16
男と侍女役の女は、
プリメーラ・ドレナーに金で雇われていた。
「いいこと?ローラン様とあの女が離れたら、誘いだしなさい。
そして部屋に入った後は、好きなようにかわいがっておやりなさい。社交の場で汚された妻など、捨てられるのも時間の問題ね」
プリメーラは、ローランを諦められず、カレニナを辱しめようと企んだ。
侍女役から合図をもらったら、適当な理由をつけて、ローランをはじめ、顔見知りの令嬢たち多数を引き連れて、辱しめを受けたカレニナがいる部屋に乗り込む計画だった。
ところが、侍女役の合図があったのと、ローランとダニエルが動き出したのが同時だった。
カレニナが女に付いて行ったすぐあとに、ローランがダニエルたちのところに戻ったので、ローランがカレニナを探しているのではないことがわかり、何かあったのではと、即座に動いたのだ。
計画より早く、ローランとダニエルが部屋に乗り込んだものの、今頃は、辱しめを受けた妻の姿に、ローランが逆上しているだろうと、部屋に近づくことなくプリメーラは思っていた。
…あの男、逃げ出したかしら…。まさか私の名前を言ったりしないわよね、あれだけ大金を積んだのだから。いっそのこと、ローラン様の手に落ちればいいのに…
プリメーラの思考は、ますます危険を帯びてくる。
控え室の騒ぎに気付いた招待客も、野次馬的に部屋の外に集まり出す。
「怪我人が出たか…?」
「中にいるのは誰だ?ウエルト侯爵夫人なのか?」
「警護団が来ているぞ」
野次馬たちの声に、部屋の中の様子を想像しながら、プリメーラは野次馬の間を歩いた。
「まぁ、どうなさいましたの?」
素知らぬふりをして、控え室を覗いたプリメーラは、ローランに抱き締められてソファに座るカレニナと、部屋の奥で、警護団と話をしているダニエルの姿を捉えた。
…これはどういう状況かしら?
あの男はどこ?
きっとうまく逃げたのね。
でも、あの女の身なりが乱れていないわ。
失敗したのかしら…
プリメーラが、その場の状況から事の次第を推測していると、
「プリメーラ嬢、少しお話を聞かせていただきたい」
警護団の団長らしき人物が、プリメーラに言った。
「わ、私になにを?」
急な問いかけに、プリメーラは動揺した。
「先ほど、この部屋でウエルト公爵夫人が襲われました。」
「まぁ!その男はウエルト公爵夫人になんて汚らわしいことを!夫人が辱しめを受けて、公爵様もお気の毒ですわ」
プリメーラは野次馬に聞こえるように、大袈裟な声を上げた。
野次馬たちもざわついている。
と、そのとき、
「私は『公爵夫人が襲われた』と申し上げただけで、辱しめを受けたなどとは申しておりませんが…」
「えっ…」
プリメーラの顔が一瞬強張った。
「男に襲われたと言えば、そう思うのが当然ではないですか?」
開き直るプリメーラに、
「なぜ『男』と断定するのですか?私は男女についても何も申し上げてはおりません。
何かご存知なのでは?」
「わ、私は何も存じ上げませんわ!」
プリメーラが必死の形相で訴える。
「実は、犯人があなたの指示によるものだと供述しておるのです」
「……」
「公爵夫人をこの部屋に案内した女も、すでに捕えております。
これ以上の言い逃れは無理だと思いますが…?」
警護団の強い圧力に、プリメーラは体をわなわな震わせて、唇を噛み締めながら俯いた。
「詳しくお話を伺いますのでご同行願います」
警護団長に促されて、両側から二人の警護団員に腕を掴まれながら、プリメーラは連行されていった。
「はぁ…
カレニナに怪我がなくて、本当に良かった」
王宮のパーティーから戻り、寝室でふたりきりになると、ベッドの端に腰かけているローランがカレニナを強く抱き締めた。
「…怖かった…です」
カレニナがローランにしがみついた。
「まったく、あの女は何てことをしてくれたんだ!
警護団の手前、女だから我慢していたが、やっぱり強く叱責するべきだった」
「ローラン様…
ありがとうございます。
そうやって、私のために怒ってくださってありがたいです」
怒りの表情になっても美しいのだなぁと、こんなときでもカレニナはローランを見ていた。
「あぁ、カレニナ。
命が縮んだよ。
それにしても、今回は君が剣の使い手で本当に良かった。
犯人も、まさか公爵夫人が剣を扱うとは思わなかっただろう」
「はい。
あのときばかりは、父や弟と実践さながらに剣を交えたことに感謝しました」
「自分の身を守れるのは素晴らしい。だがもう二度と、あのようなことが起きないよう、君の傍から離れないと誓う」
「ローラン様…」
ローランがカレニナの両頬を包み込むと、
「誰にも触れさせない」
そう言って、熱い口づけを落とした。