序章:御伽噺
それは伝承の中の話だった。
ある王国に、一人の少女が訪れた。
その少女は”白銀”と称しても全く違和感のないほどの美しい銀髪に蒼海の色とも言うべき輝く青き瞳を持っていた。
少女は一人の男に出会った。
二人はたちまち恋に落ち、暫しの幸福の時間が二人には訪れていた。
がしかし、それも長くは続かなかった。
その美しさ故に城の大臣などが己が立場を弁えずに男に交渉を持ちかけた。
「その娘を譲ってはもらえませぬか。貴方様にはもっと相応しく、許婚の立場にある御方がいるではありませぬか。そのような何処の出身かも知れぬ平民と結ばれるなど、誰も望んではいません」
それでも男は首を縦には振らなかった。
それに激怒し、男を憎悪した大臣は男の親達にこう告げた。
「お二方の大切なご子息がどこぞの馬の骨とも知れぬ小娘に誑かされております。何か事が起こる前に如何にかしてはいかがですか」
大臣に焚きつけられた二人は息子の為に人を動かした。
狙われた少女を護る為に、男は少女の手を取って逃げ出した。
しかしながら、追っ手は多く、次第に二人は追い詰められていった。
やがて男は少女に向き直って言った。
「ここから先は君だけで逃げるんだ」
男の言葉に驚愕しながらも、少女は首を大きく横に振った。
男は真剣な眼差しで少女を見つめた。
「俺のせいで……すまない。君はここにいては幸せにはなれない。君の正体を知れば、心無い人間達はあらゆる手を使って今以上に君を追い続けるだろう。正体を知られる前に……逃げてくれ。追っ手は俺が引き付ける」
少女の頬に一筋の涙が流れた。
「これだけは覚えておいて欲しい。人には心無いものが多く存在するが、その逆。心優しい人もまた、多く存在するということを」
男は少女を優しく抱きしめた。
「そしてどこまでも、逃げ続けてくれ。いつか、いつか必ず。俺は君を探し出す。そして、幸せになろう」
そう言って男は少女の纏っていた絹で出来たローブだけを持ち、あたかも少女と一緒にいるかのように走り出した。
追っ手は男の目論見どおり、男を追いかけた。
少女は涙を零す事しか出来なかった。
だが、男の言葉を信じて、目を閉じた。
次の瞬間、少女は眩い光に包まれ、大きな銀の龍へと姿を変えた。
銀の龍は翼を大きくはためかせ、空高くへと舞い上がり、美しき光る涙を零しながら西へと飛び去った。
そして何処かで待ち続けたと言う。
男の言葉を信じて。
だが龍は既に人を拒むようになっていたと言う。
あの男以外の人を。
しかし、男と龍が再会することはなかった。
これがある一つの国で語り継がれ、伝承とされている悲恋を描いた御伽噺である。
どうもこんにちは。
もう一つの更新が遅れているくせに新しい小説を書き始めた秋月です。
両方の小説の更新をなるだけ早くするつもりですが、どうなるかは分かりません。
温かい目で見守ってやってくださいませ。