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二つの世界 〜シーナの記憶〜  作者: Meeka
第二章 新しい自分
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10 結婚 ②

 式場の外は本当にいい天気だった。昼過ぎの青空が大通りを眩しいほどに照らしている。


 結婚式は、最近は外で行う人もちらほらいるが、アールベストの伝統としては室内で行うのが通例だ。シーナたちは伝統に則ったため、今になってようやく外の天気がわかった。式場に来るときに外を歩いたときは、まだ朝早く薄暗かったため、雨が降っていないこと程度しかわからなかった。


 式場から出たのを契機に、リリアとアイリスはシーナに別れを告げた。シーナはようやく一人になり、大通りの空気を深く吸い込んだ。


「疲れたなあ。でも、明後日までに引っ越しか……」


 彼女の声を空に浮かぶ雲が吸い上げた。人々が行き交う大通りではあちこちから声が聞こえるが、彼女の声と同じように空に吸い上げられ、耳に到達するのはわずかだった。


「こんなところにいたのか」


 突然後ろからイールスの声がして、シーナは驚いて振り返った。彼はすでにタキシードを脱いでシャツに着替えていた。これもまた、新鮮な見た目だった。


「お疲れ様。どうしたの?」

「それはこっちのセリフだ。こんなところでどうした?」

「疲れたから、外の空気を吸いにきたの。そっちは?」

「君を探しに来た」

「私を?」

「そうだ」


 シーナはしばらくイールスのことを見つめたが、やがて小さく艶笑した。


「どうした?」

「ううん、私たち、結婚したのかと思って」

「信じられないよな」

「うん、信じられない」

「……すまないな、こうなってしまって」

「……どうして?」


 シーナは眉を顰めた。横に並んだイールスは真っ直ぐ前を見つめており、彼女とは目が合わない。


「もしかしたら、こうなったことは君の本望ではなかったかもしれない、と思ってな」

「……というと?」

「君もわかっているんだろう。これは一種の画策だと」


 その言葉を聞いて、シーナは思わず視線を下げた。イールスが言うことを、わかっていないわけではなかった。


「……じゃあ、イールスの本望でもなかった?」

「そんなことはないさ。君と結婚できたことは、とても幸せだ」

「私もだよ」


 イールスはようやくシーナの方を向いた。彼女も顔を上げたため、ようやく目が合った。


「……でも、素直になりきれない部分もある」


 シーナに表情も変えずにそう告げられ、イールスは怪訝そうな面持をした。


「どうして私たちがこうなる必要があったのか、考えるだけでも疲れる」

「……それはだな、——」

「やめて、言わないで。幸せだって気持ちはあるの。だから、壊さないでほしい」

「……すまない。だが、少しでもそう思ってくれているなら本当によかった。後悔されるのが一番辛いからな」

「大丈夫だよ。結婚するかどうかの最終決定は自分でしたから」


 シーナは笑った。


「……新しい家は、ダランから少し離れたところにある。こっちのマンションよりも少し遠くなるが、それなりに広い家だから、きっと満足するだろう」

「イールスの家?」

「そうだ。まあ、両親から譲り受けた家だがな」

「そういえば、イールスの両親の話、聞いたことない」


 イールスが話を逸らしたおかげで、重かった空気感は次第に薄れていった。


「今はどこに?」

「いや、もういない。随分と前に死んだ」

「そ、それはごめんなさい……」


 シーナは下手な質問をして恥ずかしくなった。


「気にするな。本当に、随分と前のことだ」

「……どれぐらい前のことなの?」

「覚えていないぐらいだ」

「そんなことないでしょ」


 シーナは苦笑した。しかし、イールスは全く笑わなかった。冗談ではないようだ。


「……今更だが、大事な話をしたい」

「大事な話なら結婚前にしてほしいけど、仕方がないしお願い」


 二人は大通りに複数置かれているベンチの一つに腰を下ろした。多くの人々が目の前を横切っていくが、ここにダラン総合魔法学校の学長とその新婦が座っているとは誰も想像していなかっただろう。




 シーナは、聞こえなかった、という顔をしている。イールスは何かを言ったようだが、声が小さすぎた。そのため、「もう一回言って?」と、彼の方を向いた。


「私はほぼ不老なんだ」

「……どういうこと?」


 シーナは眉を顰めた。あまりに想定外のことだったので無理もない。


「ほぼ、ということで、現実にはゆっくりと歳をとっているのだが、人が歳をとるよりもずっと遅いペースだ。たとえば、三十年後になっても、私は十歳も齢をとっていないようなイメージだ」

「私の方が早く死ぬじゃん」


 イールスは目を丸くした。まさか、どちらの方が早く死ぬかなどと考えているとは思っていなかった。


「そうかもしれないな」

「それで、今は本当なら何歳ぐらいなの?」

「どれぐらいだろうな。百歳ぐらいだろうか。そこまでではないかもしれないし、超えているかもしれない」

「わかった、もう何歳でもいいや。それで、結婚はこれが初めて? それとも、これまでにもしたことあるの?」

「ない。……どうしてそんなことを聞く?」


 シーナは「はあ!?」と叫んで、ベンチから立ち上がった。


「もしこれまでに結婚していて、そのときの妻が死んだから新たな妻を探していた、とかなら最悪じゃん。私はそんなの認めない」

「そういうことか。なら大丈夫だ。これが初めてだから」

「……ならいいけどさ」


 シーナは再びベンチに腰を下ろした。


 ため息をした彼女を横目に、イールスは困ったような顔をしていた。彼は学長でありながら、まだそれほど年齢はいっていないように見える。誰が見ても不自然に思える点だ。


「結婚を後悔していないか?」

「していない。その話が今になったことは少しだけ腹立たしいけど、今となっては仕方がないし。半ば理解できないままだけど、確かに私はあなたを愛しているように思う」

「ならよかった」

「でも、一つだけ約束してほしい」

「なんだ?」


 イールスはシーナの顔を見た。彼女も彼の目を捉えた。彼女は珍しく鋭い目をしていた。


「私が先に死んだとしても、次の妻を探さないで。あなたの生涯で、あなたの妻は私だけにして」

「わかった」

「約束してくれる?」

「ああ、約束する。私にとって大事な君だ。そんなことで天国にいる君をガッカリさせたくない」

「信用しているから。先に天国に行っても、あなたのこと見張っているからね」

「信用してくれ。たとえ始まりが邪道であっても、私は君といる間に君の人柄に惹かれたし、実際に愛している」


 シーナは前に向き直った。


「なら、もういいよ。その話は」

「シーナが理解のある人でよかった」

「理解してもしなくても、問題は何も変わらないし。それに、生活する上では何も害はないでしょ」

「そうだな。……ありがとう」


 彼の言葉に、シーナはため息をついた。


「でも、話が遅かったことは怒ってるけどね」


 イールスは目を丸くして体をピクリと動かした。シーナが初めて発した「怒っている」という言葉に、異常に反応したのだろう。


「ちょっとだけだよ、ほんのちょっと。一分後には怒ってないから大丈夫」


 よかった、とでも言いたげなため息が横から聞こえた。イールスがこのような表情をしているのは珍しい。きっと、シーナのことを信頼するようになってきたのだろう。彼女は、思わず少しだけ微笑んでしまった。

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