表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

5

夕食の時間になり、ダイニングに案内されたカレニナは、ローランの姿をぼんやり見て、先ほどのエミリーの話を思い出した。



…もしかして、あの噂はローラン様ご自身が?…



そんなことを思いつき、いつか聞いてみようと思った。



「お待たせしました」



カレニナが急ぎ足でテーブルに近づくと、



「こちらにどうぞ」



執事のピーターが椅子を引く。


そこは、大きなダイニングテーブルの角。

ローランと遠く離れて向かい合わせになるのかと思ったが、角を挟んだローランの右隣の席だった。



「近くに座っても大丈夫ですか?」



「もちろんだ。

今後もこのように座ろう。

端と端では遠すぎる」



それからふたりは乾杯をして、食事を済ませた。



「カレニナ」



部屋に戻ろうとしたところで、ローランに呼び止められる。



「まさか怪我などしていませんよね?」



「大丈夫だ」



ローランは微笑んだ。



「少し話をしないか」



「はい」



ふたりはサロンに移動して、向かい合わせに座った。


メイドがお茶を運んでくる。


温かいお茶を飲むと、今日1日のあらゆる場面が脳裏に浮かび、新たな生活の始まりを意識した。



「疲れただろう?」



ローランがやさしい眼差しで、カレニナを見つめた。



「いえ、大丈夫です。

ローラン様がご無事で良かったです」



「そのことだが…

あまり気に病むことはない。たとえ怪我しても命の危険がない程度だろうから何の問題もない」



「お気遣いいただきありがとうございます」



「だから距離は作らないでほしい」



「距離…?」



「私が怪我しないよう、触れないどころかあまり近づいたりもしないたろう?」



「それは…」



結婚式のときも、私の希望で誓いの口づけはしなかった。



「これから一緒に暮らしていくんだ。距離があると不都合もあるだろう」



そう言って、ローランは手を差し出す。



「手をとって」



そう促されて、カレニナは恐る恐るローランの手に触れた。 


ローランは触れるだけのカレニナの手を、ギュッと握る。



「ほら、何もない」



「はい…」



握ったカレニナの手の甲に、ローランは口づけた。


驚いたカレニナは、

「あっ」と小さく声を上げて頬を赤く染める。



ローランがカレニナの手を解放すると、膝に戻した自分の手を見ながら、カレニナが口を開いた。



「ローラン様、噂は真実ではないのですよね?」



「なぜ?」



「女性嫌いや潔癖症なら、私に触れたりしませんもの。やさしいお気遣いは冷血漢にはできません」



「あははっ。

簡単に見破られてしまったな。

きっと、噂の出所もわかってしまったかな?」



「はい。

今、確信しました」



「あははっ。カレニナには敵わないな」



リラックスして笑うローランは、眩し過ぎるとカレニナは思った。


同時に聞いてみたくなる。



「なぜ、そんな噂を?」



「君なら予想がつくだろうが、初めての社交の場で嫌な思いをしたんだ」



「まぁ…

やはりそうでしたのね」



「私に近づいてくる女性たちは、私の外見しか見ていなかった。

まぁ、初めてのパーティーだったから、私を知る人もいなかったのだが、言い寄ってくる何人もの令嬢に辟易してね。

私の前で罵り合いを始めたり、腕や背中を無遠慮に触れられて、堪らずその場を逃げ出したんだ」



「同じ女性として恥ずかしいです…」



…ローラン様の気持ちも考えずに、失礼にもほどがあるわ…



「あの場には、カレニナのように思う令嬢はいなかったよ。


そして、逃げたあとがさらにひどくてね。

夫がいるご婦人が後をつけてきた」



「まぁ!」



カレニナは目を丸くして思わず叫んだ。



「大きい声を出して申し訳ありません…」



「クスッ…

いいんだよ」



頬を染めて謝罪しながら俯くカレニナに、ローランがやさしく声をかけた。



「さらにご婦人の後をつけてきたご主人に、私との不貞を疑われそうになった。

でも、またさらに後をついてきた数人のご令嬢の様子を見て、ご婦人もその中のひとりであるのだろうと納得されたらしい」



「誤解されずに良かったです」



「それからというもの、ああいった状況に巻き込まれるのは嫌なので、社交の場には一切顔を出さなくなった。

そして、縁談など面倒なことを避けるようにあの噂を流した訳だ」



「その効果のほどは?」



「君は勘がいい。わかるだろう?」



「それでも縁談はきていたのですね?」



「そうだ」



「お気の毒に…」



カレニナは小さな声で呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ