9 最初の任務(四) ③
「どうしてスカーレットを呼んだの?」
「そう、それ、私も疑問に思った」
イールスの向こう側からアイリスが声を出した。
「というか、どうしてシーナはそんなこと知っていたの?」
「いや、知らなかった。けど、あの場面で彼女をあそこに留めるために、何とか思いついた策だった」
「でも、もしダランじゃなかったら困るでしょ? ある程度ダランが呼んだものだって確信がないと言えない言葉だったと思う」
「消去法的にダランかなって思った。最初はユリアン・アルベルトが呼んだのかなと思ったけど、そうする意味が全くわからなかった。建前は学長会で、全くの部外者を呼ぶにはそれなりの理由が必要だから。対して、ダランが呼んだとすれば、何となく意味があると思えた。昨日のことは予定されていたことで、その予定を知り得た誰かが、私たちに危険を知らせるため、ということ。……実は、ずっとスプラー山脈で起きた爆発が気になっていて、あれは私たちへの警告ではないかと思っている。今回もその関連かなって」
「待って。どうしてスプラー山脈の一件が、私たちへの警告だって? まだ確信に至れるほど情報はないでしょ?」
イールスは二人の会話を黙って聞いていた。
「うん、アイリスの言うとおりだよ。でも、だからこそ怪しいなって。そもそも、もしあの爆発が私たちを狙ったものなら、私たちがあの被害に遭っていないことぐらいすぐにわかったと思う。そして、攻撃対象の私たちが全く無傷なら、再び攻撃してくると考えられる。でも、実際にはそのような問題は全くなかった。それどころか、あの一件以来、何も問題が発生していない」
「なら、どうして私たちに対する警告だと?」
アイリスはやはり首を捻るばかりだ。
「なんとなく不自然な気がしたの。もちろん単なる悪戯の可能性もあるし、確実なことは言えないけど、あのタイミングで、それにこれから私たちが通ろうとしているスプラー山脈で起こり、その後は追手が来るわけでもない。さらには、会場にはなぜか治安維持局の幹部がいる。うまい偶然が重なったなって」
無論、これはシーナの想定であり、推測の域を超えない。真実は全く異なる可能性だってある。が、彼女の中で導き出した結論は、あまりにも複雑で受け入れ難い内容だった。
「もしそうであるなら、リリア総合指揮官以外の、誰があそこを通ることを知っていたんだろう……」
アイリスは顔を曇らせた。だが、シーナは確信のあるような顔をしていた。
アイリスの問いに、彼女はすぐに回答した。
「証拠はない。けど、私たちが校外調査員であることを、教えてもいないのになぜか知っているような人であれば不可能ではないかもしれない」
「そっか! 彼なら知っている可能性がある」
「彼とは?」
間に入ってきたのはイールスだ。シーナたちが校外調査員であることを知っている人物がいるとすれば、それは問題だと言える。なぜなら、学校の機密情報がどこかから漏れているということになるからだ。
だが、シーナが即座に答えるはずもなかった。
「イールス、先に、誰がスカーレットを呼ぶことにしたのか、なぜそうなったのかを教えてほしい」
「実際のところ、私は全く知らない。だから、彼女が来たときも動揺を隠せなかった」
「本当に? いろんな場面で嘘が語られすぎて、何が本当かわからなくなってきた。イールスのことは信じたいけど、もう一度だけ確認したい」
「シーナ、君の言いたいことはわかった。確かに、この世には真実が少なすぎる。真実は一つしかないのに、それに対する嘘が多すぎるんだ。だが、今回私が言っていることは本当だ。嘘じゃない。どうしてダランが彼女を呼んだことになっているのか、教えてほしいぐらいだ」
彼が真っ直ぐにシーナを見て説明したため、シーナは視線を逸らした。彼の言っていることを信じるということだ。
「……わかった。で、治安維持局のエニンスル半島担当部長を呼べるだけの肩書きは、一体誰? 総合指揮官でも呼べる?」
「まあ、不可能ではないだろう。だが、普通なら学長名だ」
「……ということは、今回抜かりなくスカーレットが来ているということは、イールスの名前を使った誰かが彼女を招いたと」
「そういうことになるだろうな。で、その可能性があるのが誰だと?」
「レオ・セガール。どんな人物か知ってる?」
馬車が宿の前で止まったが、シーナたちはまだ降りようとはしなかった。こんな話、外に出て話すこともできないからだ。
「いや、あまり知らない。確かに、そんな名前の教員がいたと思うが、校外調査員ではないし、役職はなかった気がする」
イールスは本当に知らないという顔をしていた。教員の中では、レオは影の薄い存在だったのだろう。
「……なら、私たちが意識するべきなのはレオ・セガールね。どこからどうやって情報を得ているのかわからないし、何が目的かもわからない。不審な様子もあったけど、想像が正しいならば今回は助けられた」
「学校に戻ったら、彼のことを調べてみる」
イールスが答えたので、三人で顔を見合わせて頷き合った。ようやく彼女らは馬車から降り、宿へと入っていった。
ケルンを出発するのは明日の朝だ。
◇◆◇
翌朝、シーナたちは静かに馬車に乗り込んだ。昨日の夜は何も起きなかったため、今回は三人とも夜を通して同じタイミングで寝ることとした。
帰りは、来たときとは異なるコースを通ることにした。具体的には、来たときと同じようにベール地方を通過しウラノン地方へと入るが、その後西側の海岸に沿うようにヒールフル地方へと入り、ずっと海岸沿いを走ってプラル地方へと入っていく形だ。ヒールフル地方では砂漠を走ることになり、道のないところだと御者から指摘があったが、シーナたちはこのルートを通ることで決心した。
当初の予定では、帰りは来た道をそのまま戻る形を想定していた。が、現に問題が発生した以上、同じ道を通っては再び問題に直面する可能性がある。それを避けるための緊急的な措置ということだ。——もちろん、ルートを変更した件は学校側には伝えていない。
帰りの道中、ウラノン地方でウラノン城という城の近くを通ることがあった。見たことのないような建築物で、シーナは目を丸くしていた。アールベストにはもちろん、他の地方においてもまず見ることのできないもので、彼女の好奇心をくすぐった。
その後広大な砂漠が広がる場所を通過し、一向は無事にプラルまでやってきた。
「あとちょっとだね」
アールベストに近付くにつれシーナたちは心が落ち着いてきたのか、雑談を始めた。馬車の中は三人の声で弾んでいた。
賑やかな馬車はアイザック教会群遺跡の中を通り抜け、グランヴィルを通過し、ダラン総合魔法学校へと戻っていた。夕方の学校には、帰宅途中の生徒や教員の姿が見られた。イールスは校舎に入り、シーナとアイリスはマンションへと帰ることにした。先ほどまで談笑していたのが嘘かと思うほどに、三人とも、馬車から降りた後は最低限の言葉だけ交わし合うだけだった。