陸王殿、昨夜はなんとか無事にやり過ごせました。貴方と紫雲殿のお陰です」

「だが、逃げられちまった。あと少し神聖魔法(リタナリア)が発現していれば人の形になっただろうに。そうすりゃ斬れた」

「それは……」

 村長は言いにくそうにして、最後まで口には出さなかった。

 察した陸王が自分で言う。

「そんな事を言っても詮ないな。もう終わっちまったことだ」

 言いながら、陸王が頭を掻いているときだった。

 若い男が慌てて陸王と村長の方へと駆け寄ってきた。よく見ると、彩加(さいか)だった。陸王を砦まで、森の中を案内してくれた青年だ。

「村長、大変だ! 領主様のところから兵隊が!」

「なんだと? 今頃になって?」

 村長が不機嫌も露わに口にする。

 陸王は村長に静かに声をかけた。

「どうする。吸血鬼相手じゃ、兵卒如きにゃ何も出来んぞ。それでも来てくれたってことで、協力を仰ぐか? 何が出来るとも分からんが」

 陸王と村長の遣り取りを見て、彩加は更に慌てた。両手を大きく広げて言う。

「違うんです! 違うんですよ! 村の者を惑わせている侍と修行(モンク)僧を引き渡せと言ってきてるんです」

「あ? 惑わせる? 俺と紫雲がか」

 怪訝そうに陸王は顔をしかめた。

 何が悲しくて、この村の者達を惑わせなければならないのか。全く陸王には理解不能だった。理解不能だったが、取り敢えず詳しい話を聞いてみようと思う。どうして村人を惑わすなどと言う、頓珍漢なことを言い出したのかと。

「しゃあねぇな。ちと行ってくるか」

 首の後ろを撫でながら足を踏み出そうとしたが、それを村長に引き留められた。

「お待ちください、陸王殿。兵士が来たと言う事は、領主様の命があったからでしょう。しかも話を聞いていれば、言いがかりも甚だしい。私が先に出て、事情を聞いてきます。その上で誤解があるようなら、誤解は解かねばなりません。なので、陸王殿は暫しお待ちを」

 そうまで言われてしまっては、陸王も任せるしかなかった。

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