第一八話 風球の連結
陸王が紫雲の元を去り、男達数人と何やら話し始めているところだったが、紫雲がそこへ横から割り込んだ。
「一応、報告です。雷韋君を無事、城塞都市の宿屋まで送ってきました。それと、雷韋君からこれを貴方にと」
言って、陸王に風球を握らせた。「なんだ、これは」と返ってきたが、紫雲は手短に風球の使い方を伝えて、「試しておいてください」とだけ言ってその場を離れた。今はとても一緒にいる気になれなかったのだ。
そこに突然、雷韋の声が降って湧いた。
『なんだよ、戻っていきなり喧嘩かよ』
驚いて紫雲は思わず辺りを見回したが、雷韋の姿などあるわけがない。
それを悟ったのか、雷韋から再び声が届く。
『慌てんなよ。風球からあんたの頭の中に声飛ばしてんの。あんたも頭ん中で話すだけでこっちに通じるぜ』
雷韋の言葉を理解して、紫雲はほっとしたように溜息をついた。
『雷韋君、こちらの様子を窺っていたんですか?』
雷韋に言われたように、頭の中で言葉を発した。より強く声が聞こえやすくなるかと思い、懐から風球を取り出して握る。
『俺が意識してれば様子が分かるって言っておいたろ?』
『そうですね』と頭の片隅で言葉を発して、こちらの取り分になる金額のことを考え始めた。
領主と交渉して金貨三枚で雇われるなら分かる。だが、ここは村だ。ただの農村でしかない。いくら相手がやりにくいと言っても、陸王と紫雲の力を合わせるなら、意外とあっさり終わるかも知れない。
以前、中位の魔族と遣り合った時は三人がそれぞればらばらになっていたから手間が掛かったが、今は共に立ち向かうのだ。陸王の考えでは、一箇所に被害者になりそうな者達を集めて護ろうというのだから、吸血鬼が現れてもそれほど難しくはないと思えた。上位の魔族なればこそ、急所は人と同じだ。紫雲が縛めている間に、陸王が首でも刎ねてくれればそれで終わる。
ただ、どんな形で現れるか分からない。そこだけが引っかかりを覚えるところだが、現れたのが分かればそれで充分ではないかと思う。神聖語は魔族にとって呪なのだから、動きを止めることくらいは簡単だ。中位と遣り合った時、紫雲が唱える言葉に陸王でさえ動きにくそうにしていたくらいだ。故に、上位でもなんとでもなるのではないかと。上手くいけば、今夜中に終わるかも知れない仕事だ。それに対して、金貨三枚はあまりにもふっかけすぎだと思った。いくら雇われ侍を雇う時の金額が五枚相当とは言え、ここは単なる農村なのだ。借金をしてでも払うと言っているようだが、そこまでさせる必要があるのかどうかは怪しい。陸王のした契約は、あまりにも無理筋だと思う。
『金貨三枚はさ、確かに取り過ぎかも知んない。でも、陸王はもう村と交渉しちまったあとなんだろ? でも、本当に借金までして金貨三枚払えると思うか?』
紫雲の思考がそのまま雷韋に筒抜けになったのか、少年の声変わりもすんでいない声が頭の中に響く。
『人の思考を覗き見するのは品がありませんよ』
咎めるよう意識した。
『しょうがねぇじゃん。俺とあんたはもう繋がっちまってるんだから』
厄介な、と思うも、それも雷韋に筒抜けかも知れないと思って、紫雲は話を戻した。
『もし村の方でお金がどうしても足りないとなったら、その時はどうしますか? 陸王さんのあの調子だと、金目のものを漁って奪っていきそうですが』
『払えないってんならしょうがないさ。俺とあんたの二人で説得しようぜ。無理なもんは無理なんだから諦めろって』
雷韋の口調はどこまでも暢気だった。その顔が思い浮かぶようだ。
雷韋と紫雲が会話をしている間に、陸王が向こうで人を集め始めた。気分的に近寄りたくはないが、村人にまた無茶な要求でもするかも知れないとして、紫雲は集まりに参加することにした。
『なんだろ、陸王。それよか、さっさと風球使えっつの! いつまで経っても繋がれないじゃんか』
『落ち着くまで待つことにしましょう。取り敢えずは集まりに参加しなければ』
紫雲はもやもやを抱えたまま集まりに参加すると、今夜、納屋の中で見張りに立つ者と外で見張りに立つ者を決めるという話がなされていた。
陸王はいきなり紫雲を名指しする。
「お前は外の見張りに立て」
「えぇ……構いませんが」
一方的に決められて面白くはないが、そこには陸王なりの考えがあるのだろうと思い、紫雲は大人しく従うことにした。
「吸血鬼がどうやって納屋に潜り込んでくるのか分からんが、定期的に納屋の周りを見回ってくれ。たった一人の修行僧だからな。外での要はお前になる」
「中はどうなるんです」
紫雲が問うと、
「中の要は俺だ。魔気が発されれば、俺には分かるからな」
陸王はそう答えて、人垣の中から司祭と助祭を見つけて声をかける。
「司祭と助祭も中だ。魔気を食らった者が出れば、すぐに解呪して貰う。解呪は早ければ早いほどいいはずだ。実際、昨夜、紫雲がすぐに解呪した夫婦者はほとんど回復していて、身体に多少の支障は出ているものの、後遺症らしき後遺症は残っていないからな」
陸王は更に続けた。
見張りの男達は二組に分けると。今夜ここでこれから見張りに立つ者と、明日の夜見張りに立つ者の二組に。交互に立たせようという事だ。
昼間は畑仕事をしようが寝ようが構わないが、夕刻になったら必ずここに集まるようにとも付け足した。その上で、陸王は今夜の見張りと明日の見張りとを分け始めた。老若の比率を均一にするようにして。
今夜の見張りに立つ者達が決められて、それぞれの自由意志で納屋の周りを囲み始めた。明日と定められた者達は、暫くその場に集まったままだったが、自分達は明日の見張りだということを仲間内で話し合い、やがてそれぞれが散っていった。
その間にも、女達が用意した夕食が振る舞われ始めていた。先に納屋の中の女子供に。それから今夜の見張りの者達へ、更に後に明日の見張りの者達へと続く。
納屋の中の者達には普通に皿を使った食事が用意されたが、男達には見張り片手に食べやすいようにか、皿ではなく、酒を注ぐ杯の中にスープを入れて配られた。パンも男達には柵状に切った堅焼きパンだった。パンが柵状に切られているから、杯の中に入れてスープを吸わせ易くなっている。
スープはトウモロコシを乾燥させて粉挽きにしたものを煮詰めて塩で味を付けただけの質素なものだったが、これで充分だった。なるべく多く作ろうとしたらしく、納屋から近くの家何軒かで、大鍋を使って作られ持ち寄ってきたものだろうが、まだ中身が残っている鍋も置いてある。
男達はそれぞれ食事を手にして、納屋の側面や裏側などに移動していく。まだ正面に残っている者も多かった。
紫雲も正面に残っているうちの一人だ。
そこに陸王がやってくる。左手には堅焼きパン数本を突っ込んだスープ入りの杯を持ち、右手には風球が握られていた。
「おい」
陸王が声をかけると、紫雲が振り返る。
「この球をどうしろって?」
掌に蒼い風球を遊ばせ、質問をしてくる。
「説明したはずですが?」
素っ気なく対応してくる紫雲に、陸王はうんざりといった顔を向けた。
「聞いちゃいたが、他の事で頭がいっぱいだったんだ。右から入って左へ抜けた」
陸王の言い口に、紫雲は目を瞑って渋面を作ると、溜息を吐き出した。もう一度、風球の扱い方を陸王に説明して聞かせる。その際、紫雲も懐から自分の風球を取り出した。
「雷韋君は今、私の風球からこちらの様子を窺っているはずです。すぐに繋がるでしょう」
陸王は紫雲の説明に従って、雷韋のことを思った。紫雲の言うとおり、こちらの様子を窺っているとなれば、今、何が起こっているのか雷韋に説明する手間も省けるというものだ。
陸王が雷韋のことを思い浮かべた瞬間、頭の中に『捕まえた!』と雷韋の声が響いた。
『待ってたんだぞ、陸王!』
「いきなりでけぇ声出すんじゃねぇ」
言いながら片目を瞑り、右手で耳を押さえた。
『頭ん中に直接話しかけてんだ。耳塞いだって声の大きさは変わんねぇよ』
ぶすくれた雷韋の声が頭の中で響く。それでも急に機嫌を直したように、陸王と紫雲二人へ同時に言葉をかけた。
『それよかさ、陸王と紫雲、二人ともお互いのこと頭に思い浮かべてくれよ』
「どういうことだ」
陸王が問うと、
『二人を繋ぐからだよ。言うとおりにしてくれ』
陸王と紫雲は互いに相手を見、嫌そうな顔をする。その感覚が伝わったのか、また雷韋の声が頭に響いてきた。
『嫌がってないで、さっさとしてくれよ! 三人の意識を全部繋ぐのに必要なんだ。風球を握って集中すれば、相手の様子も分かるし、声も聞こえるようになるから』
雷韋の言葉に、陸王は深く息を吐き出した。紫雲も吐息を零している。
陸王と紫雲は仕方なさげに目と瞑ると、相手のことを頭に思い浮かべた。
途端、『よし!』と雷韋の声が聞こえる。
『陸王と紫雲の風球も繋がったから、これで離れてても一緒に行動してるのと変わらなくなったぞ。俺の方も陸王と繋がって、そっちの様子がもっと分かりやすくなった』
「こんなのでいいのか?」
あまりにもあっけないことだったので、陸王がどこか拍子抜けしたように問うと、
『ちゃんと繋がった。俺とあんた、あんたと紫雲、紫雲と俺。見えないけど、そっちの様子もよく分かる』
雷韋は嬉しそうに答えた。
「見えねぇのに、様子が分かるってのはなんだ」
陸王が再び問うと、雷韋は得意げに返してきた。
風の精霊が風球を伝って、自分にこちらの様子を知らせてくれると。
そう説明する雷韋を敢えて想像しなくても、今、少年がどんな表情をしているのか、勝手に脳裏に浮かんでくる。陸王は脳裏に浮かんだ顔を打ち消して、深く溜息をついてから言った。
「取り敢えず、これで意思の疎通は出来るようになったんだな?」
『そゆこと。あ、でもな、わざわざ口に出して喋んなくても、心に思うだけで声は聞こえてくるからな。一人でぶつぶつ言ってるの、他の人に見られたくないだろ?』
雷韋の言葉に、陸王は渋面を作って頭の中に言葉を思い浮かべた。
『こうか? これでいいか?』
『おう、聞こえる、聞こえる』
『この声は紫雲にも聞こえているのか?』
雷韋に聞きながら、陸王は紫雲を見た。
「今は傍にいるからでしょうか。聞こえてきますよ」
紫雲が言うと、雷韋の声も聞こえてきた。
『うん、紫雲の言うとおり。今は傍にいるから聞こえるけど、離れたりしたら、風球を握って意識を集中させたり、頭の中で相手に――この場合は紫雲な。に、声をかけなきゃ伝わらない。俺も、意識している限りは二人の会話は聞こえるし、様子も分かる』
『今夜から寝ずの番だ。だが、お子様はちゃんと寝とけよ』
『誰がお子様だよ!? 言われなくったって、寝らぃ!』
でも、と不意に雷韋の声が真剣味を帯びる。
『俺は何も出来ないから寝るけど、そんでも暫くは様子窺ってるからな。いつ寝るかは俺の自由だ』
雷韋が真剣に言い募るのを、陸王は鼻で笑った。




