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「報告書が届いております。」
数日後、ローランが執務室に入ると、執事のピーターから書類を渡された。
「やっときたか」
そう言って、ローランは受け取った書類に目を通し始めた。
「ん?
ほぅ…
はははっ
そうだったのか」
書類を読み終えると、ローランは美しい顔をさらに輝かせて微笑んでいた。
「今日でこの面倒な仕事を終わらせる。
どんどん持ってきてくれ」
すぐさま、ローランの机には山のように書類が積まれたが、ものすごい集中力でそれらを片付けていった。
その日の夕食後、いつものようにお茶を飲むふたりはサロンにいた。
いつもはふたりだけなのに、今日はピーターとエミリーも控えている。
何かあったのだろうかと不安げにローランを見ると、目が合った途端に眩しいほどの微笑みを浮かべた。
「カレニナ、今夜は君に大切な話がある」
「えっ、もしかしてお怪我を?」
カレニナは眉を寄せてローランを見つめた。
「そうではない。
その噂のことで君に話したいことがある」
大切な話のわりには、ローランの表情は柔らかい。
カレニナが次の言葉を待っていると、
「私に話していない特技が、料理の他にもあるだろう?」
「特技…ですか?」
突然聞かれて、
「えっと…そうですね、
刺繍にはかなり自信があります。
実家にいた頃は、お友達やご近所の方に頼まれて、いろいろなものを作りました」
「すごいな。
料理といい刺繍といい、カレニナは器用なんだな」
「恐れ入ります」
頬を染めながらお礼を言ったカレニナに、
「他には?」
ローランが聞いた。
「他に…?」
瞬きをしながら首を傾げるカレニナに、
「剣術は?」
口角を上げながら緑色の瞳をキラキラさせて、ローランが見つめる。
「えっ、どうしてそれを…?」
目を丸くして驚いて、バツが悪そうにカレニナは俯いた。
「腕前も確かだとあった」
「えっ!?」
カレニナは再び驚いて顔を上げた。
ローランは控えていたピーターから、報告書を受け取った。
「これは、カレニナの噂について調べた報告書だ」
「私の噂について…?」
「そうだ」
「それと剣術が関係あるのですか?」
ローランが眩しいほどの笑顔で頷く。
「カレニナをエスコートした令息たちが、怪我をしたときのことを詳しく話してくれたんだ」
「はい…」
「カレニナにとって、あまり思い出したくない過去だと思うが、聞いてくれるか?」
「はい。これ以上悪くなることはないと思うので…」
カレニナは真っ直ぐにローランを見た。
「カレニナ、君をエスコートした令息たちから、慕われていたのを知っていたかい?」
「えっ!?
まさか、そんなことはありえません。
皆さん、姉に好意を持っていらしたのですから」
「それがそうではないのだ。
彼らが、姉君に好意を持っていたのは確からしいが、いつしかカレニナを慕うようになっていたらしい」
「そんな…」
信じられずにいるカレニナに、
「彼らが君を誘ったのは、姉君に近づきたいからだと思っていたのか?」
「はい…。姉は淑女の鑑のような人で、お誘いもそれはそれは大変なものでした。
私はそんな姉の足元にも及ばず、お情けでお誘いいただいたようなものでした。
唯一、姉よりも褒められたことが、刺繍だったのです」
「それと、剣術だろう?」
ローランがにっこりする。
「剣術は…自慢できるものではありません。
母と姉からは、他言せぬよう言われておりました」
ローランは口元を歪めて、今にも笑いだしそうにしている。
それを見たカレニナは、
「おかしいですよね?貴族の娘が剣を振るうなんて…」
悲しげに微笑みながらそう言った。
すると、
「素晴らしいじゃないか、カレニナ!
剣術ができることに自信を持ちなさい」
「でも…」
「職人並みの刺繍の腕前に、料理もできて、その上剣術まで!
そんな貴族令嬢、この国のどこにもいやしない。
淑女と名高いご婦人はたくさんいるだろうが、カレニナは唯一無二の女性だ」
瞳を輝かせてカレニナを褒めるローランに、
「そんな風に思ったことはありませんでした」
恥ずかしそうにカレニナが呟いた。
「ですが、噂と剣術はどんな関係が…」
そう言ったカレニナに、ローランがいきなり立ち上がって、カレニナの背中目掛けて腕を振った。
その瞬間、カレニナが座ったままの姿勢を少し動かし、その腕をかわす。
「お見事!」
「えっ?」
何がなんだかわからず、カレニナはキョトンとしていた。