4 卒業 ③
新しい教員たちを迎えようと、ダラン総合魔法学校の講堂に人々が集まっていた。無論、集まっている人々のほとんどは現任の教員たちである。
「……さて、これから一緒に働く皆さん。学校で働くということは危険も伴うということですが、互いに助け合っていきましょう。これからもどうぞよろしく」
イールスが最後に手短に挨拶をし、会は終了した。盛大に行われる生徒たちの入学式とは異なり、教員に対しては本当に簡素な会を行うのみだ。生徒が出席するわけでもなく、単なる現任教員との顔合わせというレベルだ。
「シーナ、改めて、これからもよろしくね」
「よろしくね、アイリス」
二人は卒業式をきっかけに仲直りし、その日から今日までマンションでも何度か話していた。以前の二人がどのように話していたのか、シーナは知らない。それでも、アイリスとの時間は純粋に楽しかった。
同時に、彼女に対して信頼も生まれていた。
「アイリス、後でちょっとだけいい?」
会が終わった後、少しのオリエンテーションを行い、新任教員たちは解散となった。シーナはアイリスと合流し、ダランの校門を出てから口を開いた。
「実は、前にアイリスが言っていたことが気になっていて」
「何のことだっけ」
「フローラ・モナコだっけ。その人について」
「ああ、そのことね。……でも、もう話さない方がいいんじゃないかな。シーナが傷付いても嫌だし」
「ううん、違うの。何か、こう、心に引っかかるものがあるというか……」
校門の目の前の坂道を降りて右に大きく曲がり、グランヴィルに向かう道へと差し掛かった。まだ高い陽の下で、二人は深刻な表情をして歩いていた。
「……私が知っているシーナは、フローラと仲が良かった。私や他の同学年の子と一緒にいないときは、いつもその人といてたと思う。私が知っているのは、それだけよ」
「……ありがとう。なら、アイリスが知らないところで、私は別の人と——」
「前の話だとそうなるよね。……つまり、イールス学長と」
「私とイールスって、仲良かったの?」
「ごめん、知らない。少なくとも、私の前で話しているのを見たことはない」
「そうだよね……。……どうしたらいいんだろう……」
「何が?」
二人はグランヴィルの中心市街地に進む道から逸れ、マンションへと進む道に入った。ここまで来たら、マンションまであと少しだけだ。
「実は、リリアから、イールスとの結婚について話されて……」
「結婚? 早くない? それに、シーナもこんな状態だし……」
「うーん、よくわからないの。でも、私も過去のことがよくわからなくて、リリアが言っていることが正しいように思えるし……」
「リリア総合指揮官が言っていることが正しいとしても、シーナが決心ついたときでいいんじゃないかな。無理に結婚する必要なんてないわ」
「それはそうかも……」
アイリスの声が少しだけ大きくなったのをシーナは感じ取っていた。
「アイリスが私だったら、どうする?」
「うーん、わからないけど、……わからないけど、シーナと同じように誰かに相談して、一緒にどうしようって悩むかな。その後どうするかは、今はちょっとわからないや」
アイリスの言葉を聞いて、シーナはほっとした。
「ありがとう。自分の気持ちがおかしいとかじゃなくて良かった。……変なことに巻き込んでごめんね」
「いいんだよ」
マンションが見えてきた。その視界に、横から突然アイリスが入り込んできた。
「私たち友達でしょ? 困ったときは友達に頼ったらいいんだから」
アイリスは笑顔だった。こんな話をしているのに、どうして笑顔でいられるのかシーナは全く理解できなかったが、とにかく心を軽くすることができた。
「私が困ったときは、シーナを頼るかもしれないから、そのときは助けてね」
「もちろん。私が何としても助けてあげるよ」
「シーナがいてくれたら心強い」
アイリスは艶笑していた。その姿が一番彼女に似合っている。シーナは心の中で、以前彼女を突き放したことを後悔していた。
マンションの部屋は、ダランの寮よりもずっと住み心地が良かった。寮でも各部屋にバスルームが完備されており、基本的に部屋から出る必要がなかったという点においては優れていたが、こちらのマンションは十分に広く収納も備えられている。
また、住んでいる人物のすべてがダラン総合魔法学校の教員だ。何か問題が起こったとしても安心感がある。対して、寮に教員は住んでいないため、問題が起こったとしてもまずは生徒たちのみで対処する必要があった。基本的に学校の敷地内で問題が起こることなどないのだが。
ここに来てシーナは知ったことがある。総合指揮官の部屋はこのマンションにもあるのだ。学校の校舎に総合指揮官室があるのとは別に寮の二階にもあったが、このマンションにも設置されている。非常時のための一種の施設なのだろうが、それほどまでに総合指揮官という役職が重要視されていることがよくわかる。寮にもこのマンションにも、学長室がないことがその裏付けだ。
シーナは自室に戻ると、早速毎日のルーティーンにしようと考えていることを始めた——日記だ。新生活が始まるに当たり、何かを始めようと思ったのがきっかけだった。簡単だし後で見返すことで思い出にもなる日記が、彼女にとって最高の日課となりそうだった。
「今日は……、アイリスが可愛かった、と」
早速本日分を付け終えると、シーナは風呂を済ませベッドに横になった。
「明日からは何をするんだろう……。うまく生徒に魔法を教えられるかな……」
不安を感じながら彼女は眠りについた。寝ている間に何の夢を見たのか覚えていない。が、何か、いい話ではなかっただろうということだけは覚えていた。
いつもありがとうございます! 引き続き、ぜひお楽しみいただけますと幸いです☆彡




