6 最初の任務(一) ③
「相手がカクリスであっても?」
「そうだ。ダランの中で完結する話であれば、彼女の能力を考えれば結果まで予測することも可能だろう。しかし、カクリスが絡む話で、予想を間違えることなく物事を進められるだろうか。……私であっても不可能だ」
なるほど、とシーナは理解した。要するに、イールスはリリアの能力の異常な高さに違和感を覚えているということだ。単なる天才であれば気にしないだろう。しかし、彼女の場合、未来を見てきたかのような予言をするというのだ。
「シーナ、君は覚えていないだろうが、実は、君と彼女がプラル北部でユキア・オムロンという校外調査員の遺体を発見したときのことだった。彼女はそのとき、カクリスの総合指揮官と出会い、総合指揮官を降りなければいけないかもしれない空気感を感じ取ったはずだ。……実は、それは私が作り出した状況だったんだ」
「リリアが、総合指揮官を降りなければいけない状況?」
「ああ、そうだ。そのときから四年後、ちょうど今年だが、カクリスがアールベストの北部を受け取れなければ、アールベストに対して攻撃を仕掛ける、という話を作ったんだ。その話を、彼女がこっそりとカクリスの総合指揮官から聞いたということにしておく。そうすれば、その重大な問題に、彼女がどう対処するかという責任が問われる、と予想がつくだろう?」
「なるほど。リリアがうまく対処できないだろう事態を作り出して、最悪の事件が引き起こされたということの責任を取らせる予定だったんだ」
シーナのコメントを聞いて、イールスは首を横に振った。
「いや、そこまでは考えていない。この話は、話だけで終わることにしていた。確かに、シーナ、君の言うとおり、実際にカクリスに行動を起こさせれば彼女の責任を追求することで学校から追放することも可能だろう。ただし、そうすることにはリスクもある」
「具体的には?」
「この話は、彼女とカクリスが繋がっていた場合はいいが、そうでない場合、単に彼女を追放するだけで終わってしまう」
「じゃあ、リリアに自発的に出て行ってもらうってこと? ……それだと、かなり難しそうだけど」
「自分の存在が気付かれているかもしれない、そう感じて出て行ってもらうことを期待した。もし正にダランの人間であれば、彼女の性格的に出ていくことはないだろうしな」
「でも、今もリリア総合指揮官はダランにいます。やはり、元からダランの人だったのでは?」
アイリスが会話に加わってきた。彼女の考えはもっともで、元からダランの人間であれば、イールスの期待は裏切られて当然だ。
「かもしれない」
イールスは、全くわからない、という表情を見せた。
シーナはさらに確認したいことを続けた。
「で、その話、どうやってカクリスと口裏合わせをしたの? イールスが直接ジャック・カクリス学長に頼み込んだとか?」
「いいや、近いが少し違う。メラニア・エドワーズ総合指揮官に直接お願いしたというのが事実だ」
「どうして? そのメラニアとリリアとの間に何か揉め事でもあったの?」
「そんな感じだ。実は、メラニア・エドワーズは、魔法の扱いがそれほど上手ではない。どちらかというと、リリア・ボードの方が長けている。それにより、カクリス内において、あまり評判は良くなかったようだ」
イールスは、さらに「まあ、それでもカクリス内では最強レベルのマージだったのだろうがな」と付け加えた。
「つまり、メラニア総合指揮官がリリア総合指揮官のことを邪魔だと思っていたと?」アイリスだ。
「そういうことだ」
すなわち、イールスの考えだと、リリアがダランの人間だろうとカクリスの人間だろうと、リリアに消えてもらえれば自身の評判を守ることができることになるメラニアに協力してもらうことが、確かだろうと考えたわけだ。
最初からカクリスが学校を上げてアールベストにやってくることなど予定していなかった。そういう話を作ることで、リリアに挑戦を仕掛けたわけだ。
もしリリアがカクリスの人間であれば、自分の本来の味方からこのような話を持ちかけられることはないはずだと考えるだろう。すると、一体誰がこの話を持ってきたのか、と考えるのが妥当だ。そして、自分を総合指揮官から降ろしたい人間がダランの内部にいて、その人物がこの話をでっち上げたと理解するだろうと見越した。
また、自分がカクリスの人間であるため、この話が突然挙げられた根端に、立場が気付かれている可能性も視野に入れるだろう。運が良ければ、自身の身を案じてダランから去るだろうとイールスは考えた。
逆に、リリアがダランの人間であれば、単に組織内部に自分のことを好ましく思っていない人物がいると考えるだろう。しかし、リリアの性格を考えれば、イールスなどがその人物でなければ、なんとかしてその場に留まる選択肢を取るだろうと見込んだ。
いずれにせよ、リリアがどちらの人間なのか、誰も知らないというのが現状だ。今でも総合指揮官をやっていて、特にカクリスと接触している様子も見られないことを純粋に見れば、ダランの人間だろうとも考えられる。
ただし、魔法の扱いはおろか、頭の切れ具合も桁違いの彼女だからこそ、うまく立ち回っている可能性もある。イールスは、こちらも視野に入れているということだ。
「……たとえば、リリア総合指揮官がカクリス側に立っていたとして、私たちが今この状況に陥っているということは、イールス学長の作戦はうまく行かなかった、ということになりますか?」
アイリスの質問だ。シーナは「ちょっと」と言いかけたが、イールスはそれを制止して答えた。
「そのとおり。メラニアはこちら側に肩を貸してくれたかと見せかけて、結局はカクリス側の人間だな、ということがはっきりしたということだ」
「どういうこと?」
シーナはイールスに説明を求めたが、アイリスが代わって答えた。
「期待していたのは、リリア総合指揮官がダランから出ていくことでしょ? で、イールス学長の作戦により、リリア総合指揮官は、多少なりとも自分の立場が気付かれつつあることを疑ったはず。でも、四年経った今でも総合指揮官のまま。それどころか、今日、こうやって、カクリスの策略と思しき問題が起こっている。……こちらからカクリスに揺さぶりをかけたつもりだったのに、実はそれ自体もカクリスの手の平に載っていて、リリア総合指揮官を引き戻すこともなく攻撃を仕掛けられている」
「メラニア・エドワーズはリリア・ボードに対して何か悪いことを思っていたわけではなく、最初からこのつもりだったのかもしれない。その上で、逆に揺すられている。理由もなしに総合指揮官を降ろさせることは難しい、それは他の教員たちの目にも良いように映らないからな」
「……逆に追い詰められているんだね」
「そうだ。……カクリスの方が一枚上手だった」
シーナとイールスは目を合わせて理解しあった。
要すれば、リリアを追い込もうとしたイールスだったが、逆に追い込まれていたわけだ。今回の事件により、今後イールスがアールベストから出ることが難しくなったことは確かだ。
「でも、まずは目の前の問題をなんとかしないと。リリアのことは、その後にしよう」
シーナの提案に、アイリスもイールスも頷いた。
目下の問題を解決するには、いくつか方法がある。
一つ目は、スプラー山脈での爆発が起こってからその後何も起きていないことを鑑み、予定どおりのルートで行くというものだ。ただし、危険が消えたと確認できたわけではない以上、この選択肢を取ることは難しい。
とすれば、迂回ルートに行くという方法が残る。そうした場合、二つ目の方法は、スプラー山脈の北側を迂回し、イルケー経由でケルンに入っていくという選択肢だ。
そして、三つ目は、スプラー山脈の南側を通り、ウラノン地方を抜けて行くルートだ。北側経由に比べて道のりが長くなってしまうが、リラやエザールから離れていく方向であるため、より安全な選択肢といえる。
「どっちがいいかな?」
シーナの問いに、アイリスもイールスも三つ目の選択肢を選んだ。
「すでに危険に晒されている以上、可能な限りリスクは避けていかないといけない。それに、北側に行くということはエザールに入っていくということ。このタイミングで、わざわざエザールを選択する理由がない」
「私もそう思います。今は、安全にケルンまで行くことが重要。取りうる選択肢は一つだと思います」
アイリスが力強く同意したのを確認し、シーナは頷いた。
「じゃあ、そうしよう。御者さんに伝えてくるね」
シーナが少しの間だけ馬車から降り、ルートの変更を御者に伝えて戻ってくると、イールスが口を開いた。彼はシーナが降りている最中に、いつでも戦闘できるようローブを羽織り直していた。
「いつ、どこから、誰がやってくるかわからない。二人とも、馬車の周囲に十分注意するんだ」
シーナとアイリスは無言で頷いた。馬車が進路を変え進み始めたが、シーナは全く眠気に襲われなかった。




