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銀龍伝  作者: 秋月
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第九話:迫り来る暗雲

「女性の服を見せてもらってもいいか?」


声をかけると恰幅の良い三十代半ば位の女性は、「贈り物かい?」とにこやかにしながら案内してくれる。

蒼真(ソウマ)が現在いるのは蒼琉山の近郊に位置する町だ。

名前も聞いたことのないような小さな町だったが、世間一般ではお尋ね者とされる蒼真にとってはむしろ都合のいいものである。


今回は顔を隠し、お忍びという形でこの町に世間の情報を聞きつつ、服を買いに来たのだ。

何故服か、といわれると今現在山で駆けまわっているであろう(ユエ)の姿を思い出す。

今まで敢えて口には出さなかったのだが、彼女の服は獣の毛皮で作った胸当てと言うか腰巻というか…その、必要最低限隠さなければならない部分を隠しているだけの天然素材百パーセントである。

後はせいぜい獣の牙の首飾りで着飾っている程度だ。

その姿は若く健全な青少年にはとても目の毒なのである。


案内され一言お礼を述べてから並べられた服に目を向けていく。

郊外の町と言っても品揃えはなかなかによく、見たことのある人気の物もちらほら目につく。

しかし暫く見て回ってみても月に合いそうな服は見当たらなかった。

私的な感情も入っているが彼女自身が凛とした雰囲気を放っているせいか、それに見合う服が見当たらないのだ。


もう暫く見て回り、もう帰ろうかと考えた時にふとある服が蒼真の視界に飛び込んできた。

それは洞窟に飾られていた服によく似た型で、白を基調として撫子色の花が誂えられたものだ。

傍には菖蒲のような綺麗な紫色の帯が添えられている。

少しの間とり憑かれたように見入ってしまったが蒼真は一目見てそれが月に似合うだろうと思い、購入を決意するのだった。



無事に手持ちで服を買えた蒼真はご機嫌だった。

今から月が服を着てくれた姿を想像するだけで嬉しいからである。

もしかしたら断られるかもしれないが、そこは何とか気合で押し通そうと勝手に画策してたりもする。


しかし一方で蒼真は自身の後方に意識を集中していた。

どうも店を出たあたりから誰かに見られているような感じがしてならないのだ。

それも一つではなく複数の視線が自分に集中しているような節さえある。

そのため、気付かれないように道端に開かれている露店の品物を見るフリをしつつ自分の周囲全体を確認する。

こういったことは最早手慣れたもので、今まで幾度となくこのような事態にも直面してきた。

しかし今回は今までとは少しばかり違うようだった。


(……1、2、3、4、5、まだまだいるな。囲まれてはいない。このまま後をつけるつもりか…)


今までは賞金目当ての三流、二流程度の賊ばかりだったが、所詮は烏合の衆も同然だったので適当にあしらってきた。

だが今回の追手は統制のとれた纏まった集団のように思える。

おそらく気配を感じ取れないだけでまだ仲間はいるのだろう。


「(どうする…普通に逃げれば捕まるのは目に見えている。かといって…)」


悩みはしたものの蒼真は既に策は浮かんでいた。

ただそれを実行してしまえば最悪月にも迷惑が及んでしまうかもしれない。

眼中にすら入っていない露店の商品を眺めつつ蒼真は必死で思考を回転させる。

しかし連中は待ってくれないようで、どうやら動き出したようだ。

じりじりと迫ってくる圧迫感の中、蒼真は仕方なく覚悟を決めた。


「(森まで惹きつけて、月に気付かれないうちに各個撃破。出来る出来ないじゃなく、やるしかない)」


蒼真は腰を屈め大きく膝を曲げる。

気付かれたと悟った黒服の追手たちは一気に速度を上げて駆けだしたが一足遅い。

蒼真は跳躍し、民家の雨樋などの僅かな足場を駆使して屋根へと駆け上がった。




   ***



「暇だな……」


ほのぼのとした欠伸をしつつ月は岩の上で脚をブラブラと揺する。

今日は蒼真が朝から一人で出かけているのでお留守番……ではなく、朝蒼真の洞窟に行ってみれば既にもぬけの殻と化しており、壁に一言『ちょっと出かけてくる』と丁寧に書いてあるだけだった。

自分を連れていかないという事は大方近くのヒトの集落にでも行ったのだろうとあたりを付け、蒼真以外の人には会いたくない故に今の状況に至る。


「まったく…蒼真も何故わざわざヒトの居る場所などに。私が退屈になるではないか」


不満げにぶつぶつと文句を垂らしながら時折足で枝を挟んではぶら下がってみる。

こんな事をしても退屈が紛れるわけではないのだが他にすることがないのだから仕方もない。

視線を蒼真が行ったであろうヒトの集落の方へと向け続け、ふと月は思った。


「―――私は、何故こんなにも退屈さを感じているのだ?」


私は今まで一人だった。

しかし退屈といった感情を感じることは無く、虚無感や無常感しか覚えなかった。

それがどうだろうか。

蒼真が来てからというもの、私はいつの間にか無意識に蒼真を目で追うようになっていた。

蒼真と一緒に居ると寂しさを感じる事はなくむしろ安心できた。


それは私が蒼真を見て懐かしさを覚えているからなのだろうか?

容姿の似た蒼真を()の姿に重ねて心の隙間を埋めているのか?


「だとすれば、私は最低だ」


今更になって自分の気持ちが分からなくなってしまった。

今の私が本当に大切だと思っているのは、本当に欲しているのは何なのだろうか。

遥か昔の、私に居場所を与えてくれた優しい()

今、私と共に在ってくれ不思議な気持ちを与えてくれる蒼真?


私には分からない。

だがもし、いつか答えを掴む時が訪れるのだとしたら――――


「私はどうするのだろうな………うっ」


誰に言うでもなく独白していると背筋に嫌な感覚がゾワゾワと走る。

気持ち悪いほどのどす黒く渦巻いた醜悪な気配が月の感覚を針で突き刺すように刺激する。

この感覚を月は嫌というほど知っていた。

これは―――


「私利私欲に塗れたヒト風情が再び愚かしくもこの場所に踏み入れる、か」


先日、蒼真を追っていた者たちと同じ雰囲気を纏っているのを感じる。

己が欲に目が眩み、自らを世界の頂点に立つ種と驕り、他者を蹴落としてまで目先の富に群がろうとする蟻以下の存在。

同じ種である蒼真から感じた高潔さなど欠片も感じない。

それだけで月にとっては敵と認識するには十分なものだ。

何より絶え間なく動く奴らのすぐ近くをかなりの速度で移動する感じ慣れた気配が、月を更に憤慨させる。


「許さぬ」


たった一言、放ち終えると同時に月はその場から姿を消した。



しかしこの時、月はヒトが放つ濃厚な負の感情に捉われていた為に気付く事が出来なかった。

草が、樹が、森が、動物たちが、そして霊峰である蒼琉山がいつになくざわめいているということに。

自身の本能が鳴らすこの先の一抹の不安の警鐘に。



空は薄らと黒雲が現れ、山には嫌な風が吹いていた。

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