第十一話:哀の決意
展開が急すぎやしねえか?
そんな事を自分で考えつつカタカタ打ちます打ちます。
もうひとつの小説はどうしたって?
マンネリ中なんでさぁ……。
霊峰蒼琉山の中を、自然にはそぐわない無粋な爆音が駆け抜ける。
樹上で休んでいた鳥たちはざわめきながら一斉に飛び立ち、獣たちは本能の赴くままに逃げ出す。
群れたヒトの雄が織り成す雑音が近づいてくる今、ポツポツと天雫が降り始めていた。
突如の轟音より一瞬早く、月は初動に入っていた。
森に入ってきた複数の異物の気配より放たれた一つの小さな無機物の風斬音を正確に耳で捉え、その軌道を予測しポンと蒼真の胸を押す。
咄嗟の出来事に蒼真は対応しきれずに一歩半後退し、月もまた押した反動で後退する。
次の瞬間、蒼真と月の間を何かが通り抜けてそのまま樹へと減り込んだ。
「チィッ、外したか」
忌々しげな重低音に月は目を細め、蒼真は声の方へと顔を向ける。
視界に捉えられるだけでおよそ15人。
その一人一人が大なり小なりの黒塗りの何かを構えている。
先程の攻撃の主であろう煙を立ち昇らせている黒い塊を持つ男が一人前に出てくる。
「お熱いところ申し訳ないが、お嬢ちゃん。その男を俺たちに渡してくれねえかな? いや別に渡さなくてもいい…ちょっと離れててくれればいいんだ」
飄々とした態度は余裕の表れか、男は警戒する様子もなく軽い足取りで近づいてくる。
月の目が一層細まり表情はより険しくなる。
男は少しずつ変化している月の様子に気づいてはいないが、蒼真はその変化に気付いていた。
何も知らぬまま自然に男は武器を蒼真に向けつつ月に近づき―――
「こいつは世間ではお尋ね者の極悪犯なんだよ。キミもこいつに誘拐でもされたんだろう? ほら、俺たちが町に送って行ってあげるからこっちに―――」
「―――触るな下郎が」
その肩に手を置いた瞬間だった。
月の細い右腕が男の腹に突き刺さり、くの字に身体が折れ曲がった男は悶絶するまでもなく地に倒れ伏した。
「なぁ!?」
「あの餓鬼ぁ、ふざけたことしやがって!」
その光景を見て待機していた男たちが口々に驚きの声と罵声を挙げる。
飛び交う口汚い言葉を一蹴するかの如く月は一睨みと共に凄まじく重い圧力を放つ。
本能に訴えかけるようなそれは有無を言わさず男たちを怯ませる。
「う…撃てぇ!」
一人の男の恐怖心から生み出された攻撃命令は声となって仲間に攻撃を促す。
咄嗟に脳まで届いた命令は恐怖で固まった男たちの身体を動かすには充分なものだった。
次々と男たちは手中にある黒い武器で無骨な音を響かせる。
対して月は無言で右手を前に突き出した。
その瞬間、月と蒼真の1メートル程前に透明な氷の壁が出来上がる。
だがそこで月にとって予想外の出来事が起きてしまった。
「っ!?」
男たちの武器が放った鉛の玉が、月の作りだした氷の壁に大きな罅を入れる。
轟音が響く度に罅の数は増え、次第に大きくなっていく。
「月!」
この事象が引き起こす結末を逸早く察知した蒼真が月の元へと飛び掛かる。
蒼真の声に反応した月は振り返った瞬間に押し倒される形で地に臥せる。
次の瞬間だった。
月の作りだした氷の壁は甲高い音を立てて砕け散り、辺りに無数の欠片となって降り注いだ。
蒼真は月に覆いかぶさり庇う形で地面に臥し、男たちはその光景にシンと静まりかえっている。
が、それも束の間―――
『うおおおおおおおおお!!!』
男たちの狂気の雄叫び。
自分たちの攻撃が相手にも通用する、そう悟った今、先程まで心に燃え盛っていた恐怖の火種はもはや燻りつつあった。
未だ心の何処かに恐怖はあるものの、敵の防御を打ち破ったという単純だが明確な事実がある限り、男たちは最早止まらない。
「月、逃げるぞ!」
狂乱に満ちた雄叫びを聞き取り、危険を感じた蒼真は呆然とする月の手を取り森の中へと走り出す。
当然男たちがそれを見逃すはずもなく雨の様な轟音と罵声を叫びながら逃げる二人の後を追う。
それでも尚、蒼真と月は地の利を活かして幾重にも重なり合う樹木や叢に身を隠しながら走り続けた。
***
雨足が強くなってきた今、蒼真と月は洞窟の近くの岩場に身を隠していた。
男たちの叫び声が聞こえる事からまだそう遠くには行っていないことが窺える。
肩で息をする蒼真の隣で、今まで呆然としていた月がポツリと言葉を漏らした。
「何なのだアレは……私はあのようなモノは見たことがない」
「あれは西洋で造られた遠距離用の武器だ。性能はさっき見た通り。流石の月でもあれを前にすれば手も足も出ない」
自分でも理解できる現実を告げられ、月は悔しそうに唇を噛み締める。
その月に見えないように、蒼真は鈍く痛む足をソッと押さえていた。
街で付けられた傷とこの雨が蒼真の機動力と体力を容赦なく削り取っているのは明らかである。
おそらくこのまま男たちから逃げ切る事はほぼ不可能と言ってもいいだろう。
確実に蒼真が足手纏いとなり、何れは二人とも捕まってしまうことが容易に想像できる。
だが月一人なら逃げ切ることは可能、いやもしかすれば追われることさえないかもしれない。
「(だとすれば………)」
蒼真が思いつくことは唯一つ。
「俺がアイツらを引き付ける。その隙に月は逃げてくれ」
「なっ! まだそんな事を…」
それは誰にでもわかるあまりにも無謀な選択。
「アイツらの狙いは俺だ。俺が姿を現わせば直に俺を追ってくるはず。だったら俺が―――」
「またそれか! 先にもそんな事を言って一人で全ての事を済ませようとしていたではないか! 確かにあやつらが持つ西洋の兵器とやらは強力かも知れんが…私とお前、二人でならばどうにかなるやもしれないではないか!?」
「月……」
「それにお前は言ったではないか、その…私の事がた、たた大切だと…。それに…言ったではないか…『ずっと共に』と」
赤面しながらも想いを込めた言葉を一つずつ紡ぐ月。
しかしながら対照的に少しずつ蒼真の表情は暗くなっていく。
「月、どうしても俺に着いてくる気か」
「愚問だ! 誓いを立てた以上、私はお前と共に在る!」
月の決意は堅かった。
蒼真に向けられた瞳からは決意の堅さが見て取れるほどに真剣だった。
―――その強い覚悟故に、蒼真は胸が締め付けられるような痛みを感じ、目を伏せた。
「そうか……ならば仕方がない」
悲愴が籠った暗い声と同時にドスと鈍器で殴ったような鈍い音がした。
「――――――――――ゲホッ」
月の身体から瞬く間に力という力が抜けてゆく。
どんどん強くなってくる雨の中、未だ状況が把握できていない月の腹に蒼真の拳が突き刺さっていた。
月の華奢な体がグラリと揺れ、前に倒れようとするのを蒼真は肩で受け止める。
「な……ぜ……」
遠くなる意識の中、月は必死の思いで言葉を絞り出す。
対して蒼真は何も言わずに月が気を失ったのを確認すると、その軽い身体を抱き上げ月の洞窟まで移動させる。
月の洞窟は断崖の上方に在る為に気付かれることはないだろうと考えてのことだ。
そしておそらく月は見つかる事はないだろう。
洞窟の奥、漆黒にススキと銀月が彩られた着物の前に月を寝かせ彼女の為に買ってきた着物を傍に置いて立ち上がる。
早く奴らの元に行かなければ此処も見つかってしまうかもしれない。
すぐさま蒼真は踵を返して洞窟の外へと向かう。
途中、一度だけ足を止めて振り返る。
呼吸が整い静かに眠る月の顔を見てまたズキンと胸が、心が痛んだ。
「何故かって? 理由は簡単だ」
そう、それはヒトとして、生物として極々自然なことだ。
「大切だからこそ、だ」
大切なものを護ることに無駄に長い講釈など要りはしない。
揺れ動いていた覚悟はもはや定まった。
後ろ髪惹かれる想いも投げ捨て蒼真は走り出す。
大切な人を護る為に。