12 捜索(二) ③
魔法のぶつけ合いだと、シーナは完全にリリアに押されていた。何度も攻撃を受けているし、身体中に切り傷や擦り傷がある。それに、汗が傷口に滲んでより痛む。
対して、リリアはほぼ無傷だ。ナイフを振っても、シーナの攻撃は全くと言っていいほど当たらない。それもそのはず、シーナの戦い方はリリアから教わったものだ。リリアにとってみれば、自分の下位互換と戦っているようなものだ。次にどんな攻撃が来るか、手に取るようにわかる。
「これ以上続けても、身体が痛むだけじゃない? あなたは私の子どものような存在。できるだけ傷付けたくないのよ」
リリアはまるで声色を変えずに告げる。シーナはふらふらと立ち上がるが、応えるわけでもない。
「さあ、行きましょうか」
リリアが手を伸ばしてきた。その綺麗な手を、シーナはもう見たくなかった。
手を払い除けると、リリアのレッグホルスターから奪われていたナイフを抜き取り、彼女に襲い掛かった。しかし、やはり傷ひとつ付けることもできず、リリアに鳩尾を蹴り上げられた。ナイフは遠くに飛んでいってしまった。
「しつこいわね。あなたの人生はまだまだ長いはず。こんなところで自分の命を無駄にしたいの?」
リリアは腹を抱えて疼くまるシーナの肩を蹴った。そして、仰向けに転がるシーナの上にまたがり、ナイフを首に押し当てた。
「これ以上抵抗しない?」
シーナは恐怖のあまり顎が震え、声を出せなかった。が、頭の中では抵抗を続けても勝機がないことを理解していた。
ガクガクと震える様子を確認し、リリアはナイフをレッグホルスターに戻した。
「最初からそれでよかったのよ。無駄な抵抗を続けないで」
リリアが立ち上がると、例の手錠を持った研究員たちが代わるようにやってきた。その者たちに両手足を押さえつけられ、ほんの数分のうちに手足が拘束された。
シーナは身体を持ち上げられ、車輪付きの担架に乗せられ研究所の外へと運び出された。
「馬車はいつ来るって?」
「約一時間後とのことです」
「わかった。じゃあ、私は指導官室で休んでるから、時間になったら呼んで」
リリアはまた研究所内に入っていった。
直後、周囲にいた研究員たちがバタバタと倒れた。血を噴き出して倒れたところを見るに、おそらく命を失っただろう。
さらに、その誰かは、せっせとシーナの手足の拘束具を外してくれた。シーナは両手両足が自由になったことで早速上体を起こしたが、その誰かを見て驚きを隠せなかった。
「アイリス、どうしてここにいるの?」
「彼が呼んでくれたの」
アイリスは顎で建物の陰を指した。ナッツの姿が見える。
どこかのタイミングで、ナッツはシーナとリリアが戦闘になっているのを目撃し、急いでアイリスを呼んだのだろう。彼の魔法は物体に生命を与える力。うまく利用することにより、すぐに情報を伝えることができたというわけだ。
アイリスは素早くシーナの脚に外されていたレッグホルスターを装着し、そこにナイフを一本挿入した。加えて、もう一本を彼女の手に握らせた。
「持ってる分もある?」
「それは中で落とした」
「わかった。ちょっと余分に持ってきたからよかった」
アイリスはそう言いながら、自分のレッグホルスターに二本、腕に一本のナイフを装備し、一本だけ残った分はシーナのレッグホルスターに加えた。
担架の上で素早く作業をできたのは、日頃の実戦を想定した練習のおかげだっただろう。アイリスはもともと、ここまで手際がいいタイプではなかった。
「とにかく、シーナが無事でよかった」
「ありがとう……。イールスや、他の誰かには伝えた?」
「学長には伝えてきた。やっぱりか、って頭を抱えていた」
「副学長には何か言ってる?」
「どちらにも会ってすらいないわ」
ダランの副学長は、フェデラック・ベルンとスンナ・イノウエの二人いる。副学長は外交や総務を担当しているので、基本的に会う用事はない。
「よかった。リリアは総合指揮官、でもカクリスの人間だった。学内のどこに誰が混じっているかわからない。だから、あまり多くの人に言わないでほしい」
「そうね。ひとまず、今はリリア総合指揮官をどうするか」
「…………」
シーナは黙った。アイリスは、彼女が本当は何と言いたいかわかっているのだろうが、すぐに沈黙を破った。
「連れて帰らないとね」
「リリアを無力化できるほど、私たちは強くない」
「大丈夫。後からイールス学長が来てくれるって言ってたから」
シーナはアイリスの目を見た。何とも心強い言葉に驚いたのだ。
「だから、それまで何とか応戦する」
「イールスが来るまでここに留まっておくのは? リリアはきっと、一時間は中だけど」
「もちろん、そうできるならそうするけど、今は無理そう。ほら、見て」
アイリスは門の方向を指差した。門番がこちらに気が付いているようで、誰かと連絡をとっているのがわかる。ようやく知ったが、彼らはマージらしい。単にローブを羽織っていなかっただけのようだ。
「まさか、アイリス、正面切って……」
「そんなことないわ。彼に聞いて、裏手から来た。でも、こんな場所なら気付かれるのも時間の問題よね」
であれば、仕方がない。シーナは手に持っているナイフを強く握った。
「じゃあ、まずは彼らをやらないと」
「そう。で、おそらく、彼らが連絡している先はリリア総合指揮官」
シーナたち二人は担架から門兵たちに向かって歩き進めた。
「そうだ、アイリス」
シーナの声に、アイリスは振り向いた。これまでに見たことがないほどに、彼女は凛とした表情だ。
「助けてくれて、ありがとう」
「大丈夫だよ。そのための二人でしょ? 気にしないで」
アイリスはニコリと微笑んだ。シーナも思わず彼女に応えた。




