6 最初の任務(一) ②
一時間ほど待ったところでシーナたちも検問を受け、止められることなく無事に終了したのだが、通過した直後に再び問題が起きた。目の前のスプラー山脈で、突然火の手が上がったのだ。
「今のは?」
アイリスだ。窓から現場を見つめている。
「わからない。けど、スプラー山脈を超えるコースは厳しそう」
「仕方がないな。エマノン地方に入って北周りでイルケーに入るとしよう」
イールスの提案だったが、シーナは首を捻った。
「どうした?」
「……いや、ちょっと気になっていて。アイリス、エザール砂漠を走っている間、事故なんてあった?」
「いや、見てないけど……」
「だよね。私も。寝ていたから気付かなかった可能性もあるけど、もし近くで事故があったら起きる気がする」
「シーナ、敏感だもんね」
イールスがシーナの方を向き、どういうことかという顔をしたので、シーナは思っていることを話した。
「もし小さい事故だったなら、私が起きなかった可能性もある。けど、そうだったら検問をしているとは思えないし、ましてや事件だと思っているのは少し違和感がある。逆に、大きい事故だったら、そもそも誰も気が付かなかった、ということはない気がする」
「つまり?」アイリスがイールスの向こう側から首を伸ばしてきた。
「もともと事故や事件なんてなかった、という可能性があるのかな、と思って」
「……確かに、そう考えることもできるかもしれない。けど、検問をしているのはカクリスじゃなくて、治安維持局よ? 彼らがあれをしているのは理由があると思う」
「おそらく、あそこにいた彼らは、事態を何も知らない。上から検問をしろと言われてしているだけ、という可能性は十分にある。一方で、ではその上にいる人間は誰なのか、何者なのかという問題がある」
「治安維持局の人でしょ?」
「もちろんそう。そうじゃないと、彼らがあそこに来るはずがない。では、その治安維持局の人は、本当に治安維持局の人かどうか」
「……シーナ、深読みしすぎだ。治安維持局の人が治安維持局の人であることは、文字どおりで疑う余地もないだろう」
「……うーん、そうなのかな……」
イールスに止められ、シーナはアイリスとの議論を停止した。しかし、彼女の中には、まだもやもやが残っていた。
「イールス、私たちがここに来ることを知っている人は、リリア以外にいる?」
「いないはずだ。私がケルンに出張ということは公知の事実だが、ルートを詳細に知っている人物は他にいない。……まあ、このルートであることは容易に想像できるだろうが」
「いや、実は、今日通ってきたルートは、通常のルートと異なるものなの」
シーナがそう言うと、イールスは目を丸くした。
「どういうことだ?」
「通っている地方はいつもどおり。でも、道が違うの」
その続きはアイリスが説明した。
「過去の例によれば、ヒールフル砂漠の北端部分を通る道が通常ルートです。でも、今回はあえて、さらに北側のエザール砂漠の南端部分を通る道を選択しました。このルートは、過去に使っている例がありませんでしたし、そもそも通常使われることは少ないはずです。なぜなら、エザール砂漠の南端部分は、ヒールフル魔法学校が管理していません」
「なるほど。確かに、エザール砂漠は、その歴史のせいで、ヒールフル地方内にあるのに管理しているのはエザール地方役場だ。そして、アールベストと比較的仲の良いヒールフルに対し、エザールは中立を保っている。とすれば、何か問題が起こった場合に助けを呼びやすいヒールフル砂漠を選択するのが通常というわけか」
「おっしゃるとおりです」
アイリスは深く頷いた。
馬車が緩やかに停止した。先ほどのスプラー山脈での炎を確認し、御者が判断したのだろう。懸命な判断だ。
「であれば、どうして今回はこちらのルートを選択した? もちろん、あえてこちらを選んだのは、何か理由があるのだろう」
「もちろん」
答えたのはシーナだ。御者がやってきたので「少し考えるので待っていてください」と答え、彼女は続けた。
「今回の任務について、最初から少し疑問があったの。どうして私たちがイールスに同行するのかって」
「確かに言っていたな」
「そして、イールスは私の質問をはぐらかした」
「……そうだったな、すまない」
「今なら、あれの回答は答えてくれる?」
「……そうだな」
イールスは深いため息をこぼした。
「私だよ? 教えてほしい」
「悪かった。ちゃんと話す」
シーナとアイリスは唾を飲み込んでイールスが説明を始めるのに備えた。
彼の話を簡単にまとめるとすれば、こうだ。
まず、今回のパーティーの件自体は恒例行事とのことで、それ自体に全く違和感はないとのことだった。
しかし、問題は同行者の候補だったという。リリアが作成したリストの中から誰かを選ぶよう説明を受けたとのことだが、その中身は、講義を中心に教えている教員ばかりだったとのことだ。要するに、校外調査員である必要までは求めていなかったが、普通であれば、実技を教えられる程度の教員が来るだろうと予期していたイールスは、このリストに違和感を覚えた。
そのため、彼はリストを見直すよう指示したとのことだった。
すると、今度は、シーナとアイリスでどうかと持ちかけてきたという。イールスからシーナに信頼があるのはもちろん、アイリスもその同級生で友達だったとは把握していたらしく、断る理由がなかった。結果、二人の同行で決定されたという。
「護衛に慣れていない人間を投入しようとしたということか、あえて一回断らせることで、私たちの同行を拒否される確率を下げたということか……。ということは、リリアが何かを企んでいる?」
シーナの問いに、イールスはわからない、という顔をして見せた。
「企んでいるとしても、その証拠がない」
「でも、疑っているんだ」
「まあ、な……」
「どうして?」
シーナの目は真っ直ぐイールスの目を捉えていた。彼は困ったような顔をしている。
「直感でしかない。だから、これは口外しないでほしい。シーナだから話す、そういうことだ」
「約束する」
「まず、彼女の仕事ぶりは素晴らしい。マネジメント力、向かうべき方向に人を向ける力、何においても突出した才能があると思っている」
イールスは唇を湿らせてから続けた。
「しかし、どうも彼女の考えていることが、先を読み過ぎている気がしてならない。というのも、彼女の言うとおりにすれば、確実に彼女の予想した結果が起こる。……相手がカクリスであっても」




