第五話:不屈の決意
彼女が予め用意しておいてくれた蔦を使って慎重に崖下へと降りてゆく。
幾ら怪我は完治したとは言っても病み上がりも同然だ。
無理をしてまた倒れでもしたら今度こそ自分の命はないだろう。
彼女は言ったのだ。
『私に救いの手を伸ばすことは許さない。例え伸ばそうとも私はその手を掴まない。自力で住む場所を作り、自力で食糧を確保し、自力で身を護る。頼れるのは己が身一つだ』
自分は決して彼女に救いを期待してはならない。
そのようなことをしてしまえば、自分に負けてしまったことになる。
そんな自分を彼女は決して認めてくれる事はないだろう。
それ以前に命絶え果てることになりそうだが。
あと2~3メートルといった高さまで降りてくると、蒼真は一端降りるのを止め、前以て胸元に入れておいた包みから黒い鞘の中脇差を取り出し、蔦に切れ込みを入れる。
案の定、丈夫だった筈の蔦は途端にミチミチと嫌な音を奏で出し始める。
そこから蒼真は蔦を手放して宙へと身を投げ、スタンと何事もないように着地する。
「さて、と……」
取りだした中脇差を懐へと戻し、自分が降りてきた蔦に手をかけて力を込めて引っ張る。
すると、切れ込みを入れた蔦は容易くブツリとそこから千切れ脚元へと落ちた。
何故こんな事をするのかと言えば理由は簡単だ。
この蔦が残っている状態だと彼女に助けを求めてしまうかもしれない。
そんな考えが脳裏を過ったからだ。
だからこそ蒼真は少女に決して頼ることのないように、逃げ場をなくす『背水の陣』を敷いた。
「まずは水、次に食料と住む場所、だな」
彼女は毎日様々な食料を採ってきてくれていた。
その種類はと言えば、魚や木の実、キノコ、山菜と豊富でこの山にそれだけの食料があるという事を示していた。
また水も、今まで飲んだことのあるものとは全く違う、澄み切った美味しいものだった。
彼女が山の外にまで食料や水を採りに行っているのならば話は変わってくるのだが、可能性としては明らかにこの山にあるという説が有力だ。
ならばまずはそれらが採れる場所を見つけよう。
そう決心した蒼真は崖の上を一瞥すると、すぐさま心を切り替えて探索へと向かうのだった。
***
蒼真が洞窟を発ってからすぐに少女は気配を消し、後を追っていた。
先に崖下へと軽快に飛び降りていき、あっという間に降りきると近くの手ごろな木の上に身を忍ばせる。
音もなく静かに蒼真の餞別と掛けておいた蔦の方へと眼を向けると、既に崖を降りている最中だった。
暫く眺め続けていると、途中蒼真が懐から一本の刃物を取り出し何かをしているのが見える。
何をしているかと思いつつも視線を逸らさずにいると、蒼真は蔦を手放して飛び降り、無事に着地したかと思えば今度は蔦を引っ張り始める。
何の抵抗もなく蔦が切れる様を見て、ようやく先程何をしていたのかを理解する。
「敢えて退路を断つことによって、蔦と共に己の甘えをも断ち切る…か」
全く以て不思議かつ奇妙なヒトだ。
普通ならば万が一のことを考えて退路を残しておくことを考えるはずだろうに。
もとより後々蔦を切っておくつもりだったのだが、蒼真の予想外の行動に思わず笑みを零してしまう。
蒼真が何やら呟いてから森の奥へと入っていくのを確認してから少女もそれに続いた。
***
探索を始めてから結構な時間が経過し、蒼真は若干の焦りを覚えていた。
相当な距離を歩いたはずなのに未だ動物や川、山菜はおろか木の実の一つさえも見つかっていない。
いや、正確にいえば動物などは偶に見かけるのだが、その全てが蒼真より大きな動物ばかりでとても手出しできるものではなかったのだ。
精神的に追い詰められている感覚を肌で感じながらも、蒼真は少女の言っていた事を思い出す。
山に認められなければ住む事はおろか、一つの木の実さえも見つからないだろう、と。
苦笑するしかなかった。
生まれた時から周りに認められていた自分が、たった一つの山にさえ認められていないのだ。
だからといって、理不尽なことだと憤ったりなどはしない。
それどころか清々しいほどに気持ちはスッキリしている。
ここでの自分は何の肩書もない一人の『蒼真』というヒトとして存在している。
自然は自分を特別扱いなどせず、世界と言う名の大きな奔流に流れる無数の葉の内の一枚として、自分を見てくれている。
そう思うと、無性に嬉しさとやる気が込み上げてくる。
「成せば成る。成さねば成らない。ならばやるしか道はない…ってか」
何も見つからなければ自分が死ぬだけだ。
自分が死のうとも世界は何一つ変わらずにゆっくりとその時を進めていく。
それほどまでにちっぽけな自分と言う存在。
それに比べて、同じヒトでありながらも大きく輝いている存在を自分は知っている。
自分よりも小さいその存在を、自分よりも大きく華麗に見せる銀色の少女を。
「絶対に…諦めないからな!」
彼女の隣に立っていたい―――そんな想いが蒼真の心を奮い立たているのだった。