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結婚式後2週間を過ぎても、ローランは変わらず多忙を極めていた。
それでも、朝夕の食事の時間は必ずカレニナと共に過ごし、食後にはふたりだけで会話を楽しんだ。
ただ、今でも寝室は別々のまま。
カレニナの気持ちが大事だからと、ローランも何も言わなかった。
結婚してから、カレニナはどんどんローランに惹かれていった。
結婚式前は、眩しいほどの美しい容姿に目を奪われていた。
顔を合わせるたびにドキドキして、心臓がどうにかなりそうだったが、時がたつにつれ、意識せずに会話できるようになった。
『女性嫌い』はローランが自ら流したデマだということは、本人の口から聞いた。
ローランが潔癖症な冷血漢ではないことも。
同じ時間を過ごす中で感じるのは、常に周りを気遣うやさしさに溢れていること。
傍にいると気持ちが安らいで、素直な自分でいられる気がした。
だから、自分の噂のせいで、普通の夫婦のようなふれあいに躊躇いがあることも、正直に打ち明けた。
そんなカレニナに、ローランは気にすることはないと言って、並んで歩くときには必ず手を繋いだり、
毎夜、頬におやすみのキスもする。
カレニナが心配になるくらい、ローランはふれ合ってくるが、ふれられても嫌ではない。
ただ、そんなときのローランは、いつもよりもさらに輝いていて艶っぽい。
心配でドキドキしてしまう以上に、そんなローランに見つめられることが、カレニナの心をときめかせた。
ある日の昼前。
カレニナはキッチンにいた。
多忙で、毎日執務室で昼食を済ませているローランに、食事を作りたいとやって来たのだ。
料理人のデイブが、
「奥様、食事の用意など私どもにお任せください」
手を洗うカレニナを見ながら言った。
「作り方は見ていたから覚えているわ。
お願い。ローラン様に食べていただきたいの」
デイブは、懇願されて溜め息をついた。
「わかりました。
下準備は一緒にやりましょう。
手伝いが必要ならすぐに言ってください」
「どうもありがとう」
デイブにお礼を言うと、キッチンスタッフにエプロンを借りて、カレニナは支度にとりかかった。
デイブをはじめキッチンスタッフは、最初こそ心配そうに見ていたが、カレニナの手際のよさと作業の正確さに、いつの間にかアシスタント的に一緒に動いていた。
そして、料理が出来上がると、キッチンにいるスタッフから賛辞の声が上がる。
「奥様、すごいです!
失礼ながら、まさかここまでお出来になるとは思いませんでした。
以前にも料理の経験がおありですよね?」
デイブから聞かれて
「実は、実家でもたまにやらせてもらっていたの。
母からは、スタッフの迷惑になるからと小言を言われていたけれど…」
「伯爵家のご令嬢が料理をなさるなんて、聞いたことがございません」
キッチンに入ってきた執事のピーターが、からかうように微笑んでいた。
さらに、
「でも、奥様の手作りなんて主がお聞きになったら、お喜びになりますよ」
と言いながら、出来立ての料理が乗せられたワゴンを押し始めた。
「さぁ、奥様もご一緒に参りましょう」
「お邪魔ではありませんか?」
「いいえ。むしろ活力になるでしょう」
ピーターに煽てられて、カレニナは頬を染めながら後について歩きだした。
トントン
「失礼いたします。
お食事をお持ちいたしました」
ピーターがドアを開けて執務室に入って行くと、書類に視線を落としていたローランが顔を上げた。
「もう、そんな時間か。
ん?
カレニナ?
どうした?何か急用か?」
邪魔になるからと、執務室にはほとんど来たことのなかったカレニナが、目の前に現れたことに驚き、嬉しそうに微笑みながら近づいた。
「本日のご昼食は、なんと奥様がお作りになられました」
「なんと!
本当か、カレニナ?」
「はい。勝手をして料理スタッフにご迷惑をおかけしましたが、ローラン様に召し上がっていただきたくて…」
緑の瞳を輝かせて、ローランはカレニナを抱き寄せた。
「ロ、ローラン様…」
「ありがとう、カレニナ。
とても嬉しいよ」
恥ずかしさにカレニナは部屋を見回したが、いつの間にかピーターはいなくなっており、ふたりだけでランチタイムを過ごした。