13 サヨナラは暖かく ③
「リリアこそ、……私を殺すのを躊躇ったんじゃ……ないの?」
しかし、シーナも足の力を失い、リリアの上に覆い被さるようにして倒れた。
顔がすぐそこにある。が、お互い力を持っておらず、見つめ合うことしかできなかった。
「……まさか、あなたに殺されるとは……」
「どうして? いつだって、私に殺されるかもしれないことぐらい理解してダランに潜入していたんでしょ?」
「そんなことはないわ。……潜入なんて、そんな大層なことではない」
今までとは異なり、ゆっくりと何度も止まりながら話すリリアの姿を、シーナは初めて目にした。こんな無惨な姿を見ることになるなんて、想像すらしていなかった。
「……私はもうすぐにでも死ぬ。だから、最後に、シーナ、教えてほしい。どうしてさっき、私を助けようとしたの? 私があなたたちの仲間ではないことは明白だったでしょう」
「……どうしてだろう。わからない。……けど、何か思い出しそうになった。……とにかく、リリアは優しかったような気がする」
それを聞いて、リリアはクスッと笑った。
「私は、ずっとあなたを利用してきた。……あなたの知っている私は、あなたを利用していただけの私よ」
「なら、どうして今、私を殺さなかったの? リリアなら、きっと瞬殺できただろうに」
「どうしてだろう……」
自分と全く同じことを言うリリアに対し、シーナはクスッと笑えてしまった。無意識だった。
「もう一つ教えて」シーナは続けた。
「さっき、リリアは、何かを探していると言っていた。それは何?」
「……帰る場所よ」
「どういうこと?」
「……そのままの意味よ。私には帰る場所がない」
「ダランに帰ればいい」
リリアは目だけで、首を横に振っているらしい表情を見せた。
「私があそこにいるのは仕事のためだけよ。……帰る場所ではない」
「でも、誰も咎めたりしない。みんなが帰りを待っててくれる」
「でしょうね。だけど、私がいるべき場所ではない。帰るなんて、そんな烏滸がましいことできない」
どうして、と聞きたかったが、リリアの顔の血色が薄れていくのが目に見えて理解できた。シーナは、思わずリリアの頬に手を添えた。
「やめなさい。……私はあなたを利用してきた。最初からずっと。……あなたに優しくしてもらう筋合いはない」
「そんなこと言われても……」
「……アイリスのことは、ごめんなさいね……」
シーナは「アイリス」の名前を聞いて、思わず口を硬く縛った。リリアの頬に触れていた手を、少しだけ引き戻した。
「あなたの友達を殺した。だから私は殺された。……わかっているわ」
「リリアの口からアイリスの名前を発さないで」
次第に声から力が抜けていくリリアだが、こうなったのは、アイリスが殺されたからだ。シーナはこの事実に対し、ひどく憤っていた。
「ごめんなさい。でも、こうするしかなかったのよ」
「こうするしかなかった?」
「彼女がいれば、あなたは変わらなかった。あなたは、仕事では人を殺してきたけど、本心では躊躇っていた。自分に近しい人間を殺すとなれば、殺すことすらできなかったでしょう。さっきのように、私を殺すことを躊躇ってしまう。けど、それはいけない。……ダランの内部には、外部の人間がいる。彼らを仕留めたいならば、躊躇っていてはいけない」
「そのために自分を殺させようと?」
「もちろん、カクリスへあなたを連れて行くという話自体は事実。でも、……そうね、それもあったかな」
束の間の沈黙の後、シーナは弱々しいため息をついた。
「仲間だと思っていた人物を殺せるようになるために、リリアはリリア自身を私に殺させたと」
「あなたには才能がある。実力がある。でも、心が弱い」
「訓練だったわけ」
「……彼女を殺すことになったのは、少しだけ想定外だった。いつかは必要だと思っていたけど、今日である必要はなかった」
シーナは瞬きした。
「……すべての本当の目的は? リリアがカクリスの人間だってことはわかった。でも、まるで私を守ろうとしているようにも見える。そして、帰る場所を探しているって……」
リリアと目が合わなくなってきた。だが、もしここで死なれてしまったら、不可解なことが山積するだけで終わってしまう。
「それは、……私の記憶を確かめて」
そう告げると突然、彼女の頬からシーナの手に魔力が流れてくるのが感じられた。
同時に、リリアの手がシーナの視線の端を横切り、頭の上までやってきた。そして、ゆっくりとゆっくりと彼女の頭を撫でる。
「これは?」
「私の記憶の一部を、……あなたに渡す」
「こんなに大量の魔力を使ったら……」
「あなたに記憶を渡したら、私は確実に死ぬわ。私の魔力を、最後に、あなたに使わせてほしい。ダランの……世界の希望の、あなたに」
その後、リリアは声を発さなくなった。彼女の手からは力が抜け、冷たい音を立てて地面に落ちた。
つい先程まで莫大な魔力が流れてくるのが感じれたが、時間と共にそれは弱まり、とうとう完全に停止した。それ以上リリアから魔力が流れてくることはなかったし、彼女の目が動くことも、もちろん声を発することもなかった。
目を開けたまま、いつの間にかわずかな涙を流し、ただ静かに眠っていた。それを見届けた後、気が付けばシーナも気を失っていた。