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「怪我をした令息たちだが、彼らは今のように、君に触れようとしたらしいんだ。」
「えっ…」
「わざと足場の悪い方へと歩いて行き、君を押しながら抱き寄せようという、浅はかな策略を巡らせたそうだ。
しかし、君が体をかわしたので、バランスを崩して、転んだり膝を打ったりしたそうだ。
しかも、そんなことになったことが恥ずかしくて、真実を有耶無耶にしたそうだが、実際の怪我はかすり傷程度のようだ」
「まぁ、そうだったんですか」
「剣を持って相手と対峙したときに、次の手の気配を察知して体をかわすことが身に付いていた君は、無意識に彼らが伸ばした腕を避けたんだろう」
恥ずかしいやら、彼らに申し訳ないやらで、カレニナは複雑な表情を浮かべた。
「これで、カレニナの噂の真相もわかったわけだ」
「はい。
いろいろと調べていただいて、ありがとうございました。
なんだか、恥ずかしい気もしますが、怪我をした理由がわかって安心しました」
「それならよかった。
それにしても、彼らのアピールに気づかなかったとはな。
男らしく気持ちを伝えれば良かったものを…。
まぁ、その程度の想いだったということだな。
そう考えると、私が怪我をしなかったのは、君への想いがいかに強かったかということを証明した」
ローランは嬉しそうに言った。
「カレニナが私の想いに気づいて、受け止めてくれたからだろう?」
「ローラン様の想い?」
「私がカレニナを好きだということだ」
「えっ、ローラン様が私を?」
「気づいていたのではなかったのか?」
「はい。
噂に振り回される私に、同情してくださっているのだとばかり…」
ローランは座っているカレニナの前に跪き、
「カレニナ、同情ではない。
私はいつのまにか、思いやりがあって、素直で飾らないカレニナを愛していた」
そう言ってカレニナの両手を包み込んだ。
「ローラン様、
そのお顔…ダメです」
「なに?」
「いつものローラン様だって、美しさが眩しいほど輝いていて、心臓が壊れてしまいそうになるのに、今のお顔はそれよりはるかに艶っぽくて、近くで見ていられません」
カレニナはそう言って立ち上がった。
いつの間にかピーターとエミリーはいなくなっており、サロンにはふたりだけ。
「待って」
ローランは、距離を置こうと離れていくカレニナの手を掴んだ。
「他の女性たちは必要以上に近づいてきたが、なぜカレニナは離れるんだ?」
「ローラン様が素敵すぎるからですっ!」
「もしかして私の顔が嫌いなのか?
もっと男らしい野性的な顔が好みなのか?」
美しいローランの顔が悲しげに歪む。
「違いますっ!
ローラン様のお顔、大好きです!
あっ…」
「カレニナ」
大きな声で“大好き”と叫んだことが恥ずかしくて、カレニナはローランに背を向けた。
「私…部屋に戻り…」
言いかけたところで、後ろからローランに抱き締められた。
「自分の美しさを自覚していないのか?
君こそ輝くような笑顔で、私の心を掴んで離さないのに」
「ローラン様…」
後ろから抱き締められたまま、
「気持ちが落ち着いたなら、ふたりの寝室においで」
耳元で囁かれて、カレニナは膝から崩れそうになるのを、必死に堪えていた。