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第一五話 落胆

 太陽が中天に昇るにはまだ早い頃、雷韋(らい)紫雲(しうん)を乗せた馬は城塞都市に着いた。

 城門の辺りでは、人の出入りが激しかった。交易品などを持ち込む商隊などは時間的にいなかったが、代わりに、旅芸人が二組いるのと行き会った。彼等は芝居もすれば、手品をしたり、曲芸もお手の物だ。中には手札を使った占いをする者や、動物に曲芸をさせる者もある。ほかは行商や巡礼者がぞろぞろと行き来している。

 そんな彼等を馬上から見下ろしているのは雷韋だった。

 早朝から馬を走らせ、馬は埃塗(こほりまみ)れになっている。

 小綺麗な様子の芸人達とは対照的だ。

 小柄で軽量な雷韋とは言え、紫雲と二人、人を乗せて駆けさせてきたのだから、馬だって汚れもすれば疲れもする。

 とにかく今は、雷韋の身の安全が第一だった。ここまで何事もなく辿り着けてよかったと紫雲は思う。

 馬から降りて手綱を引き、紫雲は雷韋を伴って人々の入り乱れる城門を抜けた。雷韋は馬の背に乗せたままだ。

 雷韋は一人で馬にまたがることは出来ても、扱うことが出来ない。馬術の心得がないのだ。盗賊組織(ギルド)で習うはずだったが、それより先に魔術の師匠を捜すことになって、大陸に渡ったからだ。

 雷韋の目の高さから、城壁がぐるりと護っている小高い丘の上の城が遠目に目に入った。

「なんか目の高さが違うから、前に通った場所じゃないみたいだ」

 雷韋がぽつりと、馬上から言葉を零す。

「今は騎乗しているから違って見えるでしょうが、降りれば見た事のある風景が広がりますよ」

 紫雲の言うのに雷韋は頷いた。

「なぁ、紫雲さ、俺はこの街で待ってればいいのか? 風球(ふうきゅう)は渡したけど、ほかに俺に出来ることって何かないのかよ」

「ありませんね。君はここで大人しくしていてください」

 大路に馬を引き連れて、紫雲は雷韋を見上げるでもなく落ち着いた声音で返す。

 対して雷韋は、不満ありげに吐息を零した。自分には何も出来ることがないと言われるのは辛い。陸王(りくおう)と紫雲はこれから吸血鬼と相対するというのに、自分一人だけが安全地帯にいることになる。我が儘だとは分かっているが、なんでもいいから手を貸したかった。

「なぁ、紫雲……」

「雷韋君」

 雷韋の言いさしの言葉を遮るように、紫雲が少年を見上げて名を呼んだ。

「え、何?」

「君の気持ちは分かりますが、雷韋君は魔族相手に戦えますか? 吸血鬼は上位魔族の亜種ですよ」

「それは、一応は分かってるけど」

「なら、陸王さんの気持ちを分かってあげてください。私も君のことが心配です」

 言われて雷韋は、しょんぼりと俯いた。

 雷韋の様子に、

「その様子なら、私と陸王さんの気持ち、考えは分かっているようですね。君は陸王さんのためにも、安全なところにいなければならない。それに……」

 そこで言葉を止め、足も止めてしまった。自動的に馬の足まで止まることになる。

 紫雲は雷韋を見上げたまま、言葉を続けた。

「雷韋君は私達の様子を知るために、風球を作ったんじゃないんですか? 風球を持つことによって、私達は雷韋君と繋がれる。言葉を交わすためだけではなく、様子も窺えるんじゃありませんか?」

 やけに優しい声音で語りかけてくる。見上げてくる暗褐色の瞳も優しかった。

 雷韋は優しい声音と瞳に促され、小さく頷いた。

「うん。俺が風球に意識を集中すれば、あんた達の様子は分かるよ。何がどうなってるのか、風の精霊が周りのこと全部伝えてくれる。風球を使うってことは、風の精霊魔法(エレメントア)を使ってることと同じだから」

「ならば、一緒にいるのと変わりないじゃないですか。言葉を交わすことも出来れば、状況も分かる。そうでしょう?」

 雷韋はもう一度頷いた。頷いたが、紫雲の暗褐色の瞳を心細げに琥珀の瞳が見遣る。

「でもさ、風球を使ってる間は風の精霊魔法を使ってるってことだから、ほかの精霊魔法が使えない」

「ですが、根源魔法(マナティア)召喚魔法(サモン)は、精霊魔法と同時に使えるのでしょう?」

「そりゃ、そうだけどさぁ。ほかの系統の魔術なら使えっけどさぁ」

「では君は、遠隔地から参戦してください。その方が私達も安心して戦えます」

 雷韋はがっくりと肩を落としてしまった。

 そんな雷韋を紫雲は苦笑気味に見つめたが、再び歩き出した。宿へ向けて。

 宿はまだどことも決めていないが、大きめの宿にしようと思っていた。人の気配が沢山ある方が、雷韋の気持ちも幾分かは紛れるだろうと思ったからだ。

 街の中心にある、小高い丘の上の城。この街は城塞都市としてもかなり大きい。城壁に守られた城がある中心部に近づけば近づくほど、身分の高い者達が集まるように城壁が築かれている。その周りに都市民が住んで、都市民の居住区を護るようにして更に大きな城壁が囲んでいるのだ。城壁の外には村が点在し、農作物を売りに街までやってくるか、あるいは買い付けに商人達が向かうのだ。農作物を売りにやってくる範囲には、ゴザックやレイザスの村もある。そのほかの村も同様だ。れっきとした領主がいるとは言え、税として穀物や野菜を砦に納めるほかに、硬貨も必要になってくる。硬貨は作物を直接売りに出せば手に入った。村にも現金は必要だ。税の一部として硬貨を納めたり、酒場と道具屋も兼ねている宿屋で売っている食品も、現金で買わなければならない。乳製品や蜂蜜、干し肉などの保存食は村の中で賄っているが、それを買うにも金がいる。街からだって、買い付けにやってくる商人もいるのだ。物々交換ではない。

 そう言った村々から集まった商品が、道の両側に並ぶ様々な店で売られていた。露店に店を出している商人も多い。

 それらを見るともなしに見ながら、雷韋と紫雲は大路を進んでいった。馬術が使えない雷韋は、ただ連れられていくままだが。

 宿はいくらでも目についたが、大路沿いだというのに、さほど大きくない宿が多かった。

 実際にはどこもそれなりの大きさはあったが、雷韋を置いて行くには安心出来そうもなかったのだ。

 すっかりしょげてしまった雷韋に紫雲は時折声をかけてきたが、雷韋としてはそれどころではなかった。風球のお陰で陸王と紫雲と一緒にいるも同然になるが、やはり目の前に二人はいないのだ。それが心細かった。しかし、怖じ気づいたわけではない。一人置いて行かれることが寂しくもあり、物理的に離れているという事実が不安だったのだ。どうしようもなく心許ない。二人と繋がることが出来るのは風球を間に挟まなければならないのが、どうしても辛い。寂しい。

 自分と離れてしまう二人が心配でもあった。

 これから物事がどう動いていくのか、雷韋には分からない。陸王の出方次第とは予想がつくものの、吸血鬼と相対する。その中で自分がどう動けばいいのか、それが分からなかった。

 もしかしたら、陸王は相対するのをやめるかも知れないと、ふと頭に浮かんだ。陸王は慈善事業で動いているわけではない。飽くまでも金のために動いている。陸王を満足させるほどの金額が用意されなければ、陸王は間違いなく身を引く。情けはかけない。

 そのことに対して、雷韋は分かっていてもがっかりするだろうと思う。出来るなら村の人達を自分の代わりに、どうにかして助けて欲しいと思うのだ。ただ、金が動かないなら手を引くという陸王の態度にはがっかりしても、特段軽蔑することはない。軽蔑することはないが、代わりに文句は山のように出るだろう。自分が動けないことが悔しいから、余計だ。

 陸王がもし動かないとなったらその際、紫雲はどうするだろうかと思った。雷韋としては、金にならなくても助けたいと思う。魔族に襲われている人々が確実にいるのだ。雷韋一人では無理だが、例え陸王がいなくとも、紫雲と二人でならどうか? 相手が吸血鬼という亜種であっても、紫雲は修行(モンク)僧だし、雷韋には風の目がある。吸血鬼がどこからやって来てどう動くか、風の精霊の力を借りて見えるかも知れないのだ。

「なぁ、紫雲。もし陸王が手を引いたらどうする?」

 紫雲は雷韋を見上げた。ほんの少し驚いた顔をして。

「陸王の思惑どおりの金が出なかったら、きっとあの人は手を引くよ。でも、俺はそれは嫌だ。人が襲われてるんだ。昨日だって死んだんだだろ? それが分かってて手を引くのは嫌だ」

 雷韋を見つめる紫雲の眼差しが真剣味を帯びた。

「私も放置するのはよくないと思っています。ですが実際のところ、陸王さんに手を引かれてしまっては、私一人でどこまでやれるか分かりません。昨日は勢い、自分一人で、と思ってしまいましたが、下手をすれば返り討ちに遭います」

「陸王がいなくても、俺と組んだらどうだ? 俺には精霊の目がある。吸血鬼の動きを見られるかも知れない。吸血鬼を見つけたら、すぐにあんたに連絡したらそれでどうにかならないかな?」

「私と雷韋君だけであれば、ぎりぎりなんとか。ただし、有利に事は運ばないと思います。陸王さんがいてくれたなら、彼には魔気は通じませんから攻撃を加えることが出来る。きっと、魔気が通じない者がいるという事で吸血鬼は驚くでしょう。それで逃げ出そうとすれば、私が神聖魔法(リタナリア)で縛めることも出来ます。陸王さんにも影響が出るでしょうが、彼はいざとなれば、神聖魔法を無効化することが出来る。それを生かして攻撃に転じることが出来るでしょう」

 ですが、と口調を改める。

「陸王さんがいない場合、攻撃に移る者がいない。最悪、村の人達に手を貸して貰うことになると思います。それが吉と出るか凶と出るかは分かりません」

「じゃあ、俺が根源魔法か召喚魔法でどうにかするしかないなぁ」

「その場合、勝率はどの程度だと思いますか?」

 雷韋は左手の親指を唇に当てて、少し考え込んだ。

「五分五分かなぁ。あんたの言うとおり、ぎりぎりかも知れない。吸血鬼がどう出るのか分からないのに、事前にどう動くかを決めることは出来ないし。その時になってみないと、俺もどんな術をかければいいのか分かんない。三人でなら、きっと余裕を持って倒せると思うけど。やっぱ、陸王次第なんかな。俺と紫雲だけじゃ、心許ないよな」

「それは否めない事実ですね」

 紫雲は雷韋から目を前方に移し、嘆息をついた。

 伝承にあることのいくつかは分かっている。それらをさっ引いて考えても、雷韋と紫雲の二人だけでは心許ない。やはり陸王がいてくれた方が、戦いに安定感が加わると思われた。

 相手取るには、三人で力を合わせた場合の方が勝率も上がるだろう。だが、雷韋を引き摺り込むわけにはいかないのも事実だ。吸血鬼に雷韋の存在が知られればどうなるか。その点、やはり陸王と紫雲なのだろう。雷韋がどこまで手を貸すことが出来るのかも分からないが、それでもなるべく雷韋は奥に閉じ込めておきたい。吸血鬼は上位魔族なのだから、正体が知れないのだ。

 それでも確かなのは、上位魔族に当たるため、急所は人族と同じ点だ。胴を断ったり、心臓を破壊されたり、首を刎ねられれば死ぬ。

 それが唯一の慰めだった。

 そこまで追い詰めることが出来るのなら、勝ったも同然だ。

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