表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二つの世界 〜シーナの記憶〜  作者: Meeka
第二章 新しい自分
74/91

8 最初の任務(三) ①

 翌朝、アイリスに揺すられ、シーナは目を覚ました。見張りの交代ということだ。


「おはよう、シーナ。交代できる?」

「おはよう。夜のうちは問題はなかった?」

「なかったわ。そもそも廊下を誰かが歩いてくることはなかったし、おかしな物音とかも全く」

「それならよかった。この宿は安全だろうから、私も何もないまま終わりそうだね。それで、昼過ぎには出発か」

「そうだろうね。来る途中は大変だったけど、途中は何もなさそう」

「だね。よかった」


 シーナはベッドから起き上がると、ローブに着替え、廊下へと出た。なるほど、早朝でも人気は全くない廊下で、ここを警備する必要はまるでなさそうだった。


 しばらく廊下を右に左に歩き回っていたが、とうとうあまりにも退屈すぎて疲れてきたため、シーナは部屋へと戻ってきた。寝息も立てずに静かに寝ているアイリスを起こさないよう静かに歩き、隣の部屋に続く扉をノックして入った。


「おはよう。どうした?」

「……暇だから」


 シーナの姿を見るなり、イールスは窓際のイスから立ち上がり近付いてきた。


 まだ早朝だが、すでに起きて紅茶を飲んでいたらしい。


「そうか。この宿は安全だろうからな。暇なら暇でいいことだ」

「いいこと。職務放棄してるけど」


 彼女の言葉にイールスは高らかに笑った。彼は、座っていたイスの向かいの席に彼女を座らせた。


「職務放棄できるぐらいが一番さ。ずっと緊張している方がおかしい」

「そうだよね。……イールスはよく寝れた?」


 シーナの問いかけに、イールスは小さく頷いた。


「寝たさ。こんなに寝心地のいいベッドなんてほとんどないからな」


 そう言って、また高らかに笑った。


「イールスって、意外に陽気だね」


 シーナも笑ったので、彼は満足そうな顔をして笑うのをやめた。


「ああ、そうさ。本当はこんなもんさ。いつもは気持ちが緊張しすぎてな」

「笑えない?」

「というか、笑えることが少なすぎる」


 彼は深いため息をついた。


「どうだ、あっちの、……アイリスは。しっかりやっているか?」

「アイリスは私よりもがんばり屋さんだし、本当に真面目だよ。昨日の夜だって、私みたいにこっちに来なかったでしょ?」

「そうだな、シーナとの交代前にこちらに顔を見せたぐらいだ」


 イールスはそこまで告げて、顔を暗くした。


「なあ、シーナ。どうしてアイリスが校外調査員に選ばれたと思う?」

「リリアは、アイリスには魔法以外の強みがあるって」

「……まあ、それはそうだろうな。が、それ以上に疑問がある」

「どうして?」


「校外調査員を務めるに当たって、魔法の能力は必須と言ってもいいだろう。実際、昨日のことでわかったと思うが、外では何があるかわからない。そんなときに必要なのが魔法だ。それも、相手より強くなければ、自分が命を落とすということ。無論、学校側だって、教員に命を落とされるのはできるだけ避けたい。だからこそ、魔法を扱う能力の高い人物を選任することが多いのだが……」

「生徒の頃のアイリスの成績を知っている?」

「もちろん成績表は見たさ」

「それを見て、そう思ったってこと?」

「そういうことだ」


 彼の反応を聞いて、シーナは数回小さく頷いた。


「実は、最初、私も同じことを思った。けど、リリアは魔法以外の能力があるからいいって」

「そのリリア・ボード総合指揮官が、アイリスを指名したんだ」

「ということは」

「そうだ」


 イールスはシーナの目を捉えて続けた。


「昨日の話に繋がる可能性がある」


 そう告げ、彼は立ち上がり、ベッドの方へと移動した。そこに座ると、シーナの方を見た。


「つまりだ。アイリスのことは、シーナ、君が守る必要がある」

「……問題点は理解した。けど大丈夫だよ」


 シーナはその場に立ち上がり、イールスの顔を見た。彼と目が合うと、彼女は口角を上げて見せた。


「アイリス、がんばってるから」


 その言葉を聞いて、イールスは思わずため息をこぼした。「そうか」というのが声にならなかった返事だろう。




 このとき、かつてないほどに、シーナはイールスと話し込んだ。リリアの話をずっとしていたわけではなく、むしろ雑談が多かった。


「もうこんな時間か。ランチにするか」


 気が付けば、陽は空高く昇っていた。部屋の隅に置かれている時計は真昼を差している。


「アイリスも一緒に食べる?」

「いいや、彼女は大丈夫だ。さっき、朝食を食べたから昼はいらないと言っていたからな」

「わかった。じゃあ、アイリスが起きたときのために、何かお菓子も買ってくるよ」


 シーナはそう言い残し、イールスの部屋を出て行こうとした。が、やはり彼に止められた。


「待て、私も行く」

「イールスも来たら、護衛の意味ないじゃん」とシーナは笑ったが、彼は少し口角を上げた程度だった。

「そうかもしれないが、それぐらいがいいだろう。それに、私だって魔法の扱いは下手じゃない。自分の身は自分で守れるから大丈夫だ」

「じゃあ、私のことも守ってくれるってことで」


 シーナは笑顔で部屋から駆け出した。イールスは後ろからため息をついて歩いてきていた。


 街に出てみると、昨夜来たときに感じたように、やはりケルンの街並みはどこかアールベストに似ているところがある。もちろんアールベストの方がずっと規模が大きいが、こちらも程よく賑わっていて居心地がいい。


 二人は宿から少し広場に向かって歩いた場所にあるパン屋に来た。そこでいくつかの種類のパンを二人分購入し、今度はその三軒隣にあるビスケット専門店にやってきた。アイリスの好みは知らなかったが、まずは標準的なバターのビスケット、そしてチョコレート味のビスケットを選び、さらに店主から勧められた、イチゴジャムの乗ったビスケットを購入した。


 シーナは手に大きな紙袋を抱え、満足そうな顔をしていた。その横を、いつもどおりの難しい顔をしたイールスが歩いていた。


「イールス、変なこと聞いてもいい?」

「ああ」

「どうしてイールスは学長になったの?」

「……本当に、変なことを聞くな」


 イールスは笑った。しかしシーナは笑わず、満足そうな顔のまま彼の回答を待った。


「学長になりたくてなったわけじゃない。ダランの学長は、ダラン家の世襲制なんだ。だから、偶然私の番が来たというわけだ」

「なるほど。本当は学長になりたくなかった?」


 シーナは横目にイールスの顔を眺めたが、彼は前を向いたままだった。


「どうだろう。嫌ということはなかった。おそらく、どっちでもいい、という気持ちがあっただろうな」

「何それ。他人事みたい」


 イールスの答えを聞いて、思わず笑った。彼女はさらに続けた。


「もしかして、覚えていないの?」

「もう随分と前の話だからな」

「……随分と?」


 その言葉が耳に響いた。なぜか頭の中を反響しているように感じられた。


「イールス、私よりはずっと歳上だと思うけど、結構若いよね? なのに、覚えていないほど随分と前の話なの?」


 彼女の問いかけの後、二人は黙って数秒間か数十秒間歩いたが、ようやくイールスが口を開いたときには宿のそばまで戻ってきていた。


「去年のことさえ昔のことのように感じる。数年や十年以上も前ともなれば、随分と前の話になってしまうんだ」

「まあ、そうだよね。なかなか数年前のことなんて詳細に覚えていないし」


 シーナは上の空で答えた。それ以上に何も考えておらず、ただ彼の答えをそのまま鵜呑みにしただけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ