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銀龍伝  作者: 秋月
3/12

第二話:銀の舞姫

『探せ! 一刻も早く探し出すのだ!』


切羽詰ったような、焦っているかのような叫び声が聞こえる。

頻りに大声で喚き合う人々の声が聞こえる。

そんな中、人々の目を掻い潜るかのように二つの黒い影が裏道を進む。

やがて影は足を止め、静かに息を潜めて人が通り過ぎるのを待った。

何かを探している者たちは暫く辺りを見渡したが、何も見当たらないことを確認すると別のほうへと走っていった。

二つの影のうち、一つが動いたかとおもうと何かを話しているようだ。

顔こそ見えないものの、低い声を発していてもう一つの影より大きな影の方が男だろう。

もう一つの小さな影は無言のままだった。

微かに聞こえてきた言葉では一体どのような状況下認識できない。


『…て…までも、逃げ……くれ。いつか、いつ……ず。俺は君を……す。そして、………ろう』


言い終えた男らしき影は布のような物を持って走り出した。

残された影が何かしらの動きを見せたが、直ぐに動きは止まる。

そして影は光に包まれ―――そこで映像は途絶えた。




   ***




何処からともなく聞こえてきた甲高く響く鳥の鳴き声で青年は目覚めた。

真っ先に目に飛び込んできたのは真っ黒な何か。

それも直ぐに天井だということに気がついた。


「ここは…………っ! つぅっ!」


寝ていた身体を起こし、周囲を見渡そうとしたところで頭と脇腹に強い痛みを感じた。


「……そうだ、俺……確かあいつ等に……」


そうしてすぐさま傷を負ったところを見る。

頭は見ることが出来ないので、当然目線は自分の脇腹へ。

傷口には見た事もない葉が当てられており、その葉を固定するように蔦でぐるぐる巻きにされている。

先程から感じた圧迫感の原因はこれだった。

おそらく頭も同様にぐるぐると巻かれているのだろう。


「……一体、誰が」


自分を追っていた奴等ではないことは確かだ。

そうすると一体誰なのだろうか。

あの時、瀕死の自分を追っ手から救い出し、手当てまでしてくれた存在は。

今自分がいるのはどこかの洞窟の中らしい。

着ていた服が雫を垂らしながら干されているところを見ると手当てされてからまだそう時間は経っていない。


「何処かへ出かけているのか」


軋む身体に鞭を打ってゆっくりと立ち上がる。

葉に薬でも塗ってあるのか、もしくは痛み止めの効能でもあるのか、幸いな事に無理をしない分には十分動ける状態だった。

自分が寝かされていた場所より更に奥の方に目をやってみれば、どこか見覚えのある色の服が壁に掛けられている。

その形や色に多少後ろ髪をひかれながらも外へと向かう。

外から入ってくる光を頼りに、壁伝いに外へ出ると、時は既に夜中。

大きく綺麗な光を放つ月が真上までに昇っていた。


「夜……か。ここは山の中、みたいだな」


自分が出てきた洞窟はどうやら山の斜面―――というかほぼ崖に近いような場所にあった。

洞窟の入り口から半径一メートル程までは平坦なのだが、その先はまさに断崖絶壁とでも言うくらいの坂だ。

カモシカなどが専ら通るような道のりは、人間にはとてもじゃないが上る事は叶わない。

だが、そこから見える景色は絶景だった。

月明かりの元に広大に広がる樹海は、さながら月夜の海のように深く暗い。

まさに自然だけが生み出す天然の美だろう。

この青年はそういったものが嫌いではなかった。


「俺の国でも、こんな景色は流石になかったな。綺麗だ……」


そうして目を瞑って耳を澄ます。

聞こえてくるのは木々が風でそよぐ音、狼か何かの遠吠え、虫の鳴き声。

そして、バサッバサッといった何かが羽ばたく音。

それは案外、自分の近くに感じた。


「なんだか嫌に大きく聞こえるな。辺りが静かだからか……ん」


ゆっくりと目を開けて上を見る。

次の瞬間、青年の顔が引きつったのは言うまでもなかった。




   ***




一方、青年が目覚める少し前。

少女は月光に映える美しい銀色の髪を揺らしながら山の至る所を跳び回っていた。

目的は食べ物と治療用の薬草集めだ。

まるで羽でも生えているかのように軽やかに少女は木々の間を潜り抜けてゆく。

河辺に下りては魚や水辺に群生する薬草を採取し、所々の樹や樹の根元に下り立っては木の実や山菜、果ては小さな獣をも狩る。

やがて持ってきた袋がパンパンに膨れ上がる頃、少女は再び河辺に下り立った。

近くに生えていた大きく分厚い葉を器用に折って即席の葉のコップを作り上げる。

コップで目の前を流れる清流の水を掬い、動き回って渇いた喉を潤した。

一気に飲み終えると葉のコップを河に流し、口元を拭った。


「ふぅ……流石に二人分プラス薬草は結構な量になるな」


ぼやきつつも河辺にせり出した大きな岩に袋を放り投げ、自分もその岩に腰を下ろした。

そのまま顔を下に向けるとボンヤリではあるが水面に映る月が見える。

水面に映る月の傍には、いささか無表情な自分の顔も映っていた。

ふと洞窟に寝かしてきた若者の顔を思い出す。


「……何故、私はあんな奴を助けてしまったのだろうな」


信じられない存在であるのに、あんなにも嫌っていたはずなのに。

何故か、気づいた時にはあの若者を助けてしまっていた。彼を傷付けるものを排除していた。

そんな自分の行動の元になったものとは何だったのだろうか。

水面を見続けているといつのまにか自分の顔ではなく、若者の顔が浮かんできた。

少女は「ああ」と呟き悟った。


「私も女々しくなったものだ。あいつの髪が、目が、顔つきが……全てがあの人に……」


近くにあった石を手で河に映る顔に向かって投げると音と波紋を立てて石は沈み、顔は消えた。

自嘲気味な笑みを浮かべ、少女は立ち上がって袋を担いだ。


「今回の事は只の気まぐれ。そう、気まぐれだ。そこになんら特別な意味も理由もない。只なんとなく助けた。それだけだ」


傷が治ればそれまでだ。

それ以上人間と干渉する気もない。さっさとこの山からご退場願おう。

頭に色んな事を巡らせながらも少女は再び宙に跳んだ。

木々の枝から枝へ軽々と飛び移っていくとすぐさま洞窟のある崖の下にまで辿り着いた。

少女が上を見上げると何やら叫び声と鳥の鳴き声が聞こえる。

やれやれといった感じで少女は小さく溜息をついた。


「怪我をしているくせに、何をやっているんだか」


呆れ顔になりつつも崖の小さな取っ掛かりを足場にカモシカのように軽やかに登っていき、洞窟の直ぐ下まで来たかと思うと、少女は担いでいた袋を思い切り空へと放り上げた。




   ***




「だあああ! こっち来るな!」


迫り来る爪から逃れるために必死で近くの石を投げつけるも、いとも簡単に弾かれる。

先程聞こえてきた大きな羽音の正体はこの体長4メートルはあろうかという巨大な梟だった。

そいつは俺の事を餌にでもするつもりなのか、執拗に鋭い爪で攻撃を続けてくる。


「こんなとこで、鳥の腹に収まってたまるか! くらえ…っつ!」


もう一度、今度は今まで投げつけていた石よりも大きめのものを持ち上げたところで脇腹に痛みが走る。

手に持っていた石は地に落ち、青年はひざを突いて蹲る。

獲物が弱ったのを好機と見、て梟の鋭利な爪が青年へと迫る。

その時―――


―――ブワッ

何か黒い影が青年と梟の間を遮るように真上に飛んでいく。

あと一歩で獲物にありつけたところだった梟は、それを邪魔した黒い影を睨みつけるように目で追う。

だが青年の目は梟の下方で光る何かを視界の端で捉えた。


「下だ馬鹿者」


凛と澄んだ声が聞こえたと同時に梟の腹に銀の閃光のような何かが突き刺さる。

巨大梟の身体はクの字に折れ曲がり、宙高くへと飛ばされていった。

梟を蹴飛ばした光る物体はそのままふわりと青年の前に着地すると、何事もなかったかのように落下してきた黒い物体―――パンパンに膨れ上がった袋をキャッチする。

そこでようやく青年は先程の銀の閃光は彼女であり、梟の腹に突き刺さったのはその細長い脚であったことを悟った。


「全く、怪我人が何をノコノコ外へ出てきている。……まあ、いい。それよりお前、名前は?」


そう問いかけてくるのは、白銀の雪ような髪を持ち、深き蒼の瞳を持つ少女。

背は自分より少し小さめだが女性としては平均より高い位だ。

刀のような凛とした雰囲気を漂わせ、年の頃は自分より一つか二つ下といった感じだった。

色々と呆気に取られている青年に少女は苛立ちを感じたのか声を上げる。


「……名は何だと聞いている」


「あ、ああ」


ハッと我に返り痛む身体に再び鞭を打って立ち上がる。

予測通り、やや自分のほうが背は上だった。


「俺の名前は蒼真(ソウマ)。……君の、名前は?」


名を尋ねると少女はふいっとその蒼の瞳を横に逸らした。


「お前に名乗る名前などない。お前に名前を聞いたのは呼ぶ時不便だからだ」


そのまま少女は蒼真の隣を通って洞窟の中へと入っていってしまった。

少女の素っ気ない態度に、これから大丈夫だろうか……と心の中で溜息をつき、蒼真もその後に続くのだった。

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