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二つの世界 〜シーナの記憶〜  作者: Meeka
第二章 新しい自分
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7 最初の任務(二) ④

 ケルン地方に入ると、三階ほどの建物がずらりと並び、ベールとは打って変わって小さな都会に来たような雰囲気だった。グランヴィルほどの活気や華やかさはないが、こちらは古き良き街並み、というところか。シーナたちは早速、ケルン地方中心部に位置する宿泊予定の宿に向かうことにした。


 黄昏時は過ぎ、空には随分と闇が広がっていた。当初の予定であれば、すでに到着している予定だったが、遅くなってしまったことは仕方がない。いずれにせよ、イールスが使う馬車は最高の移動手段だ。スピードが通常の馬車よりも数倍速いため、アールベストからケルンまでも一日あれば十分に来ることができる。


 ケルンに入って少ししたところにあった広場に多くの馬車が集まっていた。そのため、シーナたちもそこで一度停まり、少しばかり休憩することとした。


「あとどれぐらいで着きそうですか?」


 シーナは御者に尋ねたが、彼は首を捻るばかりだった。


「どうだろう。直線距離はそれほど遠くないが、途中通行止めになっている道があるらしい。そこを迂回していくのに一体どれぐらいかかるか、あるいは混んでいるかで、結構時間が変わるだろうな」

「そうですか……」


 シーナが顔を暗くしたからか、彼は微笑んで続けた。


「大丈夫、遅くても夜には着くよ」

「ならよかったです」


 シーナも笑顔で応えるに努めた。


 そこの広場に集まっている人々が、一体どこから来た人で、どこに向かう途中なのかはわからなかったが、近くにいる人同士で談笑しているグループが多かった。元から知り合いというわけではないだろうが、長旅をしている者同士で花を咲かしているのだろう。


 シーナたちの横にいる老爺も彼女らに声をかけてきた。


「あんたたちはどこに行く途中だい?」

「ここ、ケルン地方ですよ。もうここまで来たので、少し休憩しているだけです」


 シーナが笑顔で答えると、老爺は笑った。


「そうか、そうか。どこから来たんだい?」


 この人は魔法学校のことを知らないのだろうか。彼女らが着ているローブを見れば、すぐにダラン総合魔法学校の関係者だということはわかるだろうが。


「アールベストからですよ」

「なら、随分と長旅だったんだな。疲れただろうに」

「ええ、疲れました。……本当に、とても」

「いやあ、この年になると、いろいろと忘れてしまうもので、あんたたちが着ている服がどこのものか、もう忘れちゃったわい。見たことはあると思うんだがね」


 老爺は高らかに笑った。なるほど、忘れてしまったのか。なら仕方がない。


「あなたはどこからここに?」

「アイアン島からだよ。明日の朝にウラノンに届ける荷物があるもんで、ここで少し休んでいるんだ」


 アイアン島といえば、人はほとんど住んでいない。一応観光地となっているが、どこかの地方に入るわけではないため、管理が十分に行き届いていないということを聞いたことがある。


 だが、意外にも観光地としては賑わっているらしく、住むには全く適しないが活気があるという噂を聞いたことはある。なんでも、エニンスル半島からだと見えない、アイアン島の北側の大陸を見ることができるとかで、訪れる人が多いとのことだ。


 この老爺は、そのアイアン島からやってきたのだと言う。おそらく、本当の出発地はイルケーやハルセロナなのだろうが、数少ない住人の手紙などを受け取りに島を訪れていたのだろう。


「アイアン島は、どんな島でしたか? 綺麗な町ですか?」

「ああ、とっても綺麗だったよ。南の町にしか行っていないから、北の大陸を見ることはなかったが、ケアノス海峡を挟んでイルケーやハルセロナがとても綺麗に見えたんだ。それはもう、絶景だった」

「……島の内部も、とても綺麗なんですよね? 花畑があったりしますか?」


 シーナは単に興味本位で尋ねたが、老爺は顔色を悪くした。


「いいや、島の内部は、それほどではない。もちろん、汚いというわけではないのだが、まあ、あれだ。財政的に難しいのかな、と思った」

「…………」


 老爺の回答を聞いて、彼女は言葉を失った。「とても美しい」といった回答を期待していたため、全くの想定外だったのだ。


「えっと、それは……まあ、財政面は難しいですよね」


 老爺が難しい顔をしていたので、シーナは笑って誤魔化した。それ以上に何も言葉は出てこなかったが、それでよかった。シーナは「あ、そうだった」などと適当に呟き、その場を離れて客車に乗り込んだ。




 再び馬車が走り始めた。すでに市街地の内部に入っているので、これ以降は高速移動は行わない。シーナたちは石畳の道に揺らされながら、黙って周囲を警戒していた。


 馬車が走り始めてから、一時間ほど経っただろうか。御者が言っていたとおり、途中工事による通行止めの箇所があり、想定していたよりもずっと時間がかかった。


 馬車が目的の宿の前でゆっくりと停車し、ようやくシーナは口を開いた。


「やっと着いたよ、イールス」


 イールスが途中から寝ていたので、シーナは彼を揺り起こした。彼は宿を見るなり、馬車を降りる準備をした。


 御者が客車の扉を開いたので、シーナは真っ先に飛び降りた。イールス、アイリスも彼女に続き、一向は宿へと入っていった。


 受付で予約していた旨を伝え、案内された部屋は最上階の部屋だった。部屋は内部で二つに仕切られており、イールスは広い方の部屋に、シーナとアイリスは狭い方の部屋に泊まることとした。なお、狭い方の部屋であっても、普通の家と同じほどの広さがあり、快適すぎるほどだった。


「このベッド、ふかふかだね」


 アイリスがそう言いながら、ツインベッドの一つで寝転がっている。シーナも真似して寝転がってみたが、確かにこれまでに寝たことがないような快適さだった。気を抜けばそのまま寝てしまいそうだった。


「明日は夕方に出発だったよね?」


 シーナの問いかけに、アイリスはベッドに横たわりながら頷いた。


「そうだよ。それまでは待機」

「だね。どっちから先に寝る?」


 待機の時間の間は、シーナとアイリスは交代で寝ることとなっている。先に寝る方はこれから朝まで寝るようになっており、後で寝る方は朝から昼過ぎまで寝るという段取りだ。もちろんここまでの疲れのことを考えると先に寝たい気持ちは山ほどあったが、アイリスにも配慮して、シーナはあえて言わなかった。が、


「シーナから寝てくれたらいいよ」


 アイリスがそう答えたため、シーナの配慮はそれほど意味をなさなかった。


「アイリス、先に寝てくれてもいいけど」

「ううん、きっとシーナの方が疲れているよ」

「そうかな……。じゃあ、先に寝るよ?」


 シーナはシャワーを浴びに行くため、ベッドから立ち上がった。アイリスはベッドの上で横たわりながら、無言で頷いた。


 シャワー室は、こちらの部屋にも設置されている。やはり一般的なものと比べると圧倒的にこちらの方が大きい。浴槽も綺麗に手入れされていた。


「ふあぁぁぁぁ」


 浴槽に浸かると同時に、無駄に、ため息と同時に声を出してみた。


「疲れたぁ」


 シーナの声が寂しく浴室内に響き渡る。外のアイリスには聞こえていないだろうか、などと内心恥ずかしくなったのは声を出した後のことだ。


 快適な時間だったため、つい長風呂してしまったシーナは、客室に出てくるなり急いでベッドに入った。アイリスの姿がどこにも見当たらないのは、おそらく廊下にいるのだろう。早速パジャマに着替えると、部屋から顔を出してみた。


 彼女は廊下で右に左に歩いていたが、シーナと目が合うとそちらに歩み寄ってきた。


「出たよ」

「ありがとう。じゃあ先に入ろうかな」

「そうしたらいいよ。今入らないと、入る時間なくなっちゃう」


 シーナはアイリスを手招きし、部屋へと戻った。アイリスが入浴中はシーナが代わりに警備する予定だったが、廊下に出ても誰も来ないだろうし、彼女は室内にいることにした。


 ここの宿は他の宿と違い、客室のある階に上がるには受付で鍵を見せる必要がある。また、この宿の宿料は他よりも高く、不審な人物がここに潜伏しているという可能性はかなり低い。アイリスは真面目に廊下に出ていたが、実際はその必要はほぼ皆無だということだ。


 アイリスが浴室から出てきたとき、シーナはすでにベッドに埋もれていた。


「おやすみ、アイリス」

「おやすみ」


 これだけのやりとりで、シーナは眠りについた。すぐに意識がなくなったことを考えると、心身共に随分と疲れていたということだろう。

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