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銀龍伝  作者: 秋月
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第八話:茜色の世界

蒼真(ソウマ)が銀の少女―――(ユエ)から名を託されてから早一週間が過ぎた。

霊峰に認められたことによる恩恵は凄まじいもので今までの必死の生活とは全く異なるものとなった。


月のように断崖絶壁を登れない蒼真の為に誂えられた様な、岩が道なりに続き獣には登れない崖の中腹にある洞穴。

森に入れば、まるで我先にと争わんばかりに次々と姿を現す果実やキノコ、山菜の数々。

今まで見つかりもしなかった清く澄んだ渓流。

そして月と一緒に居られることが今の蒼真にとっては何よりも得難いものだった。





「どうした! だらしないぞ!」


「ちょ…ちょっと待ってくれ」


急な勾配の山道に喘ぐ蒼真を背に、月は疲れなど欠片ほどにも見せずに軽々と駆けていく。

何故このようなことになったのかといえば事は数時間前に遡る―――




『蒼真はまだ、この蒼琉山の頂上には登った事はなかったか?』


『まだ頂上には行ったことはないな…。今までが今までだったし』


『そうか。では向かうぞ』


『はぁっ? どこに?』


『何処に、とは愚問中の愚問だ。今までの話の流れで分かるだろう』


『ってことは―――』


『山頂だ』




―――という成り行きで蒼真と月は蒼琉山の頂上へと向かっているのであった。

片方は意気揚々、もう片方は意気消沈といった正反対の状態ではあるが。


「っ月、ちょ…月! 少し休憩させてくれ!」


蒼真が呼びかけると月は足を止め、クルリと蒼真の方へ向き直って顔を綻ばせた。

振り返り際に靡く銀の髪が日光を受けてキラキラと煌めく。

性格的に髪の手入れなどをしているとも思えないのに、何故あれほど綺麗なのかと頭の隅で考える。


「…? がそんなにおかしいんだ?」


「ふふ…いや、名前を呼んでもらうというのはやはり良いものだな。懐かしい」

「懐かしい?」


蒼真が月に尋ねようとすると、月は身を翻して再び軽快に山道を駆け登り始める。

慌てて蒼真も疲れ切った身体に鞭打って後を追いかけた。






あれから一体どのぐらいの時間が経過しただろうか。

既に月の姿は少し前から見えず、一人で更に急になった最早崖とも言える坂を登るだけだった。

太陽は少しずつ高度を下げてゆき辺りは暗さを増していく。


体力は限界に近い状態だ。

ちょっとでも気を緩めれば足でも踏み外して真下に落下…などもあり得るだろう。

しかし、月がいきなり行こうと言いだしたことなのだ。

きっと何かあるに違いない。

よもや気紛れではないだろうが、前向きに考えていないと挫折しそうな蒼真だった。

息を止め力を振り絞って岩に手をかけて崖を登り切る。

その瞬間、強い風が蒼真を襲った。


「うぉ…ととと」


その勢いの強さに危うくバランスを崩しそうになるところを何とか堪える。

次に襲い来る茜色の光を手で日除けを作って遮りつつ登りきった先を視覚に捉える。

どうやらここが頂上らしく、少し開けた場所で芝が生えており、その中央に一本の大きな樹が雄々しく聳え立っていた。

先に到着しているはずの月を探すべく辺りを見渡す蒼真だが、一通り見渡してもその姿は見当たらない。


「おーい、月ー? いないのかー?」


とりあえず名前を呼んでみる。

するとガサガサと上の方で何かが動く音がしてきた。

つられて視線を上に向けるともう見慣れた銀の髪と共に腕を振る月が目に映る。

その指がクイクイと曲げられる。

おそらくこっちに来い、ということなのだろう。

やれやれと息をついて樹の凹凸を利用してそれなりの大きさの樹を登る。

天辺まで登った蒼真を見て月は嬉しそうにはにかんだ。


「最後まで登りきったのだな。感心感心」


まるで子供を褒めるように月は蒼真の頭を優しく撫でる。

嫌悪感などはあるはずもなく、むしろ幼い頃に母親に撫でられたように安堵と満足感を覚えた。


「…山頂まで行こう、なんて言い出したのはこの為か?」


「そうだ。手間や徒労を嫌う愚かなヒトには決して見る事の出来ない世界の宝だ」


蒼真と月の目の前に広がるのは、今まさに地平線の先に沈もうとしている茜色の日輪。

それが照らすのは自然、小さく見える村、視界の全てに広がるこの世界だ。

こんな光景が拝めるのは世界中を巡り巡ってもこの場所以外にはないだろう。


「綺麗、だな」


それはこの景色にだけ向けて言ったものではない。

蒼真の隣に佇む一人の少女、月―――夕焼けの光を受けて髪が炎のように揺らめく幽玄さは綺麗としか言い表しようがなかった。

月は何も言わず、ただ沈みゆく陽に見入ったままだ。


何故、彼女はこんなところに独りで暮らしているのだろうか。

月ほどの美少女ならば世界中の誰もが放ってはおかないだろう。

なのに彼女は自分が来るまではこの山で孤独に身を染めていた。

ヒトの侵入を頑なに拒む、この霊峰で。


「月は、何でこの山に独りで住んでいたんだ?」


思わず、心の中の疑問を口にしてしまっていた。

一瞬、月は目を細めたが夕日を見つめたまま動かない。

沈黙の時間。

長く長く感じられたその間も、やがて月によって破られた。


「閉じきられた故郷が嫌で飛び出して、外の世界に跋扈していた愚かな魑魅魍魎に絶望してここに来た。ただそれだけだ」


月が言う故郷が何処なのかは分からないが、愚かな魑魅魍魎とは十中八九『ヒト』のことだろう。

何故彼女がそこまでヒトという存在を否定するのか。

また口にしそうになった疑問を何とか押し込めて、蒼真は別の言葉を絞り出す。


「じゃあ、何故俺と一緒に居てくれるんだ?」


口にした言葉に月は蒼真の方へと顔を向け、キョトンとしていた。

少しの間だったが月に反応がないので蒼真は何か変なことでも聞いたのかと焦りの色を浮かべる。

だが、次の瞬間に月はクックと笑いだした。


「な、何か変なことでもいったか?」


「フフ…いや、そうじゃない。確かにお前はヒトではあるが、私の嫌う種ではなかっただけだ。前にもそういっただろう? 私はお前を認めている。だから共に在るのだ。それに―――」


月が言葉を途切らせ、既にその身の半分以上を地平線に沈めた夕日を一瞥して、樹の上から飛び降りる。

反射的に蒼真も目で後を追うように樹の上から乗り出した。

月は振り返らずにもと来た道を進んでいく。


「お前は彼―――いや、私の昔の友にどこか似ているからな。一緒にいて楽しいんだ」


崖の一歩手前で月は足を止める。

照れ臭いらしく耳まで真っ赤だが、蒼真の方に振り返る事はない。

樹の上に居る蒼真と崖の手前にいる月の二人の間を風が通り抜けてゆく。

その瞬間、世界を照らしていた日輪は完全にその姿を消し去った。


「さ、さぁ! そろそろ戻るぞ! 帰りは飛ばすからな!」


「あ、おい!」


蒼真の静止の意を込めた声も無視し、月は崖から飛び降りた。

端から見れば自殺の様な行為だが月の身軽さならば問題はない。


月の自由奔放さに呆れつつ蒼真も樹の上から下り、早足で帰路につく。

途中、月の言った言葉を反芻し、月がヒトを嫌う理由などについてあれこれ憶測を立てているうちに盛大に転んだ事は月には内緒な蒼真だった。

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