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次のダンスが始まると、ローランがカレニナの手を引いて、逃げるようにホールに歩いていく。
「ご令嬢たちには申し訳ないが、カレニナ以外の女性は苦手だ」
ダンスを躍りながら、カレニナの耳元でローランが囁いた。
「最初の舞踏会で、よほど嫌な思いをされたのですね」
「そうだな。
でもそれだけではないと思う。そこにカレニナがいてくれたなら、今のように私を独占してほしかった」
「ローラン様…」
カレニナが頬を染めると、ローランがイタズラな微笑みを返す。
曲が終わり、ローランに手を引かれて歩き始めると、そこへ母のクラウディアと弟のダニエルが近づいてきた。
「ウエルト公爵様、ご無沙汰いたしております」
ダニエルがローランに挨拶をした。
「これはお義母上様、ダニエル殿。ご無沙汰いたしております。
堅苦しい呼び名は不要です」
ローランもにこやかに返す。
「ローラン様、カレニナ、息災のようでなによりです」
母のクラウディアが柔らかな微笑みを浮かべた。
「お母様もダニエルもお元気そうで。お会いできて嬉しいです」
「カレニナ、私はしばし所用をすませてくるから、お二人と共にゆっくりするといい」
ローランはそう言って、クラウディアたちに挨拶をすると、仕事で関わりのある侯爵のほうへ去っていった。
「姉上、幸せそうだ。噂は間違いだったようだね」
イタズラな微笑みを浮かべて、ダニエルが尋ねた。
「もちろん、噂とは大違いで、ローラン様はとてもおやさしいわ。今だって、こうして気を遣ってくださるのだもの」
自分の噂の真相も調べてくれて、怪我がカレニナのせいではなかったことや、近況報告をしながら、久々の再会の時間を過ごしていた。
しばらくすると、侍女らしき女性から、
「ローラン様が、ご紹介なさりたい方がいらっしゃるとのことで、奥様を探しておいでです」
と声をかけられた。
「先ほどの方かもしれないわ。カレニナ、いってらっしゃい」
「はい。ではお母様、ダニエル、失礼いたします」
そうしてカレニナは、侍女の後をついて行った。
「こちらでお待ちになられています」
「ありがとう」
侍女に案内された控え室に入ると、見知らぬ男性がソファに腰をおろしていた。
「あの、ローラン様はどちらに?」
カレニナが不安そうに尋ねる。
「さあ?
ここにはいない」
ぶっきらぼうに返す男は、パーティーの招待客というより、御者や付添人かと思われる風貌だった。
怪しい雰囲気を感じて、
「私は失礼します」
とドアに向いた瞬間、
「おっと、待ちな!」
後ろから強めに言われて、急いでドアに向かって歩き出す。
その瞬間、背後に気配を感じたカレニナは、進路を変えて身を躱した。
前のめりに倒れそうになる男は、
「くっ!
このぉ…」
と悪態をつき、カレニナに向かってくる。
後ろに下がりながら背中が壁に当たったカレニナは、
「うっ!」と声を上げて壁を振り返った。
そのとき、視線の片隅で、壁にクロスさせて飾られている剣を捉えた。
片方だけ口角をあげてニヤつきながら、
「おとなしくしてりゃ、痛め付けたりはしねぇよ。」
ジリジリと近づく男に、カレニナは一瞬背を向けて壁の剣を取りに行く。
「ヒッヒッヒ。
これはこれは…
そんな物騒なもの、一体どうするつもだ?」
バカにした表情の男に、
「これ以上近づくと、痛い目にあいますよ。」
震える声でカレニナが言った。
「おいおい。俺は頼まれただけだ。あんたをかわいがってくれってな。
命までとろうなんて思っちゃいねぇから、おとなしくしてろ!」
男がカレニナに近づいた瞬間、剣が男の左上腕をかすめた。
「くっっ… この…」
血が指先まで流れてきて、男は傷のあたりを右手で抑えた。
「やってくれるじゃねぇか!」
男が声を荒げて言った刹那、その鼻先に、カレニナが真っ直ぐに剣を突き付けた。
「次はもっと深傷を負いますよ」
「なんだと、この…」
次の瞬間、ドアがバタンと開き、血相を変えたローランとダニエルが入ってきた。
「カレニナ!」
「ローラン様!」
「くそっ!」
男がバルコニーに逃げようとするところを、ダニエルが追いつき組み敷く。
床にうつ伏せにされ、腕をねじあげられて、男は抵抗を止めた。
「カレニナ、大丈夫か!?
怪我は?」
「だ、大丈夫です…」
安心した途端に、立っていられず、ヘタリこみそうになるところを、ローランが抱き止めた。
「怖かっただろう?
もう大丈夫だ」
震えながらしがみついてくるカレニナを、ローランがやさしく抱き締める。
「お前は何者だ!
目的はなんだ?物取りか?」
ダニエルが床に押し付けた男に問いただすと、聞き覚えのある令嬢の名前が口をついて出た。




