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鏡で見なくても、今の自分がどれほど赤い顔をしているか、胸のドキドキが教えてくれる。
つい数分前、
カレニナは部屋の前までローランにエスコートされてきた。
「またあとで」
甘い声で囁かれて、今の赤い顔が出来上がったのである。
部屋に戻ると、すでに入浴の準備が整っており、いつもよりテンション高めのエミリーが、カレニナを磨き上げた。
「奥様、お綺麗です!」
そう言い残して、エミリーは部屋を出ていった。
姿見で自分を見たカレニナは、
…綺麗…かな…
『剣術より自分磨きをしなさいよ』
という姉の言葉を思い出した…
日頃から、超越した美形の夫を見ているせいか、綺麗と言われても自信が持てない。
エミリーのハイテンションとは反対に、沈んだ気持ちで溜め息をつきながら、ベッドの端に腰をおろした。
続き部屋の扉を見つめる。
…私でいいのかな…
夫婦として何もなければ、1年後離婚は成立する。
ローランが望めばどんな女性でも妻に迎えられるだろう。
彼はやさしいから、自分からは決して言わないはず。
自分の心も、いつしかローランへの愛でいっばいになっているのを感じながらも、同時に不安な気持ちも浮かんでしまう。
少しの間、そうやって考えを巡らせていたカレニナは、唇をキュッと結んで立ち上がった。
…考えていても仕方ない
ローラン様の元へ行こう…
続き部屋の扉の前に立ち、
「ローラン様」
声をかけて扉を開けた。
大きなベッドの端に
腰かけていたローランが立ち上がった。
「カレニナ」
夜着を身に付けた美しいローランの姿に、カレニナは言葉を失う。
「おいで」
ローランのやさしい声に促されて、カレニナはゆっくりとローランに近づいた。
「なんて綺麗なんだ」
緑色の瞳を輝かせて、ローランがそっとカレニナの肘に触れた。
俯きがちのカレニナに、
「どうした?
まだ気持ちが落ち着かないか?」
何も言わないカレニナにローランが尋ねた。
「私でいいのですか?」
心に浮かんでいた不安を、カレニナがそのまま言葉にした。
「カレニナがいいのだ」
肘に触れていたローランの手が離れ、やさしく抱き締められた。
「愛している」
ローランが甘く囁き、カレニナの小さな唇に口づけた。
「私もです、ローラン様」
口づけが離れると、頬を染めたカレニナも呟く。
熱に浮かされたようにうっとり見上げるカレニナを見て、
「その顔はダメだ」
先ほどのカレニナの言葉を真似たローランが微笑み、ふたたびふたりの唇が重なる。
1度目よりも深く…。
唇が離れると、ローランはカレニナを抱き上げ、ベッドに下ろした。
「カレニナ、
君はとても綺麗だ。
なぜかそれに気づいていない。
きっと、淑女と名高い姉君や、女性が過剰に騒ぎすぎる私に、引け目を感じているのだろう?」
「事実ですから」
「私はカレニナの美しさが魅力的で好きだ。
この青い瞳と形の良い鼻、小さなかわいい唇、金髪は輝いていて眩しいほどだ」
そう言いながら、ローランの緑の瞳は小さな唇に釘付けになっている。
言い終えるより早く、かわいい唇に口づけた。
「私は君がいなくてはダメになってしまったようだ」
ローランはカレニナの頬を両手で包み込むと、青い瞳をのぞきこんで微笑んだ。
「見た目だけですり寄ってくる不快な女性と違って、君は離れていこうとする。
でも、話を始めると私に寄り添って心をひらいてくれる。
君の噂のせいもあったのかもしれないが、外見ではなく私自身に向き合ってくれることが嬉しかった。
私にはカレニナしかいない」
「ローラン様…」
潤んだ青い瞳が揺れている。
「私は今まで、姉の存在に小さくなっていました。
父に剣術を習ったりして、母から淑女らしくしなさいと叱られたりもしました。
だから、私を選ぶ人はいないと思っていたんです。
せっかくエスコートしてくださった方も怪我をして、それが噂になって縁遠くなってからは、もうひとりで生きていくことも覚悟していたんです」
「怪我は君に下心を抱いた代償だ。気にすることはない」
ローランはそう言って、少し不満そうな表情を浮かべた。
「クスッ、ありがとうございます。
少し楽になりました」
カレニナはローランの軽口に救われた気がした。
「私にとっては君の噂に感謝だな。
私の元に来てくれてありがとう、カレニナ」
ローランの言葉に、カレニナの頬に涙がつたう。
それをローランが指で拭い、涙のあとに口づけた。
「愛している、カレニナ。私には君だけだ」
ローランがカレニナを強く抱き締め、
情熱を宿した美しい緑色の瞳で見つめると、首筋に唇を寄せた。
カレニナは、今まで感じたことのない熱い想いが込み上げていた。