11 捜索(一) ②
静かに扉を開くと、中から涼しい風が流れ出てきた。ひんやりとした空気が彼女の頬を穏やかに撫でる。窓から差し込む光で館内が照らされており、視界は問題なく確保されていた。
二階までの吹き抜けとなっている館内ロビーには二階に上がる階段が二つ設置され、階段に挟まれた中央の廊下の奥には何やら豪華な両開きの扉が見える。
シーナは誰かがやってくることがないことを確認し、そっと館内に足を踏み入れた。そして、すぐさま右手に伸びる行き止まりの廊下に身を潜め、改めて異変が起こらないことを確認した。正面の扉はほんの少しの軋む音を立てながら閉まったが、その音は彼女以外には聞こえていないようだった。窓の外を眺めたが、門のところに立っている男たちはあちらを向いたままで、まるで警備の意味を果たしていなかった。
「何が行われているのか調べないと……」
シーナは誰も出入り口に近付いてこないことを確認すると、中央の廊下に向かって駆けて行こうとした。
が、直後、その廊下の奥にある絢爛な扉が開くのが見え、咄嗟に元いた場所に戻った。
「誰かが出てくる……」
シーナが陰からそっと観察していると、複数の人物がこちらに向かって歩いてきた。先頭を一人が歩き、何やら賑やかに話している。
足を止めることなくこちらに向かってくるため、シーナは隠れられるところを探し、廊下の突き当たりにある胸像の裏に隠れることにした。
「これ、エロール・セリウスか……」
胸像は第二代世界皇帝が模られていた。その裏側にシーナは身を潜め、迫ってくる賑やかな声の主たちが建物から出ていくのを待った。
「いやあ、所長。今日は楽しい会をありがとうございました。またお招きくださいね」
建物から出る瞬間、誰かが確かにそう言った。
「いえいえ、またいらしてください。お待ちしていますから」
おそらく今声を発したのが所長なのだろう。女性の声だ。
「では。フェデラックさん」
所長であろう女性はその後も多くの人を見送り、すべての人々が出たのを確認して扉を閉めた。そして、シーナには気付かないまま来た道を戻っていった。
シーナは胸像の陰から出て、またロビーを確認した。先ほどの女性は階段を使って二階に登り、その奥に姿を消してしまった。
「フェデラックって……」
ロビーはまた静寂に包まれた。改めて誰かがいないことを確認し、シーナは中央の廊下を進んだ。研究所内は意外にも静かだった。廊下を歩いている人は、先ほどの女性が消えた後は誰もいない。まるでもぬけの殻だった。
突き当たりの両開きの扉の前で廊下は左右に分かれており、どちらもその突き当たりに階段が見えた。二階に続くようだ。シーナは早く先に進みたいという気持ちもあったが、明日になればアイリスも来るということだ。それまで待てば、より安全に調査を進めることができるということになる。この何もわからない研究所内を一人で闇雲に調査するよりも、二人で背中を預け合いながら調査する方が、安全で迅速に任務を遂行できるに決まっている。
冷静な判断の結果、研究所内に入りやすい経路を確認できたということで、彼女はひとまず研究所を出ることに決めた。
◇◆◇
「……どうしてここに……?」
思わずシーナの口からこんな言葉が漏れた。場所は、シーナが建物に入る前に通った、小さな水路の脇だ。
「……まあ、訳あって」
「あなたが、誰から、何を?」
シーナの矢継ぎ早の質問に、彼は困惑していた。
「待って、一つずつ説明するから」
「明瞭で簡潔に答えて。ここにいることがバレたら、生きて帰れるかわからない」
「わかっているよ。こっちに来て」
彼に先導され、二人は水路を上流へと登った。頭上を渡り廊下がかかり、さらにその奥までやってくると、地下水路に入った。歩くたびに水の音がトンネル状の水路内を響き渡る。
「……で、何の事情が? ナッツ」
「ステラが行方不明になったんだ。おそらくこの中にいる」
「どういうこと? どうしてステラは行方不明になって、どうしてここにいるとわかって、どうしてあなたが一人で来ているの」
シーナは自分の任務が邪魔されたように感じており、気分を害していた。それは彼女の口調からナッツにも伝わったはずだ。
「実は、ステラは学校を卒業してから、治安維持局に入ったんだ。そこでいろいろ学ぶうちに、ここのことを知ったらしい。でも、治安維持局の内部資料のどこにも、ここのことは詳細に記されていなかった。組織を怪しく思った彼は、一人でここを調べていたんだ」
「すると、探りを入れていたことが研究所にバレて、捕まってしまったというわけね。で、あなたはどうしてそのことを知っているの?」
「……僕は今ケルンの地方役場で働いている。ステラが偶然エニンスル半島内でもこっち側を担当していたから、よく会っていたんだ。しかし、急に連絡を取れなくなった。直前に話していたのが、ここの話なんだ」
シーナは腕を組んで真剣な眼差しで話を聞き取った。
「事情はわかった。でも、私はあなたと違って、学校の命令でここに来ているの。ごめんだけど、しばらく邪魔しないでほしい」
「……僕も一緒にいるよ。一人より二人の方がいいだろうし」
「あいにく、私ともう一人いるのよ。明日ここに来る予定。だから、あなたの手を必要としていない」
「なら、僕は今日見てくるよ」
「そんなに急がなくていいでしょ。それに、私たちがついでにステラのことも探してきてあげるから」
「……彼がいなくなってから、もう一ヶ月ほど経つんだ。一日経つごとに、彼の生存確率は下がってしまう」
シーナはしばらく黙ったが、とうとう折れることとなった。
「わかった。あなただけで行けば? 私は行かないから」
「ありがとう、僕だけで行ってくるよ。……そうだ、これ、持ってて」
ナッツが手渡してきたものは、何かのブローチだった。
「ケルンの地方役場で働く人だけ持っているブローチだよ。癖のようにいつも持ち歩いているんだ。もし僕が帰らなかったら、それは僕の肩身として両親に渡しておいて」
「ちょっと……。そんな勝手な……」
「僕の両親はもともとケルン出身だった。両親にとって、僕が地方役場で働くことが夢だったらしい。しばらく父親の仕事の都合でアールベストにいたけど、何とかケルンの地方役場で働くことができてよかったよ」
ナッツは続けて「じゃあ、後はよろしく」とだけ言い残し、水路から出ていってしまった。




